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佐藤 文博

佐藤 文博 【略歴

学部における日本語教育について

佐藤 文博/中央大学経済学部
専門分野 情報処理

 先般、本学は、平成24年度第2回(通算12回)日本語検定において、東京書籍賞 大学部部門で優秀賞を受賞した。経済学部、文学部、法学部の学生が団体受験をし、その成績が優秀であったため今回の受賞となった。

 今までの受験学生は主に「学部共通インターンシップ」「インターンシップ(企業研修)」の履修生でインターンシップでの実務体験を最大限得るために、「日本語」はコミュニケーションにおいて極めて重要なスキルと考え、積極的に受験をした結果が今回の優秀賞につながった。なお、筆者はすでに、国際化対応教育の試み-経済学部におけるシンガポールとの連携授業(ChuoOnlineオピニオン2010年11月)の投稿の中で、今後の課題に関連して「・・日本語学習の動機付けとして読売新聞社が特別協賛している日本語検定などの受験を強く推奨している。」と日本語検定についても触れている。以下、学部教育においてとりわけインターンシップ履修者の学習内容の充実化、また基礎的共通的な学習の動機づけの一つとして日本語検定等の日本語学習への取り組みに関して報告する。

1.経緯

 日本語検定は、2007年に東京書籍(株)が母体となり、日本語検定委員会が発足し開始された。経済学部のインターンシップ(企業研修、当初佐藤が担当し2009年度より平松客員講師が担当)の履修学生に受験を推奨してきた。なお、本科目は他学部履修が可能なため受験者も経済学部以外複数学部に及んでいる。

 2009年度には本学が準会場として団体受験が可能となり経済学部棟の教室を試験室として利用してきている。以来、責任者は科目担当教員の筆者であり試験実施に際しては平松裕子客員講師が携わってきている。

2.インターンシップ授業における取り組み

 本学では2010年度より学部共通インターンシップが開講された。(佐藤、平松が担当)

 本科目は、学生のインターンシップへの履修機会を拡大させるため、本学3学部(経、商、総政)に配当年次2年次・2単位科目として設置し、事前知識を短期間に学習できるよう内容を工夫し負担を軽減する授業構成となっている。(経済学部のインターンシップは1995年度以来継続して実施されている。)そして、当授業履修学生は、年度内に英検2級以上、ITパスポート、日本語検定3級以上の合格を目指し、受験することを強く推奨している。

 ここで、今年度も実際に現場で担当されている平松裕子客員講師は、授業の中で常に日本語表現について指導しており、以下のように日本語検定を受験することの意味を述べている。

 就職活動を控えた学生は、英語等外国語に関する検定を受験する。目標の点数にむけ学習し、能力を向上させる。しかし、日本語の検定に興味を持つ日本人学生はまだ少ない。なぜなら、日本語の会話に苦労している日本人学生は基本的におらず、不自由を感じていないことに加え、就職活動においても日本語の能力はみな同じなので、競う対象にはなっていないと考えているからである。

 本当にそうだろうか。日本語は日本人である我々にとって2つの意味で重要である。まず1つは周りの日本人と話すときのコミュニケーションの道具として、もう1つは自分自身と話す際、つまり思考する際の道具として、大きく日本語という言語に我々は依存している。後者は単に道具としてだけでなく、日本人のアイデンティティに関わるが、そこまで考える前に、前者についてまず学生に考えてみて欲しいと思っている。

 他の人とどのような会話、文章のやり取りをしているのだろうか。社会人は、学生自身が考えている以上に学生にはコミュニティ能力が不足していると考えている、という調査結果がある 。日本語で話しているのに、何が学生には不足しているというのだろうか。この問いに答えられる学生は少ない。

 同じような生活を送る学生だけでなく、自分と異なる土俵に立つ人に向かっても、豊かに日本語を操り、自分の考えを説明していく力が今学生にどれだけあるだろうか。人は自分の顔を直接見られないように、自分の日常使用言語に関しても把握や改善は難しい。日本語検定という1つの尺度を持って、自分の操っている言葉を見直し、人とつながる道具として磨いてほしいと考えている。

 20年も使用して来た言語である。不正確に把握していたと知ることもある。敬語の使用や多様な日本語の表現とその用法を具体的に見直す・・そして、日本人であることや日本語を大切に扱うことも考えてほしいと願っている。

3.経済学部の情報系授業での取り組み

 これまでの間、筆者と鳥居鉱太郎准教授の情報系科目の授業および演習履修者にも受験を推奨してきている。今や学習成果や課題についてその結果をプレゼンテーションすることが多くなっている。とりわけ、情報系の分野では、技術の提供側と利用者側間での的確なコミュニケーションが不可欠となっている。

 いわゆるSE(システムエンジニア)は、業務内容のアプリケーションから高度な専門的技術が要求されるインフラ作りまでを対象として、マーケティング、セールス、プロジェクトマネジメント、アプリケーションスペシャリスト、コンサルタント、ITアーキテクト、IT スペシャリスト等々10種類以上の多様な人材が存在するが、共通して顧客にソリューションを提供する役割を持ち、プリゼンテーションやドキュメンテーション能力が要求される。ここで、日本語能力が不可欠となる。多摩キャンパスからも現在SEとして活躍している卒業生も少なくない。なお、通常のユーザ企業においても本来業務とICTとのかかわりは多く、本質的にSE的な活動に近い仕事を行うことになり、的確な日本語能力が要求されることになる。当然、その前提として、関連知識と問題発見・解決能力が必要になるが、「伝えたこと」と「伝わったこと」は異なるという点に留意して日本語を使うということを情報系の教育の中で実践してきている。

4.日本語検定受験の推奨理由

 推奨理由を整理すると以下のようになる。

  1. 日本語は大学での学習の基礎でありながら、一般には公式に学習する機会が無く、独学しか方法はない。
    このため体系的、総合的な日本語能力を評価するのが困難で、検定によりどの分野が不足している等が明確になり効果的な自習が可能となる。
  2. 卒業後のあらゆる分野での組織内の活動では、正確なコミュニケーションが不可欠。インターンシップ等での実務体験を効果的に得るためにも極めて重要な基盤スキルとなり、基礎的なスキルを事前に作っておくことによりマナー上の認識も含めより充実したインターンシップとなることが期待される。
  3. 情報系の分野では、マシンとのかかわりに重点が置かれがちであるが、逆にユーザへの提案、プレゼンテーションが具体的に要求されるため①、②以上に日本語の重要性を認識する必要がある。
  4. 外国語、専門科目の習得にも日本語が言語学習の基盤であり十分な知識が必要である。
  5. 漢検等よりも日本語検定で評価される内容はより総合的、体系的であり自己のスキルの位置づけが適正に評価される。

 以上、より多くの学生が日本語への関心を持つようになると大学全体のレベル向上、外部からの評価も高まるのではと思う。

5.おわりに

 経済学部で哲学を担当されている濱岡剛教授は学部の1年生の演習際して共通的な日本語学習の取り組みとして以下のように述べている。

 大学1年生向けの演習で、簡単なテーマで600字程度の小論文を書かせることをしています。書かれている内容に独自性があればなおよいのですが、まずは自分の主張を明確に述べ、その根拠を明確に説明できるということに主眼を置いています。学生は、一文が少し長くなると、主語-述語の対応を見誤ったり、前半と後半の論理関係を曖昧にしたりすることが多いようです。ほんのちょっと直せば随分よくなるのに、と思うことも少なくありませんが、そのちょっとになかなか気づかないのです。私自身も経験することですが、自分の書いた内容はよく分かっているので、読み返しても文のおかしさに気づきません。しかし、読み手に甘えてはいけません。読み手の立場に立って、しかも少々意地の悪い読み手の立場から自分の文章を読めるようになることが大切です。もちろん、他人に対しては意地悪にならないように配慮しなければなりません。

 さらに、次のように日本語は楽しみながら学習できるのだと大野晋・浜西正人『類語国語辞典』を参照されて述べている。

 外国語の文献の翻訳で、訳語の選択に迷って類語辞典をひもとくことがあります。これが結構おもしろくて、もともとの仕事を忘れてしまいます。たとえば、「可愛がる」「慈しむ」「愛おしむ」「愛でる」「愛する」「愛」「愛情」「情愛」「惚れる」「惚れ込む」「恋する」…。何となく違いは分かるものの、さてどう違うのかと問われると困ってしまいますね。意味の違いはあまりないように見える場合でも、状況によって使い分けられたりします。人は様々な人に対して様々な状況で愛情をいだきます。それらをすべて「愛」「愛する」という語で済ましてしまうとすれば、みな等し並(ひとしなみ)になって、興ざめしそうです。そうした思いから先人たちは、それぞれの独自性が際立つような表現を見つけようと工夫してきたのでしょう。日本語を学ぶことは、自分の身の回りがいかに多彩であるに気づくことにつながります。

 以上、日本語について本学の学生がその重要性の認識を深め学習し、卒業後、多様な分野において専門性を発揮し社会に貢献されることを期待している。

佐藤 文博(さとう・ふみひろ)/中央大学経済学部教授
専門分野 情報処理
神奈川県出身。1950年生まれ。
1974年 早稲田大学教育学部卒業
1974年(財)日本情報処理開発協会、(1981年工業技術院出向)
1994年 中央大学経済学部専任講師、1995年 同助教授、1999年 同教授
2002年-2004年 スタンフォード大学Center for Design Research客員研究員
2006年-2008年 経済学部学部長補佐
 現在に至る
研究課題:e-learning(遠隔授業)、東南アジアにおけるICT人材育成