齋藤 祐【略歴】
―付箋で「探究マップ」―
齋藤 祐/中央大学杉並高等学校国語科教諭
中央大学杉並高等学校(以下、本校)で卒業論文指導を始めてから2015年度で12年目を迎えました。これまで生徒が設定した論文テーマは多岐に渡ります(*過去の卒業論文題目は本校HPからご覧頂けます。)。以前CHUO-ONLINEでも書いたように、高校生でもきちんと訓練を積めば論理的な一貫性をもった論文が書けるようになります。もちろん、いきなりは書けません。そこで本校では、思考のためのツールとして「探究マップ」という考具を開発しました。導入当初A4サイズの書き込み式で始まった「探究マップ」も進化を遂げ、今では75mm×75mmの糊つき付箋(だいたい名刺サイズの一般的なもの)を使った形へと変貌を遂げています(図2)。
さて論文を書くためには論証の骨格となるアウトラインを組まなければなりませんが、ほとんどの高校生はアウトラインが組めません。ではなぜ高校生はアウトラインが組めないのでしょうか。その理由は、高校生にとってアウトラインとは話題が単純につながった「目次」以上のものではないからです。アウトラインとは文字通りの「目次」のことではなく、論文の「設計図」のことです。大学に入って学術的な指導を受ければ、アウトラインを見て、そこに論証としての骨組みが構造化された立体(structure)を見ることができるようになります。しかし高校生の場合はアウトラインを見ても、並列された話題が単線的(linear)に連なっているようにしか見えません(図1)。だとすれば論文を初めて執筆にするような高校生に対しては、アウトラインを単線的(linear)なものではなく、本校の「探究マップ」のようにあらかじめ構造化されたもの(structure)として示してしまえばよいことになります(図2)。
図1 従来のアウトライン
図2 「探究マップ」のアウトライン(実寸はA3版)
高校生の場合、図1のようなアウトラインをふくらませる方法で論文を書き出すと、必ずといっていいほど序論と結論がかみ合わなくなります。書くほどに論点がずれていき、いつの間にかまったく別の論文テーマになってしまうからです。しかし図2のように、はじめから論証の構造が示されていると、論点はずれにくくなります。文章をいきなり書いてしまうのではなく、いったん書こうとする内容を戦略的に考えることが大切です。探究マップでは、振られている丸数字(図2)を①から⑩まで順番に追っていくことで、アウトラインの構造を知らず知らずのうちにたどることができます。また、本文を書いている途中でいま自分がどこにいるのかわからなくなったら、探究マップに戻って整理し直します。本来は見えない思考の抽象度を、タテ軸とヨコ軸で整理された探究マップ上で俯瞰することによって、その齟齬に気がつくことができるのです。
探究マップ上のそれぞれの付箋は、論文の章構成に対応しています。そのため本校生徒が作成する卒業論文は原則として次のようなⅤ章の構成をとります(図3)。
図3 「探究マップ」と論文の章構成の対応
上記の図3を踏まえれば、結果的に論文の章構成(アウトライン)は次のようになるでしょう。
Ⅰ アブストラクト(論文要旨)
Ⅱ 問題の背景と問題設定(序論)
Ⅲ 「根拠①」を踏まえた考察(本論①)
Ⅳ 「根拠②」を踏まえた考察(本論②)
Ⅴ 主張と考察のまとめ(結論)
このアウトラインは、一見すると先ほど示した従来のアウトライン(図1)と同じように見えますが、作成者の視点で考えれば、目次立てのうちに構造としてのアウトライン(図2)が踏まえられているということが重要です。なお図3にないアウトラインの「Ⅰ」は、論証の全体像を示す「アブストラクト(abstract)」となるため、①~⑩の付箋の内容を簡略化して書きます(400~600字)。また上記付箋をフリップやスライドに落とし込めば、さまざまなプレゼンテーションの形態にも活用させることができます。
これまで述べてきた「探究マップ」の作成過程は、PDCAサイクルで説明することができます。探究型学習に欠かせないのは何度も「問い」と「答え」と「根拠」を更新することであり、その意味において探究のサイクルは「問い」と「答え」と「根拠」をめぐるPDCAサイクルだと言えます。
生徒はまず取り組もうとする研究分野について「問い」(問題提起)と「答え」(主張となるべき仮説)のセットを用意します(Plan)。続いて、このPlanの妥当性を論証するために必要な情報・主張の根拠となるべき事例を収集し、集めた事例の要点を付箋に書き出しつつ、付箋同士を比べたり分けたりつなげたりしながら整理します(Do)。全体の論証が組みあがったら今度は、付箋相互の関連性、特に「答え」と「根拠」の整合性を検証します(Check)。最後に検証の結果を踏まえて論証の全体を見直し、必要な情報と不必要な情報を選り分けた上で要素として足りない部分を新たに加えながら「問い」を更新します(Act)。このような「探究マップ」上で付箋を移動させたり新たなものと交換したりする過程が体現しているのは、研究計画の立案に必要なPDCAサイクルを何度も循環させているということに他なりません(図4、図5)。
図4「探究マップ」とPDCAサイクル
図5 PDCAサイクルイメージ
卒業論文執筆後に行った生徒アンケートでは、「『探究マップ』を使用してどう感じたか」という質問に、回答者の多くが肯定的な評価を寄せてくれました。中には「(探究マップの作成は)論文を作るにあたり、最も重要な段階。ここなくしては論文を作るのは難しいと思った」(括弧内引用者補注)という記述もあり、「書く」前の試行錯誤、すなわち「考える」という工程の重要性を示していると言えます。
近年、探究型学習やアクティブ・ラーニングなど、これまでの教育実践とは方向性の異なるかに見える教育理念や指導方法が注目を集めています。しかしながらこれらの教育理念や指導方法は、これまでの学校教育が培ってきたおびただしい教育実践の蓄積からそう飛躍したものではありません。ICTの導入も叫ばれてはいますが、手段が目的となってしまわないよう注意すべきですし、まずは、付箋と鉛筆で始められる本質的な思考を掘り下げるレッスンから始めていくべきではないでしょうか。