25年万博 つながる未来
読売新聞大阪本社版朝刊
2025年の大阪・関西万博の開幕まで3年余りとなった。新型コロナウイルスの世界的な流行で、暮らしや行動は変化を余儀なくされた。一方、地球規模では持続可能な未来の実現に向け、人々の価値観も変わりつつある。デジタル化の進展はデータの連携や活用を加速させる。より良い未来に向け、社会はどう変わるのだろうか。(編集委員 平井道子)
新型コロナウイルスの感染拡大は、大阪・関西万博に少なからず影響を与えた。万博で何が体験でき、万博から何を生かしていくべきか。万博のプロデューサーの一人でデータサイエンスを専門とする宮田裕章・慶応義塾大学教授に聞いた。
社会の課題共有 前へ進む場に
万博プロデューサー 宮田裕章・慶応大教授
新型コロナウイルスの流行は、社会が非常に不確実であることを明らかにした。これまで、「未来は予測可能だ」という論調もあったが、実際はそうではなかった。新型コロナではウイルスの変異が起こった瞬間に、直前まで最善と思われていたことがたちまち不確実になる。
ただ、完璧ではないものの、データを活用することで、これからの可能性を共有し、少し先の世界を照らしながら歩んでいくことができる。例をあげると、新型コロナウイルスのデータを公開し、世界で共有したことで、従来なら3、4年はかかるとされていたワクチン開発を9か月に短縮できた。さらに日本では不十分だったデジタル技術の活用が進めば、多様な人々それぞれに必要なサービスを、必要なタイミングで提供することが可能になる。
新型コロナの流行は、デジタル化とともに、世界の潮流の変化を加速させた。これまでは経済的な豊かさを追求してきたが、豊かさはそれだけではない。命の大切さ、環境、格差解消、教育など、さまざまな豊かさがある。コロナ禍とデータによる可視化により、さまざまな社会課題を共有できるようになった。世界は今、新型コロナと向き合い、新しい社会のあり方を模索している。こうした中で25年に万博が開かれる。
万博は、参加者それぞれが未来の姿を持ち寄り、つながることで新しい未来を作る場になるだろう。万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」そのものだ。パビリオンを出展する海外の政府や国際機関、企業が万博で示すのは、それぞれの国や地域の未来、企業の未来、社会の未来、人々の未来だ。そうしたいろいろな未来を響き合わせながら、人類が前に進んでいく場を作りたい。
会場デザインもそうした考えに基づいている。リング状の大屋根の下には、テーマ館や各国のパビリオン、企業館などがひしめいている。それらがバラバラでは持続可能な未来を共有できない。大屋根でつながりながら、同じ空を見る。誰かの自己表現のみが前面に出たり、特定企業の営利が先行したりということではない。多様な人々や世界とのつながりを感じ、同じ空を見るなかで未来を共に作る。そういう体験をみなさんと考えていきたいと思う。
さらに大事なことは、6か月の会期が終わった後も、万博での経験や体験が続いていくことだ。会場となった大阪、関西だけでなく日本各地、世界の未来へと紡がれる体験。万博は、世界の多様な人たちの未来を拓(ひら)いていく場所だ。
これからは、人と社会のあり方が変わる。経済的な豊かさが大事とされた時代は、豊かな社会のために人は働いた。多様な豊かさの軸がある中では、どういう豊かさを共に作るのかをまず考え、それぞれが共鳴し、社会が生まれていく。一人一人の生活が、未来の社会をつくる。
食の問題を例に考えてみよう。みんなが極端に肉食に偏った食事をするようになると、飼料や水の問題で地球がいくつあっても足りない。一人一人の食事が世界と関わってくる。そう考えると、一人一人が世界を変えられると勇気づけられる。自分の可能性を信じることができる。
万博の会場では人と人、人と世界を結ぶ多様で豊かな体験が生まれていくだろう。それぞれが前向きな体験だ。万博に来たことで、新しいつながりを感じ、また一歩、未来に向かって一緒に歩いていける。そんな体験をみなさんと一緒に作っていきたい。
2003年東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。15年5月から慶応義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授。データサイエンスなどを使った社会変革を研究しており、全国5000の病院が参加する外科手術のデータベース作りや、無料通信アプリ「LINE」と厚生労働省の新型コロナ全国調査などに取り組んだ。43歳。
データ活用 健康守る 企業や自治体
さまざまなデータを活用し、より良い未来を作る動きが顕著なのは、健康や医療の分野だ。個人の健康や医療機関受診のデータをもとに、個人や地域の健康をより効率的に育む動きが出てきている。
オムロングループで健康機器の開発や販売などを手がけるオムロンヘルスケア(本社・京都府向日市)で先月、社員が自宅や職場で血圧測定に取り組んだ。同社の健康経営の一環で、脳卒中や心筋梗塞(こうそく)などの疾病で、血管が詰まったり破れたりする発作を防ぐための血圧コントロールを目指す「ゼロイベントチャレンジ」だ。
会社から貸与された通信機能付きの血圧計で朝夕の血圧を測定する。結果は独自に開発したアプリに取り込まれ、ダイエットやウォーキングのデータとともに点数化される。毎日、社員の誰かと点数を競い、相撲の画面で勝敗が表示される。社長や役員と対戦することもある。
2017年に開始し、毎年2回、強化月間を設定して取り組んだところ、会社の健康診断では異常がないのに、普段の血圧が基準値を超えている社員が全体の16%いることが判明した。同社はこれらのデータをもとに、食生活の見直しや運動の習慣化を働きかけ、社員の健康増進や病気の発症予防に役立てる考えだ。
神戸市は20年11月、健康、医療、福祉のデータを連携させたシステムを日本で初めて構築した。これまで市民に検診受診の呼びかけなどの施策を実施しても、受診件数は把握できたものの、呼びかけが市民の疾病予防に役立ったのかどうかの検証が困難だった。対象は国民健康保険や救急搬送など7種類で、75歳になって国民健康保険から後期高齢者医療に移行しても、健康状態を追跡することができる。
連携させたデータは匿名化され、市の施策の分析か、大学などの研究のためだけに使うことができる。研究の場合、保健事業に関する市の倫理審査委員会が公益性などの観点で審査し、必要最低限のデータを提供する。これまで20年4~5月の新型コロナウイルス第1波の期間に、市内で実施された心臓カテーテル手術が緊急のものだったかどうかといった分析が行われた。
担当する市健康局は今後、連携データと市が提供する健康アプリを使い、高齢者が栄養や運動の不足から心身の衰えを招くフレイルの予防に取り組む考えだ。過去のアンケート調査から地域により介護リスクにばらつきがあることが判明している。市の健康データ活用専門官の三木竜介さんは「リスクの高い地域に重点的にフレイル予防サービスを提供することができる」と話す。