幡野 博之 【略歴】
幡野 博之/中央大学理工学部教授
専門分野 反応工学・プロセスシステム、流動層工学、デシカント空調
我々が直面している地球温暖化問題やエネルギー資源問題の解決を図るためにクリーンで高効率なエネルギーシステムの開発が各国で行われている。酸化金属中の格子酸素を化石燃料の燃焼や固体燃料のガス化に使う研究は古くからあるが、二酸化炭素回収のエネルギーペナルティーの無い新しい燃焼システムとして化学ループ燃焼(Chemical Looping Combustion)という名前を付けて発信したのは我が国の東京工大のグループであった。当初、二酸化炭素回収は非現実的と考えられていたが、3.11以降の原発停止を受けて、燃料費が安く地政学的なリスクが少ない石炭火力の導入計画が増えている。そのため、欧米で大型の技術開発が進められ2年毎に開催されている化学ループ国際会議で1MWthクラスのパイロットプラントの結果も報告されている[1]。さらにエネルギーや温暖化対策関連の国際会議でも化学ループに関する発表が急速に増えてきた。我が国でも財団や企業を中心に石炭向けの調査が行われ、2015年度にはもう一段階進んだ研究が開始されることになった。
化学ループ燃焼は(1)式のように金属Mが空気中の酸素と反応して酸化金属MOとなる時の発熱を利用するものである。その後、炭化水素燃料を使い(2)式の反応でMOが還元されてMとしている。(1)式と(2)式を合わせるとMとMOが消え(3)式の通常の炭化水素の燃焼となる。(1)式の反応をAir Reactor(AR)で(2)式の反応をFR(Fuel Reactor)で行うと(2)式の気体生成物は二酸化炭素と水蒸気だけであるので、常温に下げることで二酸化炭素が回収できる。これは、固体の介在が酸素濃縮をもたらしたことになる。また、一般的にはQ1>>Q2と吸熱量よりはるかに発熱量が大きく、高温のケミカルヒートポンプとしての機能も有していると言える。概念図を図1に示す。
AR: (2n + m/2) M + (n + m/4)O2 → (2n + m/2) MO + Q1(発熱) (1)
FR: (2n + m/2) MO + CnHm → M + nCO2 + (m/2) H2O - Q2(吸熱) (2)
燃焼 CnHm + (n + m/4)O2 → nCO2 + (m/2) H2O + Q3 (= Q1 + Q2) (3)
図1 化学ループ燃焼システム 空気による鉄の酸化熱利用
(格子酸素量を減らすとガス化・改質となり、水素製造可能)
化学ループガス化は古くからその原理が知られており研究も多く行われてきた。この場合、(2)式の還元反応を完全には行わず、生成物としてCO、CO2とH2を得る。あるいは、(4)のMetal Water反応を介して純粋な水素を製造することも可能である。
HG (Hydrogen Generator): M + H2O → MO + H2 (4)
石炭などの固体燃料を使った化学ループ燃焼システムは高温で粒子を扱うための難しさがまだ残っている。化学ループガス化による水素製造システムは図2の概念図2[2]に示すように粒子がAR、FRに加えて水素生成塔(HG)の入った3塔システムとなる。
図2 三塔式粒子循環型流動層を用いたCO2回収型水素製造システム
化学ループシステムは木や草本類などのバイオマスにも適用できる。しかし、他のエネルギーシステムと同様、小型装置にならざるを得ず、効率的に低いとか高コストなどが障害になる。しかし、地域社会の活性化や生物多様性の維持を図るためのシステムとして位置付けると意外と有効な使い方が出来るのでは無いかと考えている。筆者が所属する人間総合理工学科は専門領域が非常に幅広いことから、学部3年で総合演習を行い、大学院が出来た場合には専門領域間を横断する演習を行うことにしている。この基本方針を相談する中で、バイオマスを利用するエネルギーシステムに基づいた地域社会の可能性が確認できた。
例えば、総面積3300haの渡良瀬遊水地では、野焼きをすることで絶滅危惧種を保護している。野焼きを草刈りに変えることや、草刈りボランティアを動員した場合の効果が考えられる。草本類の生産量を仮に乾量基準で10 ton/ha・year として試算すると年間33,000tの乾燥バイオマス燃料が得られる。これはほぼ100ton/dayの燃焼炉を1基まかなえる燃料となる。発電だけを考えると数千kW程度で15%前後の効率しか得られない。草刈りや収集のことを考えると、もっと小型の設備になり、さらに小規模な発電設備となる。
一方、熱として利用できればエネルギー効率は70-80%まで高められるが、熱の利用先が問題となる。ここで、小規模な熱分解ガス化による炭化物やタール、燃焼灰を回収して土壌改良や、水浄化、農薬などとして、排熱や排ガス中のCO2を温室に使うといった農業利用もこの地域では可能であろう。また、草刈りや収集に地域ボランティアを活用出来る体制を構築すれば、健康年齢の向上につながるだろう。
あるいは、排熱の農業利用が難しい場合は冷暖房に利用することが考えられる。例えば、多世代交流センターを併設し、高齢者や年少者を巡回バスで一カ所に集めるといったことが考えられる。この考え方は都市域の活性化にも適用できそうである。例えば、ゴミ焼却施設に前記の様な多世代交流センターを併設し、ここに人を集める。すると、個別住宅での昼間のエネルギー使用量が削減され、負荷変動の少ない排熱需要を創り出すことになる。高齢者の活力を維持し健康年齢を上げ、保育園不足や学童保育問題にも対応できるようにすると社会的コストの削減にもつながるのでは無かろうか。
この当たりを明らかにするためにも、先に述べた演習などを使ってもう少し正確な評価を行っていく必要があるといえる。
本稿では、単に現在実施中のエネルギーシステムに加えて、今後、目的としたい排熱利用の適用先について紹介してきた。両者ともにまだ検討すべき点は多く残されているが、持続可能な社会を構築するためにさらなる研究を進めていく予定である。