人材育成 大学の使命
読売新聞大阪本社版朝刊
新型コロナウイルスの収束が見通せない中、大学は様々な工夫を凝らして教育、研究、社会貢献を推進してきた。2022年春に大阪府立大と統合して大阪公立大に生まれ変わる予定の大阪市立大でも、関西の発展を導く人材の育成に向け、取り組みを続けている。医師でもある荒川哲男学長と、卒業生で、医療機器大手「ニプロ」(大阪市)の佐野嘉彦社長が、コロナへの対応と、大学の将来像、産学連携の可能性について語り合った。(聞き手・編集委員 沢田泰子)
理論と感性 磨く力を
大阪市立大 荒川 哲男学長 × ニプロ 佐野 嘉彦社長
サポート
———コロナで大きな影響を受けた1年だった。どのように対応したか。
荒川 学生や教職員の命を守るためには早く対策を取ることが重要と考え、昨年2月5日に大学の緊急対策本部会議を開き、海外渡航を事実上禁止した。その後、前期は原則オンライン授業とすることを決め、5月末までに、アルバイトの収入が減るなどして困窮している学生約1700人に5万円を支給した。学業を断念する学生を一人たりとも出さないよう、サポートしたかった。
佐野 国内のほか、海外14か国35か所に透析関連製品などの医療機器や、医薬品などの製造拠点があり、2月頃、中国から情報が届いた。感染経路は接触と飛沫(ひまつ)、エアロゾル(小さな飛沫)の三つとみられ、社員にマスクの着用を指示し、家族の健康も守るよう呼びかけた。飲食時の会話はリスクが高いとわかってきたので、春頃から、食事中は話をしないように、話をする時はマスクをするよう社員に求めている。エビデンス(根拠)が明らかになってからでは遅く、考えられる対策は実行する姿勢が必要だと思う。
荒川 市大では昨秋からの後期、マスク着用や手洗い、うがいを徹底した上で、できるだけ対面授業を再開した。安心して対面授業を受けてもらうために、希望者全員にPCR検査も行った。コロナはまだわからないこともあるが、わかることは全て正しく認識し、ベストの対応をしていきたい。
社会に感謝
———先行きが不透明な中、大学はどのような人材の育成を目指すべきか。
佐野 従来の理論では行き詰まり、新しい事実から新しい理論をつくらないと解決できない問題に直面することが、社会では多い。理論で考える力と、感性面で新しい事実を捉える力、さらに両方を行き来する力を磨いてもらいたい。
荒川 私も自然科学だけでなく、人文科学が重要だと考え、サイエンス、テクノロジー、アート、デザインの頭文字をとったSTAD(スタッド)というキーワードを提案している。2022年春に開学する大阪公立大は、この四つの要素を兼ね備えた人材の育成がミッションになる。25年度に都心メインキャンパスが開設される森之宮(大阪市城東区)のまちづくりでも、STADを生かしたい。
佐野 市大の特徴は「自由」だと思う。自由であるためには、学生一人一人がしっかり考えなければいけない。私たちは生涯、社会の恩恵を受けて生活していく。例えば移動するにしても、電車も道路も自分でつくって、使っているわけではないだろう。社会に感謝しながら返すという考え方をもつことが大事だ。
基礎研究
———大学と企業の産学連携はどう進めるか。
佐野 新しい商品をつくるには、基礎技術開発段階の「魔の川」、商品化するための「死の谷」、市場の厳しい競争という「ダーウィンの海」の3段階を越えなければならないとされる。最も経費がかかるのは、生産工場を建てて販売網を整備する「ダーウィンの海」で、企業としてはここに力を入れ、世の中の役に立ちたい。大学などの研究機関に「魔の川」、ベンチャー(新興企業)に「死の谷」を越えることを期待し、三者でマッチングできればいい。
荒川 大学発ベンチャーも増えており、そこでの挑戦が事業化できるかどうか、企業に目利きしてもらいたい。一方で、大学は今すぐに役に立たない研究であっても追究するべきだ。ビジネスにつながる研究と、基礎研究の間で資金が循環する仕組みを産学連携でつくりたい。苦難を乗り越え、ピンチをチャンスに変える人材の育成は大学の使命。大学と企業のネットワークで、社会に貢献する人材の育成を一緒に進めていければ素晴らしいと思う。
PROFILE
あらかわ・てつお
1950年生まれ。81年大阪市立大大学院医学研究科修了。医学博士。米カリフォルニア大客員教授などを経て、2000年に大阪市立大教授、16年から同学長。
さの・よしひこ
1945年生まれ。68年大阪市立大工学部卒業。75年ニプロ入社。取締役営業本部長、常務取締役国内事業部長などを経て、2012年から代表取締役社長。
コロナ対策 産学連携も
学生らにPCR検査 ワクチン開発
長期化するコロナ禍の中で、大阪市立大などの大学で学生らのPCR検査や、企業と共同でのワクチン開発が進んでいる。
大阪市立大が昨年10月、希望した学生や教職員計2393人を対象に実施したPCR検査では、全員が陰性だった。費用は全て大学の負担とし、同大学付属病院で検査した。城戸康年・医学部准教授(寄生虫学)は「後期から対面授業を増やすにあたって、キャンパスに来る学生の不安を取り除くことにつながった」と話した。
武庫川女子大(兵庫県西宮市)は11月、PCRセンターを薬学部のキャンパス内に開設した。薬学部や教育学部など学外での実習が必須の学部があるため、必要に応じて何度でも検査を受けられるようにした。1回目は無料、2回目以降も2000~4000円の負担で済む。10人分を同時に調べる方法を導入するなど効率化を図り、1日で1000人分の検体を扱えるようにする。
学生や付属中高の生徒、教職員らを検査し、今年4月以降、検査態勢に余裕ができれば、地域の介護施設で働く職員らの利用も受け入れる方針だ。
京都産業大(京都市)も昨年10月、学内にPCR検査センターを新設。大学の寮に住む学生らは今年3月まで無料、4月以降は900円の自己負担で受けられる。1日40件程度の検査能力があり、徐々に拡大するという。
ワクチン開発を進めるのは大阪大だ。遺伝情報を使うものや、感染力を失わせたウイルスをもとにしたものなど、様々なタイプの開発を並行。昨年4月に大阪府や大阪市、大阪市民病院機構などと連携協定を締結し、同機構から症例の提供を受け、重症化の原因などの研究に役立てている。
5月には、研究資金などを集める基金を設立。12月中旬までに、ワクチンなどの研究開発支援で個人や企業から約1億5000万円が寄せられた。
共同で研究を進める阪大発の医療新興企業「アンジェス」(大阪府茨木市)は、12月に第2段階の治験を始めた。今年3月頃までに、500人に接種する予定だ。