2014年9月1日
2020年に開催される東京五輪・パラリンピックをきっかけに、活力ある日本を作り上げていく道筋を考える「未来貢献プロジェクト」(主催・読売新聞社、後援・国土交通省)のシンポジウム「大規模災害から都市を守る」が8月6日、東京都千代田区のよみうり大手町ホールで開かれた。自治体関係者が対象の「都市災害と行政の役割」と、一般向けの「住民の備え」(協賛・旭化成ホームズ)の2部構成。それぞれ開かれたパネルディスカッションには京大防災研究所の林春男教授や国、東京都の防災責任者らが参加した。林教授は自治体関係者向けに「大規模災害から都市を守る」と題した基調講演も行った。
- 主催:
- 読売新聞社
- 後援:
- 国土交通省
基調講演
大規模災害から都市を守る
林 春男教授(京大防災研究所)
大規模災害は、密集してたくさんの人が住んでいる都市で起こりやすい。1995年の阪神・淡路大震災では、6000人を超える方が亡くなり、10兆円という被害が出た。
こうしたことを踏まえ、どうしても考えておかなければならないのが首都直下地震だ。今後30年以内に70%程度の確率で起きると言われている。内閣府が昨年末に出した被害想定では死者は最大2万2000人、被害額は95兆円に上る。
被害をゼロにするのは難しいが、敵を知ることは大切だ。想定では、震度6弱以上の地域で、約3000万人が被災する。日本人の4人に1人という大変な規模だ。どうすれば被害を減らせるか考えることが不可欠だ。
火災による犠牲は非常に多くなるとみられる。耐火性の高い建物が多いJR山手線の内側より、外側の木造の住宅が密集する市街地で大規模な火災が予想される。特に火災の集中が予想される地域では、一人一人が火を出さない努力が求められる。
一方、建物の中で亡くなる場合、あおむけで胸を圧迫されるケースが多い。(タンスの固定などで)胸を押しつぶされない工夫をすれば、犠牲は大きく減らすことができる。
被災後の生活を確保する復興も大きな課題になる。
阪神・淡路大震災では、避難所で32万人が最長7か月も暮らすという事態が日本で初めて起きた。首都直下地震ではほぼ10倍の290万人が避難所に入ることになり、それ以外にも430万人の避難が必要になると言われている。
復興で最初にやるべきは、道路や電力、ガス、水道といった生命線をはじめ、交通、公共施設なども含んだ社会基盤の復旧だ。東日本大震災では、津波を念頭に、危ないところを避けて社会基盤を作り直すこともあり得るが、政治・経済の中枢機能が集中する首都圏では、街をもう一度作り直すことが前提になる。
復旧・復興には非常に長い時間がかかるが、まだ準備は十分とは言えない。都市だからこそ災害は大規模になる。復興についても事前の備えをしておかなければ、いざというときに対応ができないということを念頭に置いてほしい。
パネルディスカッション「都市災害と行政の役割」
【パネリスト】
深澤 淳志氏(国土交通省道路局長)|
「都心へのルート確保」
前田 信弘氏(東京都副知事)|
「「木密地域」10年かけ改善へ」
林 春男教授(京大防災研究所)
【コーディネーター】
堀井 宏悦(読売新聞調査研究本部主任研究員)
都心へのルート確保
深澤 淳志氏(国土交通省道路局長)
道路の管理者として災害時に最優先するのは、まず道路を点検し、傷んだところを直すと同時に、がれきを撤去し、最低限、救急車両などが通れる道を確保することだ。そのことが二次災害の拡大を抑え、救援・救助活動の成果も左右すると考える。
特に首都直下地震は、巨大な過密都市で起きるという特徴があるため、深刻な交通マヒが想定される。そんな中、幹線道路では最低でも往復2車線の確保が必要になる。このため、路上に放置されるであろう膨大な車両をどうするかは大きな課題だ。
国が計画しているのは、都心に向かって八つの方向からそれぞれ道路を確保していくことだ。そのために、8方向それぞれに責任者を充てている。例えば、横浜方面は横浜国道事務所長が担当する。国道以外の道路の状況も全て把握した上で対応することが必要になるため、東京都などとも連携する必要がある。既に、最も効果が高い方法の想定も始めている。
実際には、フォークリフトのようなものを使って、路上の車などを脇に移動させながら都心に向かって道を開いていくことになる。車に傷を付けた場合にどう補償するのかといった問題もあるため、今、現場の担当者がちゅうちょなくどんどん作業を進められるような形に法律案も整理してもらっている。
車を置いて避難する人たちには、できるだけ道路の外に止めてもらいたい。やむを得ず路上に車を置いて避難する際には、左側に寄せてエンジンを止め、(後で動かせるように)ドアのロックはしないでほしい。行政として、普段からこうしたことを知ってもらう取り組みを強化することが必要だ。
今年2月、山梨、埼玉、群馬、長野などで記録的な大雪が降った。特に甲府市では観測史上最高の雪が降り、陸の孤島と化して、雪に立ち往生する車が多く出た。しかし、突然の降雪だったこともあり、国や県、市の担当者がうまく連携できなかった面がある。
地震も大雪同様、突然起きる。反省を踏まえ、首都直下地震では関係機関がうまく連携できるように事前の備えを強化したい。
東京五輪・パラリンピックに向けて、外国人に災害情報をどう伝えるかも課題だ。こうした問題にも取り組み、受け入れ態勢を万全にしたい。
「木密地域」10年かけ改善へ
前田 信弘氏(東京都副知事)
東日本大震災では、東京の建物などの被害は限定的だった。しかし、発生が平日の午後3時前で、その後、交通機関が止まったことから、大量の帰宅困難者が生じ、大混乱になった。東京という都市のもろさがはっきり表れた瞬間だった。
東京は人口1300万人超で、昼間は労働者を加えて1500万人以上になる巨大都市だ。鉄道などの交通網が密集しており、遠くから通勤している人も多い。電車が止まれば一瞬で多くの人が自宅に帰れなくなってしまう。
都は昨年4月、対策条例を制定した。事業者に対し、震災が起きた際 に従業員をすぐに帰宅させないように促す内容だ。3日分の食料などの備蓄と、さらに10%分の予備の備蓄の確保もお願いしている。
さらに震災に対する東京の最大の弱点は、火災のリスクが高い木造住宅の密集地域が1万6000ヘクタールも存在することだ。
東日本大震災をきっかけに対策を本格化させた。まず、約180万人が住む7000ヘクタールを整備地域として指定し、10年間で集中的に火災が広がらない街に変える取り組みを進めている。2020年までに火災が起きにくい領域を70%まで高める目標を定め、特に改善が必要な地域には特別の支援も行う。
都民の命と首都機能を守る上で、危機管理体制をつくることも重要だ。国の中枢を支える行政機関や病院などの医療機関の機能停止は回避しなければならない。このために自衛隊などとの連携の強化を含め、医療の初動体制の確立や水道の耐震化などにも取り組んでいる。
震災後の復興も考える必要がある。電気、通信、上下水道、ガスといったライフラインを60日以内に95%以上回復する目標を掲げている。避難所となる小・中学校を100%耐震化して安全な拠点にすることも目指している。
行政はこうした取り組みを住民に積極的に発信して理解を得る必要がある。都は地域での防災学習会なども実施している。こうした取り組みを続けて、防災意識の底上げを図りたい。
1分の防災訓練 「シェイクアウト」
林教授は2008年に米国で始まった地震防災訓練「シェイクアウト」を日本で広める活動を展開しており、パネルディスカッションでも紹介した。
シェイクアウトは、指定された日時に地震から身を守る行動を職場や学校などで1分程度、一斉に行う訓練だ。短時間で終わるため参加しやすく、防災意識を高める上で効果が高いとされる。
基本動作は、〈1〉姿勢を低くする〈2〉机の下に入るなどして頭を守る〈3〉揺れが収まるまで動かない——の3点。訓練を通じて身の回りに落下物がないかチェックするなど、防災意識を高めることも目的の一つだ。
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