教育

行動する知性を育む

〜コンピテンシー自己評価アンケート分析Vol.2〜

齋藤 祐(さいとう ゆう)/中央大学附属中学校・高等学校 国語科教諭
禰覇 陽子(ねは ようこ)/中央大学附属中学校・高等学校 情報科講師

SSH2年目

 これからの教育においては、「学力の向上」だけでなく「応用力や行動力を育む」ことが 課題だとされている。ならば、目指されるべきは「実地に応用可能な素地の養成」であり、 これは「行動する知性」をユニバーサル・メッセージとして掲げる、中央大学とその附属学 校群こそが取り組むべき課題と言える。
 そこで本校では、SSH初年度にあたる2018年度に、高校生のコンピテンシー(資質・能力の顕現としての行動特性)を測定する自己評価アンケート"Chufu-compass"を作成し、回答結果を学習者群に紐づけて分析した(注)。本稿では、2019年に実施した、第2回以降の調査結果と新たな課題について紹介する。


(注) 齋藤・禰覇(2019)「学びに向かう力をどうハカるか?〜コンピテンシー自己評価アンケート分析〜」https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/education/20190307.html


調査から見えてきたこと


(1)他校との比較
 2018年度の第1回調査では、2つの協力校(都立A校・B校)との比較に基づき、高校生一般が苦手な項目が抽出できそうであるという仮説を得た。2019年度は新たにSSH指定校(都立C校)の協力を得て、本校生徒との、高校入学段階におけるコンピテンシー自己評価の回答を比較した。チャートでは、原点を中央に、各項目の回答割合を表す軸を放射状に設定している。なお、Lv.1〜Lv.4とは、Lv.1「問題行動」、Lv.2「指示待ち行動」、Lv. 3「自主的行動」、Lv.4「自律的行動」の行動特性水準を示している。

図大1.png

 Lv.1とLv.3の全体形状を見てみると、Lv.1「問題行動」に関しては中大附属(赤)の回答割合がひと回り大きく、Lv.3「自主的行動」に関しては都立C校(紫)がひと回り大きい。例えば、項目101「知識」において、Lv.1=「1特定の分野においてさえ、自分の知識は不十分だと思う」を選んだ生徒は、都立C校が18.5%であるのに対し、中大附属は39.3 %となっている。つまり、本校生徒の高校1年次におけるコンピテンシー自己評価は、都立C校に比べても相対的に低い。そこで、この状況を改善する可能性を持っているのが、2018年度から始まった、高校2年次の学校設定科目「教養総合I」である。

(2)教養総合I講座別回答比較
 2018年度の、"Chufu-compass"の回答結果(2回分)と「教養総合I」(全12講座)選択者名簿を紐づけ、Lv.3(自主的行動)・Lv.4(自律的行動)の回答が10%以上増えた項目を講座別に抽出した。ここでは2つの講座を取り上げる。
 まず、講座B「トレーニング科学」(国立スポーツ科学センターなど:26名)から見ていこう。この講座は、人間の身体について、運動生理学・機能解剖学・トレーニング学などの学術的視点からのアプローチに加え、10月に設けられた研究旅行期間中には、都内の研究施設を訪れたり、トレーニングの現場で実地踏査を行ったりしている。

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 講座Bで特筆すべきは、項目201「課題発見」Lv.4=「④与えられた課題だけでなく、自ら新しい課題を設定することができている」が+13.2%、302「推論する力」Lv.4=「④できごとの要因や規則性をおしはかり、仮説の確からしさを高める努力を継続的にしている」が+13.6%と、2項目でLv.4の回答が10%を上回る変化となったことだろう。
 さらに503「記述力」Lv.3=「③正しい文をつないで、 他人が一通り理解できるように書 くことができていると思う」が+22.3%となり、中央値がLv.2→Lv.3へ変化した。503「記 述力」のLv.2が「②自分なりに意味の通った文章を書くことができていると思う」であったことを踏まえると、「自分なりに」から「他人が一通り理解できるように」と、記述において他者を意識できるようになった生徒の割合が最も多くなっている。
 
 次に、講座H「災害に学ぶ〜私たちにできる防災と支援〜(福島・南相馬:13名)」を見ておこう。この講座は、阪神淡路大震災・東日本大震災・熊本大地震など、近年国内で頻出する災害を取り上げながら、被災の現状と復興への取り組みを学ぶ、というものである。10月の研究旅行期間中には、福島県南相馬市を訪れ、復興の課題とその進捗状況を見聞し、これから取り組まれるべき課題の設定と、被災地の外に住む私たちにできる支援のあり方を考える内容となっている。

図3.png

 今回この講座を取り上げたのは、第2回目"Chufu-compass"回答結果が、2018年度の12講座の中で突出した変化を遂げている、という点にある。この講座の受講生は、"Chufu-compass"全14項目のうち、実に13項目で10%以上の変化を遂げただけでなく、そのうち3つの項目では40%以上の変化を、さらに1つの項目では60%を超える変化を遂げている。
 内訳は、102「情報」Lv.3=「③情報の必要性に気づき、それを集めることができている」が+66.7%、402「計画管理」Lv.3=「③計画に基づいたスケジュール管理を行っており、定期的なチェックもできていると思う」が+41.7%、504「説明力」Lv.3=「③相手にわかりやすい説明がある程度できていると思う」が+41.7%、601「共創力」Lv.3=「③チームでの作業において、チームとしての共通の目標を理解しようとしている」が+41.6% 、602「行動力」Lv.3=「③自分の意志・判断で行動していると思う」が+33.3%である。 もちろん、講座選択者の多寡ゆえに回答割合が変わりやすいという点を考慮しても、いかにこの講座が、生徒たちの知性と行動力を刺激しえていたか、ということがうかがえる結果となっている。
 教養総合Iといえば、どうしても海外を目的地とする研究旅行が計画された講座に人気が集中するという状況において、講座Hの選択者の中には、これは自分が望んで選んだものではない、という声もあったと聞く。しかしこの講座こそが、コンピテンシー自己評価として生徒に大きな影響をもたらしたという事実に、私たちはきちんと向き合うべきであろう。
 つまり、講座H「災害に学ぶ〜私たちにできる防災と支援〜」における生徒たちのコンピテンシー自己評価から見えてくるのは、研修として訪れる場所がたとえ海外でなくても、さらには、授業の選択結果がたとえ当該生徒の思い通りではなかったとしても、工夫された授業のあり方次第で、生徒たちの学びに向かう力に働きかけ、生徒自身の資質・能力の自己評価に変容をもたらすことができるという貴重な事実である。

学びの質を高めるための評価

 生徒の自己評価が評価のすべてではないことと同様に、成績による値付けや序列化も、評価の一側面に過ぎない。単元や学期の終わりに「成績をつける」ことと、学びのプロセスを支え、さらなる学びへと促すために「評価する」ことは同じではない。そこで注目すべきは「フィードバックとしての評価」である。「教養総合I」担当者による振り返りに次のような記述が見える。

Q 担当講座において「生徒がいい表情をしている!」と思った瞬間はいつですか?
A 1学期に口頭試験をした際、がんばって覚えた成果が発揮できた生徒はいい顔をしてい た 。3学期にブックレビューの発表をした際、いい発表をした生徒に賞賛の声が上がった 時。すごい!と言った生徒も言われた生徒も。(講座J)

 上記のように、自分の努力が認められ、その成果に対して賞賛の声があがる体験というのは、生徒自身にとって貴重な「フィードバックとしての評価」であろう。これ自体で十分「評価」なのであり、教員は、実際の場面に立ち会うことを通じて、学習過程のあり方に確信を持ち、さらなる学びへの誘いを思案し始めることができる。
 「評価」を通じて、学習者は学びの過程を振り返り、自身のさらなる成長に向けて見通しを持つことができる。ならば「評価」とは、学習者が質的に望ましい変容を遂げるために、学習者自身が自らの学びをデザインするものとして機能しなければならない。

今後に向けて

 "Chufu-compass"で測定された結果は、学習過程においてどのような気づきがあったのかを生徒にメタ認知として促すことと、その認知のありようを踏まえた上で、今度は指導者たる教員がどのように指導を改善すればよいのかという指針を得るためにこそ求められるべきものであることがわかってきた。目指されるべきは、診断的・形成的・総括的評価の一体化であり、「値付け」(Evaluation)としての評価から「支援」(Assessment)としての評価への転換である。生徒の学びの質を高めるための評価のあり方を、これからも現場で、生徒や教員といった当事者たちとともに、考えていきたい。


【参考文献】
◆ジョン・ハッティ著/山森光陽監訳(2018)
『教育の効果―メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化―』図書文化
◆髙木展郎(2019)
『評価が変わる、授業を変えるー資質、能力を育てるカリキュラム・ マネジメントとアセスメントとしての評価ー』三省堂
◆経済協力開発機構(OECD)編著/無藤隆・秋田喜代美監訳(2018)
『社会情動的スキル―学びに向かう力』明石書店
◆溝上慎一(責任編集)京都大学高等教育研究開発推進センター・河合塾(編)(2018)
『 高大接続の本質―「学校と社会をつなぐ調査」から見えてきた課題―』学事出版

齋藤 祐(さいとう ゆう)/中央大学附属中学校・高等学校 国語科教諭

東京学芸大学教育学部卒。2005年 中央大学杉並高等学校教諭。2018年より現職。研究内容:国語教育。コンピテンシー開発。本研究ではアンケート調査項目の考案・分析の指針決定を担当。

禰覇 陽子(ねは ようこ)/中央大学附属中学校・高等学校 情報科講師

武蔵工業大学(現 東京都市大学)工学部卒。研究内容:情報教育。理数教育。本研究では分析手法の提案・分析実務を担当。