研究

SDGsゴール5. ジェンダー平等実現の課題と大学の役割

野沢 恵美子/中央大学法学部准教授
専門分野 教育社会学、ジェンダー、地域研究、言語学、外国語教育

 2015年の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)は、先進国を含む世界すべての国に関わる課題・目標として、国内外で急速に関心が高まっています。2030年に設定されているSDGsの達成に向け、本特集では「知の創出拠点」としての大学に焦点を当て、本学の研究者による研究活動を通じて、私たち大学が果たすべき役割とは何か、を考えます。

 第3回は、野沢恵美子准教授(法学部)が、自身の調査対象でもあるインドのジェンダー平等実現に向けた取り組みの現状と課題を解説するとともに、SDGs達成のために大学が果たす役割について考察します。

はじめに

 Sustainable Development Goals(SDGs)は、2015年に国連持続可能な開発サミットで採択された、平和で公正な社会の構築を目指す開発目標です。2030年までに貧困・飢餓の撲滅、医療保健・教育の普及、生物多様性の保全などを達成すべく17の包括的な「持続可能な開発目標(SDGs)」が掲げられ、169の具体的なターゲットが設定されています。「誰一人取り残さない」と力強く謳うSDGsの中で、人口の半数を占める女性が選択権を持ち、社会参画するジェンダー平等の実現は、5番目の目標となっています。具体的には女性への差別、暴力、女児、少女の心身を傷つける早婚や性器切除といった慣習の根絶、生殖医療へのアクセスの保障、平等な経済、政治参加などが挙げられ、各国で様々な施策がなされています※1。SDGsは先行する「国連ミレニアム開発目標(MDGs)」(2001-2015年)を引き継ぎその射程を広げ目標設定をしています。しかし貧困や飢餓の根絶、ジェンダー不平等の解消などMDGsと同じ項目が提示され、解決の難しさも同時に反映しています。実際過去数十年間、国連や各国政府は同様の目標を掲げては達成できずに持ち越すことを繰り返しており、SDGsの「誰一人取り残さない」という文言は、これまでの反省と今度こそ達成させるという決意の表れでもあります。本稿ではジェンダー平等に焦点を当て、どのような問題があり、どのように問題解決が図られてきたのか、筆者が調査を行うインドでの事例の一端を紹介し、大学の役割を考えていきます。

インドのジェンダー平等

 インドで問題視されていることのひとつに、男女間の人口の不均衡があります。国連の推計によると、インドでは世界平均よりも女性の比率が低く※2、特に0-6歳児の男女比は1991年の男児1000人に対して女児945人から2011年には918人に低下し、政府も危機感を示しています※3。社会文化的に男児が望まれ、毎年多くの0-5歳の女児がネグレクトによって命を落としていると推計されています。さらに医療技術の進歩により胎児の性別診断が可能になり、生まれてくることすらできない女児が数多くいるとも推定されています。妊産婦や胎児の健康を守るための技術が、胎児の命を奪うために利用されるという皮肉な結果となり、問題はさらに潜在化、深刻化しています。男児偏重の裏には、家を継ぎ、両親の面倒を見るのは息子の役割とされていること、結婚時に花嫁側が花婿側に多額の金品を贈る持参金の習慣が広く行われていることなどがあります。持参金準備のために農地売却や借金をすることもあり、親にとって娘は負担だとの考えが広まっています。ただ男児偏重は社会経済階層や学歴に関わりなく見られ、社会文化に深く根差した通念であるといえます。ほかにも女性への性暴力や18歳未満の少女の早婚、持参金をめぐるハラスメント、不妊女性への偏見、寡婦への差別的な待遇など、女性をめぐる問題は人生のあらゆる面でみられます。

 インドの女性グループはこれまで活発な抗議行動を行い、出生前性別診断の違法化、性暴力への厳罰化、相続における男女平等などの法改正を実現させてきました。また2006年には女性や子どもの課題に取り組むMinistry of Women and Child Developmentが設立され、2015年には女児の状況を改善し、エンパワメントを目指す、"Beti Bachao Beti Padhao" (save daughter, educate daughter)イニシアチブが立ち上げられました。ここでは、1.性別による中絶の防止、2.女児の保護、3.女子の教育と参加が主な目標で※4、キャンペーンを行うとともに、まず100の県を重点地区として地域と協力しながら様々な施策を導入するとしています※5。これらは以前から指摘され積み残されてきた課題ですが、SDGsという世界規模での目標が設定され、今や国内問題としてだけではなく国際的な枠組みの中での解決が求められ、政府の意思と実行力が試されています。

教育におけるジェンダー平等への取り組み

 "Beti Bachao Beti Padhao"でも重点項目とされる教育のジェンダー平等に関して、インドでは2001年にSarva Shiksha Abhiyan (SSA)(Education for All)という初等教育の完全普及に向けたプログラムが立ち上げられました。女子生徒への奨学金、女性教諭の採用、男女別のトイレ、無償の女子寄宿学校の設立など、女子生徒が安心して学べる環境を整える努力が続けられ、成果も現れてきています。筆者が調査を行うビハール州の農村では、2005年頃から安全に通える範囲内に初等学校を建て、新規教員の雇用を進めています。以前は家事や農作業の手伝いのため就学機会に恵まれなかった女子も、近年はその多くが公立、私立、NGOなど、何らかの学校に通っています。通学の安全が確保されたこと、女性教諭が増加したこと、地域の女子教育に対する考え方に変化が生じていることなどが要因として挙げられます。また経済的に不利な家庭環境の女子を対象とし、マハトマ・ガンディの妻の名を冠した寄宿学校、Kasturba Gandhi Balika Vidyalaya(KGBV)では、教材、制服、食事が無償提供され、経済的な負担なく教育が受けられます。女子教育への関心が薄い地域では、KGBVに関連する女性組織が村に出向いて説明会を開催し、保護者との対話も行っています。

 教育施策に加え、経済的なインセンティブも女性の教育の普及に影響を与えています。政府やNGOによる女性や子どもを対象にした開発福祉プログラムでは、女性の非正規スタッフを採用し、少額ながら現金収入を獲得する貴重な機会となっています。一定年数の就学が条件となっているため、早婚により学校を途中でやめた成人女性の中には、再び学び始め、就業を目指す人たちもいます。家族の反対に遭う女性が多い中、夫の協力を得る女性も存在し、まだらではあるものの、教育観、家族観に変化のきざしも見られるようになってきました。

 ジェンダーに関する固定観念は社会文化に深く根付いており、一朝一夕に大きく変えられるものではありません。しかし母親の労働参加や家庭での意思決定権と、女児の生存率には相関関係があるとの研究があり※6、筆者のフィールド調査からも、学校教育を受けた農村の若い女性の多くは、女性の尊厳や生活上必要な知識の獲得に学校教育は有益だと感じ、自分の子どもには男女の区別なく教育を受けさせようとしていることが明らかになっています。女性の社会参加や自己決定権獲得が進むことで、少しずつジェンダー平等に近づくと期待され、政府やNGO、国際機関には、それを後押しする施策の拡充が求められます。

SDGs目標5.ジェンダー平等の範囲と課題

 SDGsの目標5は、女性をめぐる環境の改善とエンパワメントに絞られ、男性や性的マイノリティの抱える問題にはほとんど触れていませんでした。男性への抑圧や、性的マイノリティへの偏見の根底には、ジェンダー規範の押し付けや、逸脱を許さない目に見えない規制があります。指摘を受け、国連開発計画が2018年に性的マイノリティの平等と包摂に向けたSDGsとして様々な提案を行いました※7。今後はSDGsの対象範囲を広げ、柔軟に運用することで様々な性の人たちが協働する、より公正な社会の構築を目指していけるのではないでしょうか。

大学の役割

 様々な分野にまたがるSDGs達成のためには、現状の理解、原因の分析、解決方法の探究、施策の評価を行っていかなければなりません。そこでは高い専門性と学問領域を超えた交流と知見の集積が求められ、多様な分野の研究を行う大学は大きな役割を果たしています。同時に大学、政府、民間機関、国際組織、地域社会など幅広いアクター間の連携も問題解決を図るうえで欠かせません。

 また教育機関として、若い人材の育成も大学の担う責務のひとつです。法学部では、「グローバルなリーガルマインド」と「自立した地球市民として必要な批判的・創造的な考え方」の涵養を目指しています。筆者の担当授業では、人権、社会公正に関わる諸問題について英語文献を調べ、毎週報告を行っています。2019年秋学期にはジェンダー平等を共通テーマとし、各自が家庭内暴力、児童婚、性的マイノリティへの差別など個別の問題を選択し研究しました。海外の事例を調査する学生と、日本の問題に焦点を当てた学生が、お互いの報告を通して、日本も外国も、先進国も途上国も同様の課題を抱え、根底には共通の社会文化構造があることを理解しました。そして解決のためには地域社会、そして時には国境を越えて協力する必要があるとの認識を共有しました。

 SDGsが目指しているのは、ある意味「まだ誰も見たことのない世界」です。そこに少しでも近づくために、若い世代の養成や、新しい知の創造への大学のさらなる貢献が期待されています。

  1. ^ 国際連合広報センター 「Sustainable Development Goals」
    https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/
    閲覧日2019年12月16日
  2. ^ 国連「World Population Prospects 2019」
    https://population.un.org/wpp/Download/Standard/Population/
    閲覧日2019年12月16日
  3. ^ インド政府 「Beti Bachao Beti Padhao」
    https://wcd.nic.in/bbbp-schemes
    閲覧日2019年12月16日
  4. ^ インド政府 「Beti Bachao Beti Padhao」
    https://wcd.nic.in/bbbp-schemes
    閲覧日2019年12月16日
  5. ^ vikaspedia 「Beti Bachao Beti Padhao」
    http://vikaspedia.in/social-welfare/women-and-child-development/child-development-1/girl-child-welfare/beti-bachao-beti-padhao
    閲覧日2019年12月19日
  6. ^ 和田一哉(2007)「乳幼児死亡率でみたジェンダーバイアスと女性の教育,労働参加--インド・人口センサスデータの実証分析」アジア経済 48(8) 24-44頁
  7. ^ "Jeffrey O'Malley et al. "Sexual and gender minorities and the Sustainable Development Goals, United Nations Development Programme, 2018."
    https://www.undp.org/content/undp/en/home/librarypage/hiv-aids/sexual-and-gender-minorities.html
    閲覧日2019年12月19日
野沢 恵美子(のざわ・えみこ)/中央大学法学部准教授
専門分野 教育社会学、ジェンダー、地域研究、言語学、外国語教育
1992年東京女子大学文理学部卒業。
2012年カリフォルニア大学Ph.D.課程修了。(Ph.D. in Education)
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部特任講師を経て2019年より現職。
現在の研究課題は、インドの女性教育とジェンダー平等、少数言語教育、英語教育などである。主要著書に、「文化の持続可能性と部族言語―インド・サンタル語の事例を通して」
宮崎里司、杉野俊子編著『グローバル化と言語政策―サスティナブルな共生社会・言語教育の構築に向けて』(<明石書店>、2017年)などがある。