海部 健三 【略歴】
海部 健三/中央大学法学部 准教授・研究開発機構ウナギ保全研究ユニット長
国際自然保護連合(IUCN)種の保存委員会 ウナギ属魚類専門家グループ
専門分野 保全生態学
2017年の夏の⼟⽤の丑の⽇は、7⽉25⽇です。毎年この⽇が近づくとウナギに関する報道が多くなり、実際にウナギを⾷べる⽅も多いことと思います。しかしその⼀⽅で、⽇本におけるウナギをめぐる状況は、率直に表現すると異常です。そして、常識を⼤きく逸脱しているその現状は、⼀般社会において正確に認識されていないように感じています。ウナギが最も多く消費されるこの時期に、⽇本に⽣息しているニホンウナギの消費について、その実情をお伝えいたします。
図1:絶滅が危惧されているニホンウナギ
環境省、国際自然保護連合(IUCN)は、2013年、2014年と相次いで同種を絶滅危惧種に区分したことを発表しました。環境省およびIUCNはともに、ニホンウナギを絶滅危惧種に区分した理由について、3世代時間での減少率が50%を越えたと推定したこと、としています。減少の理由としては、過剰な消費、河川や沿岸域などの成育場の環境劣化、産卵場の存在する海洋環境の変化などが関与している、と考えられています。ここでは⼟⽤の丑の⽇にちなみ、特に過剰な消費に関する問題についてのみ議論します。
池入れ量上限 | 2015年漁期 池入れ実績 |
2016年漁期 池入れ実績 |
|
日本 | 21.7 | 18.3 | 19.7 |
---|---|---|---|
中国 | 36.0 | 9.3 | 8.2 |
韓国 | 11.1 | 7.4 | 9.3 |
台湾 | 10.0 | 2.8 | 3.2 |
合計 | 78.8 | 37.8 | 40.4 |
表1:日中台韓のシラスウナギ池入れ量上限と実際の池入れ量
減少している資源を持続的に利用するのであれば、適切な管理が必要になります。現在、ニホンウナギの資源管理として、日中台韓による池入れ量制限が行われています。「池入れ量」とは、養殖するために養殖池に入れられる子どものウナギ(シラスウナギ)の量を指し、その量を制限する規則が池入れ量制限です。2015年より、ニホンウナギを利用する主要な国・地域である日本、中国、台湾、韓国は、4カ国・地域全体で利用するシラスウナギの上限量を定め、各国に利用枠を配分しました。ニホンウナギ資源を共有する4カ国・地域で池入れ量の制限を導入したことは、本種の資源管理に向けた大きな一歩と言えます。
しかし、現在の池入れ量制限には大きな問題があります。4カ国・地域の池入れ総量の上限値は78.8トンですが、実際の池入れ量は2015年漁期(2014年末から2015年前半)が37.8トン、2016年漁期が40.4トンと、それぞれ上限の48.0%、51.3%にとどまっています。池入れ量の上限値は、実際に池入れされているシラスウナギの量に対して明らかに過剰であり、現在の池入れ量制限は、消費量を削減する効果をほとんど発揮していないと考えられます。つまり、その減少が問題視されているにもかかわらず、ニホンウナギの資源は適切に管理されていないのです。
図2:2015年シーズンに国内の養殖場で利用されたシラスウナギ
報告された池入れ量18.3tから輸入量を差し引くと、国内のシラスウナギ漁獲量15.3tが得られる。このうち適切に報告されたのは5.7tであり、9.6tは密漁や過小報告などの違法行為によって国内で漁獲されたシラスウナギ。輸入された3.0tは香港から輸出されているが、香港にはシラスウナギ漁業は存在せず、原産国からの密輸が疑われている。
ニホンウナギを脅かす重大な問題として、シラスウナギの違法な漁獲と流通があります。シラスウナギを採捕するためには許可が必要であり、許可を受けた者には、採捕量を報告する義務があります。しかし、2015年漁期の採捕報告量は、国内漁獲量のわずか37%に過ぎません(図2)。残りの63%にあたる9.6トンは、無許可で行う密漁や、許可漁業者の過小報告(無報告漁獲)など、違法行為によって流通しているシラスウナギです。さらに、輸入された3.0トンについて、財務省の貿易統計で輸出国を調べてみると、その全てが香港から輸出されています。しかし、香港から日本へと輸入されているシラスウナギは、輸出を制限している台湾などから香港へと密輸されたものであると考えられています。[1]
これら非合法な漁獲や流通を経て養殖池に入ったシラスウナギは、合法的に入手された個体と混じり合い、両者を区別することは不可能になります。このため、スーパーで売っている冷凍パックの蒲焼であっても、高級蒲焼き店のうな重であっても、国産の養殖ウナギであれば、等しく高い確率で違法な漁獲・流通を経たウナギに出会うことになります。
日本国内でウナギが販売される時には、国産であることをアピールしているケースが多く見られます。しかし、国産ウナギを扱うことは、違法性の強く疑われる商品を扱うことです。シラスウナギの採捕に直接関わる組織だけでなく、養殖業者、流通業者、蒲焼店やレストランなどのコンプライアンス(企業や組織における法令遵守)が問われることは必至です。
残念ながら、現在、適法であることを証明できる国産の養殖ウナギを入手することは不可能に近いことです。このため、今すぐ違法性が疑われる国産ウナギの取引から手を引くべきだ、とまでは言えません。しかし、現状を改め、正常化を進める努力をしていないとすれば、その組織や企業のコンプライアンスには、大きな問題があります。
コンプライアンスの問題は、私的な企業や組織に限られることではありません。「ふるさと納税」の返礼品など、国産ウナギの流通に行政が関わっている例が見られます。また、学校給食や大学生協の食堂での提供など、教育機関がウナギを提供している場合もあります。よりいっそうコンプライアンスに気を配るべき行政や教育機関においては、合法性を確認できる場合を除いて、国産のニホンウナギを扱うことは避けるべきです。
図3:ファストフードで提供されるうな丼(左)と、専⾨店のうな重(右)
近年のニホンウナギ減少に関する報道とともに、「大量消費によってウナギが減少したのだから、食べる回数を減らし、食べる時にはスーパーやコンビニ、ファストフードではなく、専門店で手間をかけて調理したウナギを選択するべきである」といった趣旨の意見を目にすることが多くなりました。ウナギの置かれている現状を考えると、これらの意見を表明するに至った心情は十分に理解できます。しかし、「ニホンウナギの持続的利用」という目的を設定したとき、消費者がウナギを食べる回数を減らすこと、専門店のウナギを選択することがどのような意味を持つのか、整理する必要があります。
ニホンウナギを持続的に利用するためには、現状では消費を削減すべきです。個々の消費者がウナギを食べる回数を控えることで、消費が削減される可能性はあります。しかし消費の削減は、漁業管理など社会のシステムの変革を通じてなされるべきではないでしょうか。適切な消費上限量を定め、遵守する社会こそが、持続可能な社会であり、事実上捕り放題、食べ放題のシステムを放置したまま、個々の消費者の行動によって消費量の削減を目指すような社会は、持続的とは言えません。専門店のウナギか、スーパーやコンビニ、ファストフードのウナギか、という食べ方の選択についても、適切に設定された消費量の上限が遵守されていれば、5百円の安価なうな丼を販売するのか、または5千円の高級うな重を販売するのかは、個々の経営体の経営方針の相違であり、社会が制限すべきものではありません。ましてや個人の消費行動は、一人ひとりの価値観や経済的な状況が大きく影響するものであり、「大切に食べよう」という気持ちの表明が、安価な商品の購入に対する非難に転じないよう、十分に気を配る必要があります。ウナギの持続的利用という目的を前提とした場合、問題点を明確にするために、食べ方の選択は、社会のシステムの改革とは切り離して考えるべきです。
社会のシステムの改革は、一般的には立法府による法整備と、行政府による運用を通じて実現されます[2]。しかし、社会には未解決の問題が多数存在するため、立法府と行政府は、これらの問題に対して優先順位をつけて対応せざるを得ません。科学的根拠に基づいた厳密な消費上限の設定など、ウナギ減少に対応した社会のシステムの変革が適切に進まないということは、現時点では、立法府と行政府がこの問題の重要性は低い、または十分には高くないと認識している、ということです。
このような状況で消費者が果たすことのできる役割は、ウナギの持続的利用を社会問題化することです。「ウナギ資源を持続的に利用したい」「違法行為によって流通したウナギを食べたくない」「ウナギが生息する河川や沿岸域の環境を改善して欲しい」という声がより強くなることによって、立法府と行政府におけるウナギ問題の優先順位を高めることができます。そのためには、ウナギに関する情報により多く触れ、それぞれの立場で考え、多くの人々と共有することが重要です。土用の丑の日は、ウナギの問題について、少しだけ考えてみる、話してみるための、絶好の機会なのかもしれません。
1973年東京都生まれ。1998年に一橋大学社会学部を卒業後、社会人生活を経て2005年に東京海洋大学海洋科学技術研究科の修士課程を修了、2011年に東京大学農学生命科学研究科の博士課程を修了。2011年より東京大学特任助教、2014年より中央大学法学部助教、2016年より現職。専門は保全生態学。現在はニホンウナギの保全と持続的利用のため、河川や沿岸における生態を研究している。2014年6月に発表されたIUCNのウナギ属魚類アセスメントに参加。著書に「ウナギの保全生態学」(共立出版)、「わたしのウナギ研究」(さ・え・ら書房)など。
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