海外新興企業 呼び込め
「SBC大阪」誘致に貢献
読売新聞東京・大阪本社版朝刊
関西で、海外のスタートアップ(SU、新興企業)の誘致が加速している。行政に加え、民間主導で起業家の発掘を続ける動きが活発になっており、「コロナ後」を見据えて日本に進出する企業も出てきた。有力な企業を呼び込み、大阪・関西をSUの集積地に発展させられるか。取り組みの成果が注目されている。
余剰食材からビール/スマホで店舗案内
「日本は食品ロスが多く、ビジネスチャンスが大きい」
シンガポールのSU「クラスト」日本法人のジョシュ・グレングス氏は日本進出の狙いを語る。同社はまだ食べられるのに廃棄されるパンや果物といった食材から、クラフトビールやジュースを作るノウハウをもつ。
余剰食材は、飲食店の売れ残りや生産過程で発生したものを回収する。近隣のクラフトビール醸造所などに製造を委託するビジネスモデルで、母国では2019年の創業から600キロ・グラムの食品ロスを減らし、約1・4万キロ・グラムの二酸化炭素排出削減につなげた。
7月、大阪・梅田の起業家向け共用オフィス「GVH#5(ジー・ブイ・エイチ・ファイブ)」に日本法人の拠点を新設し、本格的に事業を始める。グレングス氏は「関西はSUを盛り上げようとする温かさが魅力で、ここを拠点に事業を拡大したい」と話し、関西の飲食店やホテルと連携して商品開発を進める考えだ。
昨年7月、兵庫県淡路島に拠点を設けたのは香港の「マプサス」。大規模商業施設などで目当ての店舗までスマートフォンで案内するシステムを得意としており、日本企業と新たなサービスを検討している。
2社の日本進出は、世界の有望なSUを関西に誘致し、パートナー企業との実証実験などを通して成長を支援する「スタートアップブートキャンプ・スケール・大阪」(SBC大阪)に参加したことが契機となった。
SBC大阪を運営するのは世界的なSU支援大手の英レインメイキンググループで、700社超を支えてきた実績がある。日本で初めてのプログラム開催となった大阪では、2年間で世界から計約1000社のSUが応募し、クラストやマプサスなど計22社が採択された。
レイン社日本法人代表のジョシュア・フラネリー氏は「日本市場に本気で挑むSUは今後も増えるだろう」と手応えを感じている。
SBC大阪を誘致したのは、大阪・梅田に本社を置く阪急阪神不動産だ。GVH#5の運営など関西の主力企業の中でも、積極的にSU支援に取り組んでいる。今後、日本市場に関心をもつ海外の新興企業向けに相談窓口を設けるなど、SU集積に向けた取り組みを加速させていく考えだ。
関西では、海外のSUを呼び込む取り組みが相次いでいる。
関西経済連合会は昨年、東南アジア諸国連合(ASEAN)と関西のビジネス発展を目指すために設けた枠組み「ABCプラットフォーム」の中に、「SU部会」を設けた。
関西、ASEANの有力SUと大企業をそれぞれ結んで協業を促し、各地への進出を支援する計画だ。関経連の京基樹参与は、「ASEANの新興企業は知名度は低いが、潜在能力は高い」と評価している。
日本貿易振興機構(ジェトロ)も今年2月、専用サイト「J―Bridge(Jブリッジ)」などを通じて、海外の起業家と国内企業を結び付けて協業を促進するプログラムを始めた。
日本総合研究所の若林厚仁・関西経済研究センター長は「関西は有力な企業や大学が多く、優れた技術やサービスを持つ海外のSUを呼び込むことでイノベーション(革新)が起こり、海外での地位向上にもつながる」と期待を示し、「海外との往来が増えるコロナ後を見据え、大阪・関西の優位性をPRし、誘致の取り組みを加速するべきだ」と指摘している。
ビジネス開始 最適の環境
英SU支援大手日本法人代表 ジョシュア・フラネリー氏
2年目を終えたSBC大阪の成果について、レイン社日本法人代表のジョシュア・フラネリー氏に聞いた。
2020年にSBC大阪に参加を申し込んだ海外のスタートアップ(SU)は550社に上り、19年の455社を大きく上回った。初回に参加したSUが日本に拠点を設置したり、パートナー企業との間で実証実験が進んだりと一定の成果が出る中、プログラムへの関心や評価が高まったことが背景にあると見ている。
大阪・関西が2025年の万博開催を控え、JR大阪駅北側の「うめきた2期」再開発が予定されるなど活況なエリアであることも、SUにとっては魅力的に映るのではないか。
大阪は人々が気さくで家賃などは安く、発達した交通網や高成長を続ける大企業の集積など、SUがビジネスを始める上で最適の環境が整っている。これは東京にも引けを取らないメリットで、当社が大阪を選んだ理由もそこにある。
2年目となった昨年のSBC大阪は、新型コロナウイルスの感染が拡大する中での開催だった。オンラインを介して多くの海外SUとパートナー企業が議論し、距離や時差を乗り越え、有効に時間を活用できた。3年目も有意義な内容にしていけるだろう。
新たに、一定規模に成長した海外SUの日本市場参入を支援する取り組みを始められないかと考えている。海外で実績を上げ、続いて日本に進出しようと考えているSUからの問い合わせが相次いでいるためだ。
コロナ禍で急速にデジタル化が進んだ日本では先端のサービスや技術をもつSUが活躍できる余地は大いにある。阪急阪神不動産、マーケティング(市場調査)に強い電通と連携して取り組みたいと考えており、レインメイキングのSU支援のノウハウを合わせて化学反応を起こしていく。
「拠点都市」京阪神など4エリア 大阪、コンテストやイベント
政府は2020年、世界的な新興企業を育成し、集積させる「グローバル拠点都市」に、首都圏、京阪神、中部、福岡の4エリアを指定した。各地で活発な誘致の取り組みが進んでいる。
東京都は、金融とITを融合させた「フィンテック関連」のスタートアップ(SU)の誘致に注力している。今年1月にはアジアのSUを選抜して育成する事業を実施した。
京阪神では、大阪市が海外の起業家が参加するコンテストや関西の魅力を伝える国際イベント「ハックオオサカ」を例年開催している。神戸市では昨年、国連プロジェクトサービス機関(UNOPS)が、世界の起業家を支援する拠点を市内に設置した。
愛知県と名古屋市、日本貿易振興機構(ジェトロ)は、自動車を中心とした製造業と海外の起業家を結ぶイベントを開催。複数の企業が愛知進出を検討中だ。
福岡市は、16年から優れたビジネスのアイデアを持つ外国人起業家が市内で創業する際の住居やオフィスの賃料を補助する制度を設けた。支援体制の手厚さから、コロナ後に福岡へ進出したいとの問い合わせが増えているという。