教育

自主・自治・自律の涵養を求めて

~コンピテンシー自己評価アンケート分析Vol.3~

齋藤 祐(さいとう ゆう)/中央大学附属中学校・高等学校 国語科教諭
禰覇 陽子(ねは ようこ)/中央大学附属中学校・高等学校 情報科講師

はじめに

 中央大学附属中学校・高等学校(以下、本校)では、学校を挙げて取り組むべき課題研究のひとつとして「コンピテンシー・ベースの観点別評価体制の開発」を掲げています。以下、これまでの3年間に積み重ねてきた取り組みとその成果についてご紹介します。

Ⅰ 見える学力・見えない学力

 「コンピテンシー」とは、文部科学省が新しい学習指導要領で育成しようとしている「資質・能力」、中央大学でいえば「行動特性」に相当し、本学のユニバーシティメッセージである「行動する知性。」や、中央大学の建学理念である「實地應用ノ素ヲ養フ」の「實地應用ノ素」にもつながっている概念です。

 わかりやすく言うと、「コンピテンシー」とは「見えない学力」のことだ、と私たちは考えています。例えば、テストや通知表で示される成績は、数値化できるという意味で「見える学力」と言えますが、その土台にはもっと大きな、数値化することが難しい、「見えない学力」というものがあるのではないでしょうか。氷山に喩えるなら、それは海底に沈んでいる部分であり、これこそが「行動の素(もと)になる 底力(そこぢから)」なのです。本校では、次の7領域のコンピテンシーを、学校として育むべき「見えない学力」と定義しています。

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中央大学附属高等学校2021年度シラバスより

 それではここから、3年間の課題研究の取り組みを振り返ります。

Ⅱ 見えない学力を測る 

 中央大学作成の"C-compass"(シー・コンパス)を高校生向けに援用したコンピテンシー自己評価アンケート"Chufu-compass"(チュウフ・コンパス)は、2つの都立高校の協力のもと、調査初年度から約2,000件のデータが集まりました。

 分析の結果、2018年度には、以下のことが判明しています。

① 都立A校、都立B校(科学技術科)の生徒と回答結果を比較すると、カテゴリⅠ【101知識獲得】、カテゴリⅣ【402計画管理】、カテゴリⅤ(2)【504説明力】の3カテゴリ3項目は、各校とも全体の3分の2以上がLv.2「指示待ち行動」までにとどまっているという点で、共通している

② 教科横断型授業「教養総合Ⅰ」の講座ごとに生徒のコンピテンシー自己評価は異なる傾向がある

 上記を受け、2019年度はさらに都立C校(普通科)の協力を得て、同様のアンケートを実施しました。加えて、本校の生徒には2回目となるアンケートを実施しました。その結果、以下のことが判明しました。

① 本校の高校1年次・入学段階におけるコンピテンシー自己評価は、都立C校の生徒に比べて、すべての項目において相対的に低い

② 第1回目(2018年7月)と第2回目(2019年3月)の回答結果を学年別に比較すると、本校の高校1年生は高校2年生に比べ、Lv.3「自主的行動」+Lv.4「自律的行動」の回答割合に変化がない

③ 一方、高校2年生はすべての項目でLv.3「自主的行動」+Lv.4「自律的行動」の回答割合が増加している

④ 高2「教養総合Ⅰ」を受講した生徒のコンピテンシー自己評価の内訳は講座ごとに伸びる項目に特徴がある

Ⅲ 見えない学力を育む

 学校設定教科「教養総合Ⅰ~Ⅲ」が始まったのは2018年度のことです。中でも、現代社会が抱える諸問題への探究心を喚起すべく設けられた教科横断型・プロジェクト型授業「教養総合Ⅰ」は、2単位の講座として独立させることによって、それまでにあった高2「研究旅行」の事前・事後学習として位置づけられ、生徒自身の課題発見能力や論理的思考力・表現力の育成に寄与してきました。

 前述したとおり、「教養総合Ⅰ」を受講した生徒のコンピテンシー自己評価が向上するという成果を踏まえ、本校では、2022年度からの新学習指導要領改訂に合わせて、教科横断学習・探究学習を核に据えるカリキュラム設計を試みています。具体的には、これまで高2・高3のみに設定されていた教科横断型授業「教養総合」を再編し、高1・中3にも同様の科目を新設する予定です。これにより、中3〜高3まですべての年次において「教養総合」が科目として置かれることとなり、生徒自らが課題発見を行える下地づくりとなるような学びを、大学という高等教育に向けての階梯として履修できるよう、準備を進めています。

 また、これまでの一連の調査や分析の進捗状況は、定期的に教職員全体で共有してきましたが、2020年3月には、顕在化した教育課題として、本校生徒の自己評価の低さの要因を問う教員アンケートを実施しました。

 その回答を観点別に整理したところ、「自主・自治・自律」に象徴される教育目標の実現が難しくなっていると感じている教員が少なくないことがわかりました。また、成績評価データをもとに、新旧カリキュラム(新:2019年度卒業生、旧:2018年度卒業生)の検証を行ったところ、成績が二極化する傾向にあること、高校1年次と3年次の成績には、カリキュラム変更にかかわらず強い相関があることが示されました。

 そこで、「見えない学力」を育むための教育活動とは具体的にどのようなものなのかということを、2020年度、高2「教養総合Ⅰ」担当教員6名に個別でヒアリングを行い、それぞれの講座の取り組みを具体的に整理しました。例えば、対象講座のヒアリングの際に、対話の中で出てきたキーワードを抽出すると、授業の本質的なコンセプト(学習目標)が次のようなものであることが浮かび上がりました。

① 高校生のためのSDGsプロジェクト(2020)
 活動を自分事として考えてイベントを実施し、学校生活が様々な人の手によって支えられていること、自分が社会の一員として生きているという感覚を得る。

② マレーシア・ボルネオのジャングル自然調査(2020)
 自ら観察したり採集したり調べたりしながら粘り強く取り組み、自然環境を包括的・全体的に眺められる視点を獲得する。

③ Mathematics in English(2018~)
 学習観を転換し、視野を広げ、翻訳言語としての日本語の曖昧さを乗り越え、数学の本質に迫る

 上記下線部をまとめてみると、「教養総合」の学びの中に、①自分事として考えること、②粘り強く取り組むこと、③本質に迫ること、といったような、本校の教育目標に正対する場面や活動が、そこかしこに散りばめられていることを確認することができます。

Ⅳ 大学附属校だからこそできること 

 本校の「教育目標」の中で掲げられている「主体的・創造的な学習意欲」「自主・自治の精神」「自主・自律の精神」は、それ自体として見えるものではありません。しかし、現代のような変化の激しい社会で生きていくためには、学校を出てからも学び続けていくことが必要であり、その土台となる「学習意欲」や「自主・自治・自律の精神」などの「見えない学力」をこそ、学校教育は涵養しなければならないと、私たちは考えています。

おわりに 

 これまでの研究によって見出されたのは、生徒の「論理的思考力」や「探究する意欲」に代表される、科学的思考力を伸長するために最もふさわしい実践こそ、「教養総合」という本校独自の学校設定教科であり、かつ、「教養総合」は、本来的な意味で、本校の教育目標に正対した授業である、という事実でした。この帰結を、次年度以降の新しいカリキュラムに反映させるべく、現在、奮闘中です。 


※研究の詳細については、以下の資料からご覧いただけます。
◆「自主・自治・自律の涵養を求めて~コンピテンシー自己評価アンケート分析Vol.3~」中央大学附属中学校・高等学校紀要『教育・研究』第34号(2020)
◆「行動する知性を育む〜コンピテンシー自己評価アンケート分析Vol.2〜」https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/education/20200430.php
◆「学びに向かう力をどうハカるか? ―コンピテンシー自己評価アンケート分析―」日本情報教育学会『情報教育』Vol.1所収
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rrie/1/0/1_8/_pdf/-char/ja

齋藤 祐(さいとう ゆう)/中央大学附属中学校・高等学校 国語科教諭

東京学芸大学教育学部卒。2005年 中央大学杉並高等学校教諭。2018年より現職。研究内容:国語教育。コンピテンシー開発。本研究ではアンケート調査項目の考案・分析の指針決定を担当。

禰覇 陽子(ねは ようこ)/中央大学附属中学校・高等学校 情報科講師

武蔵工業大学(現 東京都市大学)工学部卒。研究内容:情報教育。理数教育。本研究では分析手法の提案・分析実務を担当。