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トップ>オピニオン>次世代の大学教育を目指そう(続編)~ICTを有効活用した新しい大学教育のあり方~

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斎藤 正武

斎藤 正武 【略歴

次世代の大学教育を目指そう(続編)
~ICTを有効活用した新しい大学教育のあり方~

斎藤 正武/中央大学商学部准教授
専門分野 技術経営、システム工学、情報教育

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はじめに

 Chuo Online 2011年10月27日に執筆した「次世代の大学教育を目指そう」の続編である。ICTをめぐる“教育×ICT”の世界は、めまぐるしく変化、進展するので、この3年の動きも交えて述べていきたい。執筆した2011年は、電子書籍元年と言われた2010年からまだ1年しかたっておらず、大学教育で利用する書籍も一気に電子化へ移行するのではないかと期待された。それから3年が経ち、電子書籍は爆発的なムーブメントにはなっていないものの、幾つかの電子書籍プラットフォームが立ち上げられ、紙と電子というハイブリッドという形で配信数を伸ばしている。また、動画のコンテンツであるオンライン講義についても、ビデオ収録された講義を公開する大学が少しずつ増加している。大学ではなく初等中等教育においても、電子教科書やタブレット利用による学習効果向上への実験や模索が始まり、隣国の韓国には及ばないが佐賀県武雄市では市内全小中学校の生徒児童にタブレットを配布するなど、教育に対するICTのハードウェア・ソフトウェアが着実に普及してきている。それに並行してICTを活用した新しい授業形態である反転講義(Flipped The Classroom)などが注目を浴び、ICTを活用した新しい教育形態や手法なども変化してきている。
 しかし、私としては、期待されていたほど変化していないというのが実感だ。

OCWからMOOCsへの流れ

 教育×ICTの世界では、2012年頃に米国で立ち上がったムークス(MOOCs:Massive Open Online Courses)と呼ばれる大規模でオープンなオンライン講義が話題になっている。スタンフォード大学の教員が設立したベンチャー企業をはじめ、次々にMOOCsの教育プロバイダが作られており、日本でもJMOOCs(日本オープンオンライン教育推進協議会)という団体がいくつかの教育プロバイダを束ねた形で、オンライン講義を配信している。しかし、無料でオンライン講義を配信することは、2002年にMITが開始したOCW(Open Course Ware)で既に始めており目新しいことではない。それでは何が違うのか? 一言でいうと、運営形態の違いである。OCWは、運営する資金を、寄付を募るなど自助努力によって大学自身が運営しているのに対し、MOOCsは、運営を大学から大学外(民間)に移し、民間の力で継続的に運営しようと試みている。また、受講者の環境において、OCWが講義の配信のみだったのに対し、MOOCsはOCWでは認めていなかった教員または受講者同士の交流や、宿題や試験なども行ない、修了証の発行まで行なっているのが特徴である。現在、MOOCsの収益が講義の配信以外の上記で述べた部分で賄われている。MOOCsの受講登録者はのべ数百万人と言われるが、最後まで終了する受講者は僅かに4%程度ということを考えると、運営も中々厳しい現状がある。加えて、ある講座が数万人の受講者を集めたところで、それを教員一人ではフォローできないだろうし、教員をサポートするファシリテーターがどれだけ必要なのか? という点においても、運営方法(ビジネスモデル)の再考を迫られている。元々、MOOCsの開発背景には、高騰しすぎた米大学の授業料の問題があり、大学の教育の質を担保しつつ安価で提供しようという考えにもとづいているので、OCWとは似て非なるものがある。今後のMOOCs、JMOOCsの動きを注視したい。

ICTを利用した反転講義の試み

 このような状況の中で、この3年の間に自分の講義を反転講義に変えた。反転講義とは、E-learningと対面講義の間に位置するブレンディッドラーニングの一つの形態で、受講者は、講義の受講前にあらかじめ講義内容をビデオ講義で予習をし、講義の時間にその知識を用いたディスカッションや、宿題に出ている課題に対して教員のアドバイスや学生同士の協働作業によって知識を深めていく形態の講義である。既に反転講義を始めて2年経過したが、学生からは物珍しさもあり、「講義のやり方が新鮮でした」「ディスカッションをすることで知識を深められた」など、私の狙いとする双方向の講義が展開できていると感じている。しかし、反転講義における講義運営の難しさもある。ディスカッションのテーマ設定とディスカッションのファシリテーターの能力である。テーマ設定については、科目の特性もあるだろうが、如何に予習動画で習得した知識に関連させたテーマを与え、議論が盛り上がるような答えのないテーマを出すかがみそだ。ファシリテーターの能力については、受講生が多くなれば、私がすべてのグループのファシリテーターになることは出来ないので、各グループにファシリテーター役を学生に依頼するが、その学生の能力によってディスカッションの質(知識の熟成)や活性度に影響が出てくる。まだまだ、講義運営の工夫が必要と感じている。

ICTを利用した新しい仕組みで意識改革を

 オンライン講義推進派である私自身も、今すぐにMOOCsのような枠組みで大学講義のすべてをやるべきとは思っていない。受講生が新鮮に感じて興味を持つような効果的な教育手法を模索しなくてはならない。そのために、以下の二つのことから始めれば良いと考えている。一つ目は、教員の講義をすべてビデオ収録して公開することである。学外に公開しなくとも受講学生や教員同士が見れる環境にするべきだ。OCW設立委員会のメンバーの一人であった宮川繁MIT教授は、「OCWは究極のFD(Faculty Development)活動である」と強調された。授業参観やベストティーチャ賞という形で進めるのもいいが、講義ビデオの公開の方が教育の質の維持向上に効果的で、波及効果が高いと考える。二つ目は、学生の履修のミスマッチを無くし受講科目のモチベーションを上げるために、科目の系統図の明示とシラバスを分かりやすく表現する事である。特に、学生が楽単を履修する傾向が高い中、シラバスを映像化する等、ICTを利用した履修における環境づくりは必要だ。そのために、教育機関(大学側)は、それらのプラットフォームを用意していくべきであろう。本当に当たり前のことであるが、教員-学生-大学(教育機関)のそれぞれが意識改革を喚起できる仕組みを考えるべきである。

おわりに

 ICTを活用した大学教育のあり方を自分の経験を下に勝手に述べさせてもらったが、勿論、MOOCsや電子教科書、反転講義などICTを活用した教育が万能ではないだろう。韓国においては、電子教科書にしたことで学生の読書量が減少し読解力が落ちているというデータもあるようだ。MOOCsにおいても、運営資金の面で提供する形態を変えていかなくてはならないかもしれない。いずれにせよ、ICTを活用したオンラインラーニング、ソーシャルラーニング、アクティブラーニングが盛り上がる中、「情報を無料と考える」ディジタルネイティブ世代の学生に対する新しい教育方法を、試行し検討する時期がきている。いつやりますか? 今でしょ!

斎藤 正武(さいとう・まさたけ)/中央大学商学部准教授
専門分野 技術経営、システム工学、情報教育
1968年長野県生まれ。1991年青山学院理工学部卒業。1998年青山学院大学大学院理工学研究科経営工学専攻博士後期課程満期退学。博士(工学)。
青山学院大学理工学部助手、中央大学商学部専任講師を経て、現在中央大学商学部准教授。ボストン大学客員研究員(2009-2011)。
現在は、ものづくりと情報技術に関する研究という研究テーマで、技術経営関連のテーマから情報教育(オンラインラーニング)テーマまで幅広く研究している。
また、主要著書に、「経営工学総論」(共著、ミネルバ書房、2010年)「企業の経営を支える情報・意思伝達システム」(共著、創成社、2007年)等。