研究

SDGs達成に向けた「まちづくり」の意味

中村 寛樹/中央大学商学部准教授
専門分野 社会システム工学

 2015年の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)は、先進国を含む世界すべての国に関わる課題・目標として、国内外で急速に関心が高まっています。2030年に設定されているSDGsの達成に向け、本特集では「知の創出拠点」としての大学に焦点を当て、本学の研究者による研究活動を通じて、私たち大学が果たすべき役割とは何か、を考えます。

 第2回は、中村寛樹准教授(商学部)が、SDGs達成に向けた「地域」と「まちづくり」、そしてそのために大学が果たすべき役割について考察します。

2020年はSDGs達成のための節目の年

 「2030年を目標達成年とする持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)において、2020年は大きな転換の年となります。2020年という年は、国連がSDGsを採択した2015年から5年経ち、目標達成まで残り10年という節目の年です。それまで5年間準備してきたSDGs達成の道筋に向けて一気に動きだす年が2020年で、その後、社会全体の大きな変革に舵をきる5年間、そして目標達成を実現する5年間にしていく必要があります。」

 これは、ノーベル平和賞受賞者でグラミン銀行創設者のムハマド・ユヌス氏が、自身らが主催する2019年11月にドイツ・ベルリンで開催された学術会議の講演で語ったものです。ユヌス氏は、国連事務総長が任命するSDGsアドボケートの元メンバーで、現在も同窓生として継続的に支援・関与しています。

 そして、ユヌス氏は、自身の具体的な活動として、2020年6月にはドイツ・ミュンヘンで大規模なソーシャルビジネス・フェスティバルを開催することや、2024年にオリンピックが開催されるパリ市と協働で、多様な人を融和させ、様々な社会的課題に向きあう、史上最も包摂的なオリンピックの開催と、それを通じたソーシャル・ビジネスの世界的広がりに向けた様々な取り組みを実施することを言及しています。

 パリ市は、市長とオリンピック組織委員長、ユヌス氏が連携し、社会起業家たちと共にオリンピックをつくることで、包摂と責任ある社会発展のソーシャル・イノベーション・モデルをパリから世界に広げていくことを目標にしています。そして、それがパリ市の地域社会にレガシーとして残ることを目指しているのです。

図1 ドイツ・ベルリンの学術会議でユヌス氏と

SDGsの達成には指標の設定が必要

 そもそもSDGsは規制やルールではなく、その名の通り「目標」の性質を持ちます。SDGsでは17のゴール(目標)に付随して、169のターゲットとそれに関連する指標が提示されており、例えば、日本語訳で「住み続けられるまちづくりを」と題される「目標11」では、包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住実現を目標としています。

 そして、ターゲットとして、「2030年までに、全ての人々の、適切、安全かつ安価な住宅及び基本的サービスへのアクセスを確保し、スラムを改善する(11.1)」、「 2030年までに、脆弱な立場にある人々、女性、子供、障害者及び高齢者のニーズに特に配慮し、公共交通機関の拡大などを通じた交通の安全性改善により、全ての人々に、安全かつ安価で容易に利用できる、持続可能な輸送システムへのアクセスを提供する(11.2)」といったインフラ整備や防災、環境改善が設定され、それに対応する指標も提示されています。

 具体的な指標としては、「スラム、インフォーマルな居住地及び不適切な住宅に居住する都市人口の割合」や、「公共交通機関へ容易にアクセスできる人口の割合(性別、年齢、障害者別)」があげられています。

図2 インフラ整備が整っていない地域も世界にはまだ多い(写真は筆者が訪問したバングラデシュ・ダッカとインド・ムンバイ)

 SDGsは世界全体の目標である以上、具体的に提示されている指標の中には、組織や地域レベルで対応できる指標もあれば、国単位や世界全体でのみしか対応できない指標もあります。しかし、ここで大事なことは、SDGsは、規制やルールではなく、目標であるという特性上、一見、特定の組織や地域では対応できないような目標やターゲットに対しても、自ら適切な指標を設定し、その達成に向けた取り組みをすることができるということです。ここに、個別の組織や地域の、アイデアや特異性、自主性、主体性、社会性、コミットメント、そしてリーダーシップがあらわれることとなります。

SDGs達成のための「地域」視点の重要性

 上記のような背景のもと、欧州を中心として、地域レベルのSDGsの取り組みを進めるための「SDGsのローカル化」という考え方が重視されてきています。それは、SDGsを個別の地域の文脈に適応させ、SDGsを達成させるための戦略を地域レベルで策定、実行、そして、そのアウトプット(結果)とアウトカム(成果)を測定するプロセスのことです。

 持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN:Sustainable Development Solutions Network)によると、SDGsにおいて、教育、健康、衛生、インフラ整備、環境対策など地域レベルで目標達成への活動を実施する分野は多く、自治体などの地域の関与がなければ、SDGsの65%は達成困難であるとされているほどです。

 そして、地域レベルのSDGsへの取り組みとその評価は、そのまま地域の評価へとつながります。SDGsという共通のプラットフォームにおいて地域間の比較が可能となるのです。例えば、SDSNが公表した欧州のSDGs地域評価のプロトタイプでは、明記された評価項目をもとに、欧州の地域・都市のランキングを公開しています(図3)。

 各目標に対するスコアを見ると上位にランクする地域は、貧困の解消に関する「目標1」や、健康や福祉に関する「目標3」、安全な水と衛生に関する「目標6」、不平等の是正に関する「目標10」などの分野で目標達成へ高い評価を受けていることが分かります。一方で、そのように上位にランクする地域においても、前述の「目標11」や気候変動対策に関する「目標13」においては、まだまだ多くの課題があるとされています。その課題が残る目標に関して評価指標の詳細を見てみると、環境負荷削減量や文化的活動、文化施設の数などがあげられています。

図3  SDSNが公表した欧州のSDGs地域評価のトップ10の地域

SDGs達成におけるまちづくりの意味

 SDGsの取り組みに関する地域の評価をみていくと、そこで設定されている評価指標は必ずしも十分でないことがわかります。例えば、「目標11」に関する評価指標として前述の指標があげられていますが、これだけで十分かというと必ずしもそうではありません。そこで、何が十分ではないかについて少し考えたいと思います。

 「目標11」は日本語訳で「住み続けられるまちづくりを」と題されていますが、「まちづくり」は日本語独特の表現で、その観念は、曖昧で多義的ですが、それゆえ、大きな意味を持ちます。「まちづくり」とは、よい「まち」を「つくって」いくことです。「つくる」とは、ハードの施設だけではなく、生活全体のソフトを含んでいます。「まち」は、生産・流通・業務・政治・観光・学術などの、その都市ごとの機能も重要ですが、よい「まち」とは、住んでいるすべての人々にとって、日常生活に支障なく、安全に守られ、豊かに暮らせ、緊急時にも対応できる「まち」であり、住んでいてよかったという実感を心から持ち、次の時代にも継続が期待できるものです。

 このことは、「よい」まちかどうかの評価は、主観的な要素を含むものであり、まちづくりにおいては、主観的な評価も重要であることを意味しています。したがって、その点をどのように評価するか、そのための指標設定もまた重要となるのです。なお、これまで、政策評価や都市評価の分野では、客観的(Objective)な指標に加えて、主観的(Subjective)な指標の研究や実用が進んでいます。有名な主観的指標としては、主観的幸福度や生活満足度などがあげられ、それらの指標はOECDなどの国際機関や自治体などにおいても幅広く使われています。

図4 地域の評価には総合的な評価が必要

 SDGsにおいては、指標を設定することが重要だということは既述の通りですが、その設定が難しい場合は新しいアイデアが必要になります。例えば、筆者も在籍した、九州大学の馬奈木俊介主幹教授・都市研究センター長の研究グループでは、国連とともに世界各国の新国富指標(包括的富指標)(IWI:Inclusive Wealth Index)の開発・計測を実施し、それを日本国内の地域に応用しています。自治体と協力してその指標を活用した実際のまちづくりも行っています。

SDGsまちづくりで先端(エッジ)地域をめざす

 以上のように、SDGs達成においては、SDGsへの理解や推進体制の整備を前提としたうえで、「目標・ターゲット・指標の設定」→「実施計画の策定」→「取り組み・実施」→「アウトプット(結果)とアウトカム(成果)の測定・評価」→「目標・ターゲット・指標の設定」→...といったサイクルを回すことが重要になります。

 このサイクルを回すためには、地域に存在する産官学の連携が必要不可欠です。特に大学など学術的な貢献として、「目標・ターゲット・指標の設定」や「アウトプット(結果)とアウトカム(成果)の測定・評価」があるのではないかと考えられます。なぜなら地域の取り組みの主体は住民であり、それを学術な視点からサポートすることが重要だからです。前述のユヌス氏も国際学術会議において、学術界の貢献の重要性について強調されていました。

 SDGsまちづくりにおいては、地域独自の新しいアイデアを提示することになるため、それを国際的には発信する発信力も必要となると考えられます。その点でも大学の果たす役割は少なくないと考えられます。SDGs達成のためのソーシャル・ビジネスという概念は、欧米発ではなく、バングラデシュの経済学者であるユヌス氏が提唱しているからこそ大きな意義があります。

 今やソーシャル・ビジネスの拠点となるユヌスセンターは、世界各国の大学や、多くの地域に独立組織として設置されています。我が国においても、福岡の九州大学内にユヌス&椎木ソーシャル・ビジネス研究センターが設置されたのをはじめとして、2019年には京都の龍谷大学内にもユヌス・ソーシャルビジネス・リサーチセンターが設置されました。

 また、これらの地域は、ともに国家戦略特区の対象地域でもあり、福岡市は「グローバル創業・雇用創出特区」として、京都市では京都大学医学部附属病院などが様々な認定事業を実施しています。人口減少と高齢化を迎える我が国の地域において、健康・医療に関するSDGsまちづくりは、大きな可能性があると考えられます。例えば、内閣府本府参与や国連政府間機関特命全権大使を歴任されている原丈二氏は、日本発の「公益資本主義」を提唱し、「天寿を全うする直前まで健康でいられる社会の実現」の実践活動を行っています。

 その実践活動について報告・議論する、2019年10月に開催された「2019ワールド・アライアンス・フォーラム東京円卓会議」では、現役閣僚や経営者が多数参加する中、これまでにない取り組みとして、実践型教育「ベンチャー起業論」を1990年代から実践されている福岡大学の阿比留正弘教授ご担当の講義・演習履修学生と筆者担当の講義・演習履修の本学学生らが参加する機会が設けられました。

 大学のもう一つの役割は、次の世代の人材を育成することにあります。大学で学術的な素養を身に着けた人材が、各地域でSDGsまちづくりの一役を担っていくことが重要です。本学が所在する八王子市に隣接する日野市は、2019年7月に東京都内で初めて「SDGs未来都市」に選定されています。そのような自治体と大学、そして企業といった産官学が連携して、地域の尖った活動を推し進めていく必要があります。世界全体の目標であるSDGsがクラウド・コンピューティングのような役割であるとすれば、地域のSDGsまちづくりはエッジ・コンピューティングのような可能性を有していると言えます。

参考文献
  • The UN Sustainable Development Solutions Network (SDSN), 2016. Getting Started with the SDGs in Cities: A Guide for Stakeholders.
  • The UN Sustainable Development Solutions Network (SDSN), 2019. 2019 SDGs Index and Dashboards Report: European Cities Prototype Version.

中村 寛樹(なかむら・ひろき)/中央大学商学部准教授
専門分野 社会システム工学

福岡県出身。久留米大学附設中学・高等学校卒業。東京工業大学工学部開発システム工学科卒業(学士(工学))。同大学院社会理工学研究科価値システム専攻修士課程修了(修士(工学))。同大学院理工学研究科国際開発工学専攻博士課程修了(博士(工学))。財団法人日本生産性本部、北九州市立大学、九州大学などを経て、現職。 主要著書に、『新国富論‐新たな経済指標で地方創生(岩波ブックレット)』(岩波書店、2016年)、『はじめてのアントレプレナーシップ論』、『新国富論‐データで見る豊かさ』(ともに中央経済社、2019年)などがある。

中村寛樹研究室
https://www.nakamura-h-lab.com/newWindow
中村寛樹Chuo online オピニオン「持続可能な開発目標におけるソーシャル・アントレプレナーシップ」
https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/opinion/20181206.html