国際市場に参入している企業は高い賃金を払う傾向がある。諸外国においては多くの実証研究が国際市場に参入している企業が従業員に高い賃金を支払う傾向にあることを明らかにしている(Schank et al. 2007他)。こうした賃金の上乗せは「賃金プレミアム」と呼ばれている。本稿は、筆者自身の研究に基づき、日本においても国際市場に参入している企業は高い賃金を払う傾向があることを明らかにし、なぜ賃金プレミアムが生じるのかを考察する。
筆者の研究は、日本の製造業のデータを用いて、輸出企業・日系多国籍企業・外資系企業の賃金プレミアムを分析している。分析に用いたデータは、『賃金構造基本統計調査』(厚生労働省、2012年)、『経済センサス基礎調査』(総務省、2009年)、『経済センサス活動調査』(総務省、2012年)の3政府統計のデータを接合し、構築した。
筆者の試算では、国内でのみ活動している国内企業の1時間あたりの平均賃金は1,928円である。それに対して、輸出している企業(輸出企業)の平均賃金は2,228円、日系多国籍企業の平均賃金は3,119円、外資系多国籍企業(外資系多国籍企業、外資比率50%以上の企業)の平均賃金は3,640円である。
図1は、輸出も外国直接投資も行っていない国内企業と比較した時、海外子会社を持たない輸出企業、日系多国籍企業、外資系企業がそれぞれ平均的にどの程度高い賃金を支払っているのかを示している。図からは、輸出企業が国内企業に比べて平均的に16%高い賃金を支払っていることが分かる。同様に、国内企業に比べて、日系多国籍企業は平均的に62%、外資系企業は平均的に89%高い賃金を支払っている。つまり、多国籍企業の平均賃金は国内企業の平均賃金の1.5倍以上である。
図1:平均賃金の比較賃金(日本の製造業, 2012)
注: 棒グラフは、輸出も外国直接投資も行っていない国内企業の賃金を1とした時、海外子会社持たない輸出企業(「輸出企業」)、日系多国籍企業、外資系企業がそれぞれ平均的にどの程度高い賃金を支払っているのかを示している。本グラフはTanaka(2015) のTable 2に基づく。
どのような要因によってこうした賃金格差が生じているのだろうか。ミンサー型賃金式と呼ばれる賃金式の推定を行い、その結果から、地域要因、産業要因、事業所要因、労働者要因がそれぞれどの程度賃金プレミアムに寄与しているかを図2に描いている。
図からは、賃金プレミアムを生む最も重要な要因は、企業規模などの事業所要因であることが分かる。この結果は、大企業ほど高い賃金を払う傾向にあるという事実と整合的である。日系多国籍企業と輸出企業に関しては、事業所要因によって賃金プレミアムの半分程度を説明できる。また、外資系企業に関しても、事業所要因によって賃金プレミアムの3割近くを説明できる。
地域要因と産業要因も重要である。日系多国籍企業と輸出企業に関しては、地域要因と産業要因によって賃金プレミアムの3割以上を説明できる。また、外資系企業についても、地域要因と産業要因によって賃金プレミアムの2割以上を説明できる。つまり、国際化している企業は、賃金が高い地域に立地し、賃金が高い産業に属している傾向がある。多国籍企業と輸出企業の間で違いもある。多国籍企業については地域要因がより重要であるが、輸出企業については産業要因がより重要である。
経験や教育といった労働者要因も賃金プレミアムに寄与している。つまり、国際化している企業は、相対的に経験豊富で学歴の高い労働者を雇用する傾向にあるために、高い賃金を支払っていると言える。経験や教育といった要因によって、賃金プレミアムの13%~20%が説明できる。
図2:賃金プレミアムの分解(日本の製造業, 2012)
注:図は、賃金プレミアムを地域要因、産業要因、事業所要因、労働者要因によってどの程度説明できるかを示している。本グラフはTanaka (2015) のTable 3、4に基づく。
図2から明らかなように、日系多国籍企業と輸出企業に関しては、地域要因、産業要因、事業所要因、労働者要因によって、賃金プレミアムのほぼ全てを説明できる。しかし、これらの要因では、外資系企業の賃金プレミアムの7割程度しか説明できない。言い換えれば、外資系企業は、同じ地域、同じ産業の同じような国内企業に比べて、同じような労働者に3割も高い賃金を支払っているのである。
なぜ、外資系企業は、そのように高い賃金を支払うのか。幾つかの理由が考えられる。例えば、外資系企業は、退職金や終身雇用といった日本的な制度を採用していないため、高い賃金を支払うのかもしれない。また、労働者がどこの大学を卒業したかまではデータ上わからないが、外資系企業は実際には国内企業よりも上位の大学の卒業生を採用しているのかもしれない。また、外資系企業は、国内企業に比べて優れた企業内訓練の機会を労働者に与え、高い賃金を払うという指摘もある(Gorg et al. 2007)。
さらに、近年の理論研究は、輸出企業や多国籍企業が高い賃金を支払うのは企業内の利益分配のためであると指摘している(Helpman et al. 2010; Egger and Kreickemeier 2013他)。こうした理論研究は、労働市場が不完全な状況において、輸出企業や多国籍企業が外国市場から得た追加収入を労働者に分配するために、国内でしか活動しない国内企業に比べて、高い賃金を支払うことになるのだと予測している。
外資系企業は、こうした理論と整合的に、外国市場から得た追加収入を労働者に分配し、国内でしか活動しない国内企業と比較して、高い賃金を払っている可能性がある。一方、日系多国籍企業と輸出企業は、国内でしか活動しない国内企業と比較して、同程度の賃金しか払っていない。日系企業においては、外国市場から得た追加収入が労働者に分配されていない可能性がある。そうであれば、日系企業の国際化が賃金上昇に結びつかない制度的・政策的理由を検討する必要があるといえる。
注:本稿は、筆者の論文(Tanaka, 2015)に基づく英文コラム(Why do exporters and multinational firms pay higher wages?, Vox column, 2016)を翻訳のうえ、改訂し、作成した。
大阪府出身。1982年生まれ。2005年京都大学経済学部卒業。
2010年京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士 (経済学)。
独立行政法人経済産業研究所研究員他を経て2016年より現職。
現在の研究課題は、グローバル化が労働者に及ぼす影響の分析などである。
また、著書に『新々貿易理論とは何か: 企業の異質性と21世紀の国際経済』 (ミネルヴァ書房、2015年) などがある。
2019年冬号
学生記者が、中央大学を学生の切り口で紹介します。
外務省主催「国際問題プレゼンテーション・コンテスト」最優秀の外務大臣賞に 及川奏さん(法学部2年)/赤羽健さん(法学部1年)
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