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トップ>教育>次世代の大学教育を目指そう-多様化する教育形態の学びの形-

教育一覧

斎藤 正武

斎藤 正武 【略歴

次世代の大学教育を目指そう
-多様化する教育形態の学びの形-

斎藤 正武/中央大学商学部准教授
専門分野 技術経営、システム工学、情報教育

はじめに

 2009年4月より2年間、在外研究制度を利用し、米東部のボストン大学で研究生活を送らせてもらった。ボストン大学メトロポリタン学部コンピュータサイエンス学科のオンライン講義の分析評価のためのプロジェクトメンバーになったことで、全米の大学で急速に拡がりをみせているオンラインラーニングの現状把握、アメリカの大学での講義運営や講義に対する先生方の熱い思いを身近に感じることが出来た。また、MIT(マサチューセッツ工科大学)が2002年に始めたOCW(Open Course Ware)を発端とする「大学の知の公開」により、急速に教育の形態が多様化している。大学教員として学生へどのような学びの場を提供するべきか?

無料で公開される大学の知

 現在、アメリカの大学では、オンライン化された講義(インターネット上で講義ビデオ配信・テキスト配布・小テスト・ディスカッション・試験等を行う講義)で単位が取得できたり、オンラインのみで学位が取得できるようなプログラムが様々な大学で用意されている。ボストン大学においても、2003年よりオンライン講義の配信を始め、講義数、履修者数とも年々増加している。増加に伴い、オンライン講義の量的・質的な自己評価を行い、通常講義と、2つ合わせたブレンディッド講義の3種類の講義品質の比較を行いながら、より良い学びの場の提供を行なっている。特に、オンライン講義では、オンラインでのディスカッションを重視し、教員の他に、受講者7名につき1名のFacilitator(ファシリテイター:教員とTAの間の補助教員)が教員のサポートにつき、討議の進行やバランスをコントロールするなどして、新しい教育形態における試行錯誤を繰り返している。

 一方、MITが2002年からインターネット上で無償公開しているOCWも拡がりを見せている。正規で行なわれている講義のシラバス・授業内容・配布資料・講義スライド・テストの内容等を開示し、教員によっては講義の動画までも公開している。2004年当時500講座だったものが、2010年には学部大学院ほぼすべての科目である1900講座の公開になっており、世界中から訪問者は1ヶ月約100万人という。このMITのOCWの取組みは世界200大学が賛同し、グローバル・オープンコースウェア・コンソーシアム(GOCWC: Global OCW Consortium)を組織している。ご存知のように、MITと言えば年間4万ドルもの授業料が必要。講義を無料にしても良いのだろうか。しかし、MITは受講者がOCWのコンテンツを通じて教授や資料作成者との接触することや受講者間でのコミュニケーション手段は一切設けておらず、無論、教育機関による証明書や資格の権利も得られないとしている。つまり、教授や他の学生とのやりとり、ラボで日々経験することなど、キャンパスでの研究にかかわってこそ得られる価値は、OCWで代替できるものではないという考え方に基づいている。

 MITから始まった大学の知の公開は、YouTubeなどのインターネット動画配信の普及に伴い、さらに拡がりを見せている。米タイム誌が行なう50 Best Web-sites 2009にも選ばれたアカデミックアース(Academic Earth)は、ハーバード・プリンストン・スタンフォード・イェール大学など全米有名大学の講義をオンラインで無料聴講できる。その他、Appleが配信しているiTune UやYouTubeのYou Tube EDUなど簡単に無料で大学の講義にアクセスできる環境が整いつつある。英語という言語の優位性はあるものの、米大学はオンライン講義によって国境なきグローバルな教育市場を手に入れている。

学生にもっと刺激を

 このようにアメリカでは、学生が教育形態を選択できる環境が整っているが、実際の学生諸君の講義への態度や教員の対応についてはどうであろうか?

 一般的に、アメリカの大学の学生は、授業に対して真剣で、向学心が漲っており、授業中、教員に積極的に質問するとよく言われる。しかし、私が思ったほど、アメリカの学生はギラギラしている感じはなく、大人しい感じだった。教員と議論できるくらいの知識を持ち、予習を毎時間して来る野心的な学生も少なからずいるが、教員から指名しないと質問しないような学生らも増えている。草食化動物と言われる日本の大学生とまではいかないまでも、大学生の幼稚化や安易なものに流れる学生像が、雑誌などでは取り上げられたりしている。それでも、アメリカの学生が単位を取得するのが大変で一生懸命勉強するのは、大学教員の努力に因るものだ。理解促進のためのTA(ティーチングアシスタント)による時間外のワークショップや、学生と教員が講義期間中いつでもアクセスできる環境が整っている他、大量の宿題を課し、小テストを毎回のように実施し、補習を行う等、学生に対して講義に関する働きかけを常に行っている。講義に出席をしてきちんと教員の話を聞いていたかを重視するより、講義内容の理解向上のために様々な方法で教える努力を惜しまない。

学びの場の模索

 このようなアメリカで拡がる多様化する教育を目の当たりにした自分も刺激を受け、いくつか新しい試みを行なっている。

 まず、講義については、外部から講師を呼んだ講演会の実施や学外の関係あるイベントや見学などに積極的に参加させるプログラムを実施し、フィールドワークを通して学びが出来るように工夫している。

 ゼミについては、講義の位置を1時限にして、学校が開門する朝8時から朝食持参でパワーブレックファーストならぬ、パワー朝ゼミを実施している。最初は抵抗を感じていたゼミ生も週1回の早起きに慣れてきているようだ。また、外部のゼミとの交流を持つ意味から、他大学ゼミとの合同合宿や、ゼミ交流会などへの参加、そして卒業研究の学会発表などを行なっている。朝ゼミの甲斐があってか、先日開催された日本経営工学会主催西関東支部の文系大学専門ゼミ・ゼミ交流会2011の発表において優秀賞を受賞出来、ゼミ生の活動におけるモチベーションが上がった。

 また、米大学が先行するオンラインラーニング等の情報技術を活用した教育形態については、教育インフラの整備や教育コンテンツの制作など、実現には“ひと・もの(システム)・かね”が必要であるので、出来る範囲で取り組んでいきたい。

おわりに

 教員から学生への一方通行の講義は終わりにしよう。

 中央大学では、2003年より行なっているFLP(ファカルティ・リンケージ・プログラム)のような学際的なテーマの体験プロジェクト学習が一定の成果を上げている。大学は双方向の教育を追求し、多様化する教育形態を用意するべきだ。学生に刺激を与えつつ、教員と学生が共に成長できる共育の場を考える時期なのかもしれない。その際、大いに情報技術を活用して新しい共育形態を創出するべきであろう。現在、多摩ITセンターを中心にして「白門プロジェクト」という、iPadやiPhoneのようなスマートフォンを含むタブレット端末の共育的利用に関する実験を進行している。電子書籍を含む教育コンテンツをどう準備し、どのように利用していくか等、新しい学びの場を創造しようという試みである。

 新陳代謝する教育というサービスを提供する大学にとって、教員の知識と知恵で新しい学びの形を発信できればよいと思う。

斎藤 正武(さいとう・まさたけ)/中央大学商学部准教授
専門分野 技術経営、システム工学、情報教育
1968年長野県生まれ。1991年青山学院理工学部卒業。1998年青山学院大学大学院理工学研究科経営工学専攻博士後期課程満期退学。博士(工学)。
青山学院大学理工学部助手、中央大学商学部専任講師を経て、現在中央大学商学部准教授。ボストン大学客員研究員(2009-2011)。
現在は、ものづくりと情報技術に関する研究という研究テーマで、技術経営関連のテーマから情報教育(オンラインラーニング)テーマまで幅広く研究している。
また、主要著書に、「経営工学総論」(共著、ミネルバ書房、2010年)「企業の経営を支える情報・意思伝達システム」(共著、創成社、2007年)等。