膝・股関節 手術・治療
人工関節の質や術前計画、
手術手技が向上
さらに進化が続く、人工関節置換術
日本の高齢化が進む中、膝や股関節の痛みや動かしづらさに悩む人は年々増えている。なかでも変形性膝関節症、変形性股関節症といった疾患に至ってしまう人が多い。その最終的な治療法として有効性が注目される人工関節置換術も、さまざまな技術の進歩により進化している。最新の状況について、元東邦大学名誉教授で日本人工関節研究所理事長の勝呂徹氏に聞いた。
東邦大学医学部名誉教授
一般社団法人 日本人工関節研究所理事長
勝呂 徹
昭和53年、千葉大学大学院医学研究科修了。昭和58年、ミネソタ大学整形外科部に留学。昭和63年、千葉大学医学部整形外科講師。平成9年、東邦大学医学部整形外科教授。平成24年4月、一般社団法人、日本人工関節研究所理事長。平成24年4月、OEC(整形外科学教育機構)代表世話人。現在に至る。日本整形外科学会名誉会員、東日本整形災害外科学会名誉会員、関東整形災害外科学会名誉会員、臨床リウマチ学会功労会員、日本小児整形外科学会功労会員など。平成20年、第33回日本膝関節学会会長。平成21年、第39回日本人工関節学会会長。平成23年4月、第55回日本リウマチ学会総会学術集会会長など歴任。
術前計画の充実により人工関節を理想的に設置可能
膝や股関節の痛みで日常生活に支障をきたし、関節の変形が進み保存的療法では回復が見込めない場合は、「人工関節置換術」を選択肢の一つとして検討する必要があります。
最近の人工関節置換術では各医師の技術習熟度が進み、精緻な手術が行えるようになっています。手術件数の実績はその目安の一つですし、実際に手術をされた患者さんの様子が分かれば、より安心でしょう。新しい技術の習得に意欲的な医師は様々な勉強会等に参加したり、研究発表に積極的でもあります。
また、コンピューターのシミュレーションにより、手術前に人工関節を入れる位置を割り出す技術が飛躍的に進んでいます。この術前計画を立ててから手術を行うことで、より理想的な位置に人工関節を設置できやすくなりました。手術中にも、設置位置を精密に指し示すナビゲーションシステムなどがあり、医師が人工関節をより的確な位置に設置する助けとなっています。
人工股関節 エースクラップ社提供 |
人工膝関節 ナカシマメディカル社提供 |
人工股関節 エースクラップ社提供 |
人工股関節 ナカシマメディカル社提供 |
骨頭のサイズが大きく安定脱臼を防げる股関節の人工関節
人工関節の進歩としてまず著しいのは、素材の進化です。軟骨の代わりになるポリエチレンに抗酸化作用のあるビタミンEを加えたものが普及し、耐久性が増しました。人工関節自体の耐用年数が30年というものもあります。特に股関節の人工関節については、さらに一定の放射線照射によりクロスリンク(架橋統合)させて、より強化されています。その結果、以前は年に0.1ミリは磨耗していたのが、ほぼ磨耗しなくなりました。
このように衝撃や摩擦に強くなったため、大骨頭径をかつての22ミリ程度から、32ミリや36ミリなどの大きさに作れるようになりました。骨頭のサイズが小さいと外れやすいのですが、大きいと脱臼を予防できます。より安定しているので使用感もよく、しゃがんだり正座したりが行いやすくなりました。
手術手技の進歩としては、後方アプローチ(PL)では大腿骨の後ろ側から筋肉を切る必要がありますが、大腿骨の前方から、筋肉を切らずに行う前方アプローチ(DAA)が広まっています。術後に筋肉の痛みが少ないなどのメリットがあります。しかし手術手技を習得不十分なときには、骨折などの合併症も見られています。
そのほか、3Dプリンターで人工関節を作る技術も進化しています。素材や鋳造により、十分な強度が生まれますので、今後装置の普及が進めばオーダーメイドの人工関節の普及も期待できます。
曲げ伸ばしとねじれが必要な膝関節の動きを人工関節で再現
膝の場合は、股関節よりも動きが複雑です。屈曲だけではなく、回旋運動によりスムーズな動きが得られます。たとえば正座するには150度以上曲がると同時に、20~35度回旋する必要があります。この動きを人工関節で完全に再現するのは至難の技です。そのため、手術後に違和感や可動域についての不満を感じやすいといえます。とはいえ以前に比べれば、術前計画の実行や素材の改善により、人工関節を入れた後の患者さんの満足度は向上しています。股関節では80%以上、膝関節でも約50%はあるでしょう。
また、現在日本で使用されている人工関節の約9割は、欧米人の骨格をモデルに作られたものですが、正座など膝を深く曲げる文化のある、日本人の膝関節はやや前後径が縦長で、かつO脚気味になっています。今後、日本人の骨格に合った人工関節の開発・普及が進めば、より自然な動きの実現につながるでしょう。
今後、自立した生活を営める年齢を目指す「健康寿命」の需要はますます増えていくでしょう。術後のQOL(生活の質)を取り戻す手段として担当医と術後についてよく相談して決めて頂きたいと思います。
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人工関節の手術を支援するロボットが登場
人工関節手術を支援するロボットは、患者の関節の形や曲げ延ばした時のバランスを3次元で計測。医師が人工関節を入れる位置や角度を決めると、画面上に骨を削る範囲や深さが示され、その範囲に近づけると作動、定められた深さに達すると止まる。つまり治療計画にない動き、切除する必要のない部位にさしかかると停止し、治療計画通りの安全かつ的確な手術を可能にする。
人工関節手術において高機能の関節を再建するには、筋肉や靭帯を温存し、インプラントを高い精度で設置することが求められる。また、術後の早期回復、社会復帰を目指すには、手術の低侵襲化が重要だが、この両者を同時に実現するのがロボットによる支援手術である。CTスキャンデータで得られた患者の骨や関節、靭帯などの情報をもとにどのように骨をけずりインプラントを設置するか、オーダーメイドで計画をたて、正確で安全な手術を実施する。
この手術支援ロボットを使った人工関節手術は2019年から保険適用となった。少数ではあるがすでに導入している病院もあり、今後の更なる普及が期待される。
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