偉大な哲学者が遺したもの──その生き方と研究姿勢
木田元先生 追悼座談会
木田元 中央大学名誉教授
今年8月、中央大学名誉教授の木田元(きだ・げん)先生が亡くなった。日本を代表する哲学者の一人として知られ、多くの名著を遺したほか現代西洋哲学の著作も多数翻訳。中央大学の同僚や教え子として親交の深かった4人が、その功績や人柄について語り合い、偉大な哲学者との別れを惜しんだ。
中央大学から始まった、木田先生との親交
- 加賀野井
- 木田先生が亡くなって数か月が経ちましたが、偉大な哲学者を亡くした喪失感はそう簡単には消えません。私は中央大学の仏文科に在学中、隣の哲学科にお邪魔して先生にご指導いただいたのが始まりで、その後は郷里の高知で挙げた結婚式にもご出席いただきました。しかし、お三方はもっと親しく、継続的にお付き合いされていましたね。
- 村岡
- 私は1977年に中央大学大学院の哲学研究科に進みましたが、幸いにも木田先生がはじめて大学院を担当された年でした。それだけに授業は緊張感あふれるもので、フッサール『論理学研究』、メルロ=ポンティ『見えるものと見えないもの』など、哲学のテキストの読み方を徹底的に教えてもらいました。
- 須田
- 木田先生は東北大学文学部哲学科のご卒業なので、私にとっては大先輩に当たります。私が中央大学に赴任してからは、同じ研究室に所属する同僚になったわけですが、あちらは高名な大先生ですから、最初大学院生の頃言葉を交わすときはとにかく緊張しましたね。でもその後は、先生の友人が私の指導教官だったこともあって、非常にかわいがってもらいました。
- 中村
- 私は中央大学大学院の哲学専攻に入ったのが84年で、その前は文学部で仏文学を専攻していました。木田先生の授業を初めて受けたのもその頃で、もう一発で「この先生について行こう」と思いました。ハイデガー(ドイツの哲学者)の話をするときにドストエフスキー、ソクラテスの話のときには小田実の名前が出てきて、この先生は文学も知っている特別な人だと思ったんです。
- 須田
- 先生は授業のほかに、皆で同じ哲学書を読み合う「読書会」も主催していました。私はそれを一つの楽しみにして中央大学にきたので、ワクワクしながら出席したものです。先生は今でこそハイデガー研究で有名ですが、それより前にはフッサール(ドイツの哲学者)を、さらにその前にはメルロ=ポンティ(フランスの哲学者)をよく読まれていました。
- 加賀野井
- 私が先生の授業を受けたのは、メルロ=ポンティに興味があったからなんです。高校生の頃、格好つけてサルトルを読んでいたら先輩に馬鹿にされて、悔しさからその先輩に勧められたメルロ=ポンティを読み始めました。それが、先生が翻訳された『行動の構造』(みすず書房)です。当時はさっぱり理解できませんでしたが、その後大学で先生の授業に出たら、「最近は高校生も読者カードを送ってくる」という話が出ましてね。先生、それ僕ですと(笑)。
- 中村
- 私はもともとウィトゲンシュタインが好きでよく読んでいたのですが、ハイデガーの研究者だとばかり思っていた先生が、大学院の演習でウィトゲンシュタインの『哲学探究』を読んでいらしたのでびっくりしました。でもおかげで助かりましたよ。一人で読んでいても全然理解できませんでしたから。
- 村岡
- 先生がすばらしかったのは、学生と同じ土俵で議論してくれたこと。院生のときに先生の翻訳に疑問を持ったので「僕はこう思うんですけど」って言ったら、しばらく考え込んでから「お前が正しい」と。そんな先生はまずいなかった。以前、ほかの先生に「先生の訳はおかしい」と言ったら、かんかんに怒られちゃいました。でも、それが普通でしょう。私も若造に意見されたらカチンときますよ(笑)。木田先生に比べたら、まだまだ修行が足りないですね。
- 須田
- 先生は、権威をもって学生を抑えつけるようなことはしませんでしたね。権威や立場ではなく、哲学書のテキストが全て。それを読んで解釈することが大事であって、相手がどんな立場の人であれ、どんな解釈であれ、真剣に耳を傾ける。教育者としてもすばらしい方でした。
緻密さと大胆さが同居する名著『ハイデガー』
- 須田
- 私はいま、先生が主催された読書会で読んだ本のリストを作ろうと思っています。中大に赴任した1984年からこの読書会に参加したのですが、その10年以上前からこの会は行われていたようです。そして2009年まで続きましたが、読んだ本のほとんどはハイデガーの『講義録』。当時は全集版が次々に出版されていたので、新しいものが出るたびに皆で読みました。先生はとにかく粘り強く、なめるようにテキストを読みますよね。あの大胆な解釈はこの姿勢から生まれるのかと、非常に勉強になりました。
- 村岡
- 木田先生のデビュー作『ハイデガー』(岩波書店、二十世紀思想家文庫)には驚かされます。なにしろハイデガーが書いたことではなく、書かなかったことについて解説されているのですから。本が出た当時は今ほどハイデガー研究が進んでおらず、講義などの資料もほとんど出版されていなかったはず。これはかなり大胆というか、無謀な試みなわけですよ。こんな冒険は、よほど原書を読み込んで自信がなければできるものではないと思います。
- 須田
- 木田先生はとても慎重な人で、「こうだろう」と当たりがついても、なかなか本にしないんですよ。50年代からハイデガーについて書こうと決めていたのに、実際に『ハイデガー』を出版したのは83年。準備に30年以上もかけ、その間ずっと意志を保ち続けていた。すごいことですよ。
- 村岡
- 『ハイデガー』は構成も斬新です。最初に先生ご自身の伝記、次にハイデガーの伝記、そしていよいよ思想の解釈の順になっている。哲学思想を理解するうえでの「動機」理解の重要性を実感され、だから、まずそれにかかわる自分の動機を明らかにされたわけです。従来「哲学は客観的であるべき」という考え方が主流でしたから、いわば個人的なことを最初に書くのは勇気のいることだったと思います。
- 中村
- 私が木田先生の本でもっとも印象的だったのは『ハイデガー「存在と時間」の構築』(岩波現代文庫)です。『存在と時間』は未完の書なのに、先生は未完の部分をきっちり構築されている。ハイデガー研究の名著として外国語に翻訳すべきですよ。ほかの研究者はハイデガーの難解さに振り回されているところがありますが、先生は同じ哲学者として対等に向き合っていましたね。
- 須田
- 何か常人と視野が違うんでしょうね。同じ本を読んでいても、こっちはテキストを追うだけで必死なのに、木田先生は常に広い視野で読んでいる。だから思いもかけないところから糸口を見つけてくるのだと思います。01年に書かれた『偶然性と運命』(岩波新書)も名著ですね。あんなコンパクトな本の中に、膨大な量の知見が濃縮されている。
- 加賀野井
- ハイデガーに関する著作は2作出されていて、でも決定版が出ていないのが残念ですね。それが実現していれば、骨太なハイデガー論が完成していたと思います。ただ、私はメルロ=ポンティのファンなので、ハイデガー研究に移る前に、こちらの方の著作ももっと出してほしかったですね。
- 中村
- 先生は慎重ですからね。自分が充分理解していない、それほど熱中していない領域のことは本にしないし、踏み込まないんですよ。研究者としては禁欲的だったとも言えます。だからこそ、私たちが今後取り組める領域が残されている。先生が禁欲的だったおかげですね(笑)。