髙倉 樹 【略歴】
髙倉 樹/中央大学理工学部教授
専門分野 幾何学・位相幾何学
私は星空を眺めるのが好きだ。現在(2015年6月下旬)は梅雨の時季だが、宵に晴れ間が訪れたならば、西空に輝く金星とその近くの木星がひときわ目を引くはずである。また東の空には、さそり座のアンタレスと並んで土星が輝いていることだろう。
惑星の運動に関するケプラーの法則で有名なヨハネス・ケプラー(1571-1630)は、法則を発見するずっと前に興味深いある考察を発表している。当時惑星は、水星・金星・地球・火星・木星・土星の6つしか知られていなかった。一方、プラトンの頃から知られているように、正多面体は正4面体・正6面体・正8面体・正12面体・正20面体の5つに限る。
そしてケプラーは、太陽を中心とする6つの惑星の軌道が5つの正多面体と関係づけられると信じたのであった。まず土星の軌道を含むような球面(実際には厚みのある球殻)を考える。それに正6面体を内接させ、さらにその正6面体に内接する球殻をとる。これが木星の軌道を含むと考える。以下同様に、木星と火星の間に正4面体、火星と地球の間に正12面体、地球と金星の間に正20面体、金星と水星の間に正8面体を配置するのである([1],[2])。
このモデルは単にケプラーの幻想とされているようだが、宇宙の秩序を読み取ろうとする彼の強い願望が3法則の発見へとつながったことは確かだろう。正多角形は無数に存在するのに対して正多面体は5つしかないという事実には、ケプラーでなくとも何かしら神秘的なものを感じる。実は正多角形や正多面体は「ルート系」とよばれる数学的対象と深く関わっている([3])。ルート系は現代数学のいろいろな場面に現れ、本質的な役割を果たしている。
正多面体の条件を少し弱めると、対称性は少なくなるものの、見た目に心地よい図形がいろいろ得られる。例えば正多面体の各頂点の近くを平面でうまく切り取ると、すべての面が正多角形になるようにできる。こうして得られる立体を切頭多面体(あるいは切頂多面体)とよぶ。例えば切頭4面体は、4個の正3角形と4個の正6角形を面にもつ。また切頭20面体は、角張ったサッカーボールになる。
このように、面に異なる正多角形が混在するが各頂点の周りは同じ形をしている凸多面体を、準正多面体あるいは半正多面体とよぶ。アルキメデスが分類したとされているが、なんとケプラーが改めて分類している([2])。
ところで、切頭20面体(サッカーボール)は化学とも深い関わりを持つ。1990年代に話題となったフラーレンC60は、60個の炭素原子が切頭20面体の頂点に配置されている分子である。その存在を実証した3人の化学者にはノーベル賞が与えられた。文献[4]では、これらの炭素原子の結合の仕方(共鳴構造)が12,500通りあることが解説されている。
図形の話は一旦脇に置いて、次のような問題を考えてみよう。
『d個の正の整数a1,…,adを与える。いま手元にa1円硬貨、a2円硬貨、…、ad円硬貨が、それぞれ必要なだけ沢山あるとする。さてn=1,2,3,… に対して、これらの硬貨を用いてn円を支払う方法は何通りあるか?』
例えば d=2, a1=1, a2=2 の場合、1円を支払う方法は1通り、2円を支払う方法は2通り(1円2枚か、2円1枚)、3円を支払う方法も2通り(1円3枚か、1円・2円を各1枚)等々である。数式を用いると、0以上の整数の列(m1,…,md)で
a1m1+a2m2+…+admd=n
をみたすものが何通りあるかを考えることになる。実は、この問題にきちんと答えることは意外に難しい。d=2,3,4の場合に答がどうなるかについては、文献[5]を参照のこと。
次に、図形的な意味を考えてみる。0以上の実数の列(x1,…,xd)で
a1x1+a2x2+…+adxd=n
をみたすもの全体は、(d-1)次元の多面体を定める。例えばd=1のときは点、d=2のときは線分、d=3のときは3角形、d=4のときは4面体になる。すると上の問題は
『この多面体内に整数点(座標がすべて整数であるような点)がいくつあるか?』
と言い換えられる。(下はd=3, a1=1, a2=2, a3=3, n=6のときの図で、整数点は7個ある。)
このように、数え上げの問題に高次元の多面体が自然に現れるのである。また設定をより一般にすると、いくらでも複雑な多面体が現れる。このような観点からも多面体は活発に研究されている([5])。さらにそれは、現代の幾何学で対象とされる(多面体とは別の)ある種の空間の構造を調べるのに重要な役割を果たす。なお、ここでもやはりルート系が関わってくる。
第2節で佐武一郎先生のフラーレンに関する連載[4]を参考文献として挙げた。理系の方ならば、先生の名は著書「線型代数学(裳華房)」を通してお馴染みかもしれない。上で何度か述べたルート系に関する業績も有名である。先生はカリフォルニア大学・東北大学の名誉教授であり、1991年度から1997年度は中央大学理工学部で教鞭をとられた。中央大学を退職された後もたびたび数学教室においでになり、[4]や他の著書を執筆されていた。合間にいろいろと面白い話を聞かせていただいたものである。その佐武先生が昨年10月に亡くなられた。先生の足跡の偉大さとお人柄の暖かさを改めて感じる今日この頃である。合掌。