脱炭素 モノづくり変革
古世憲二・椿本チエイン社長インタビュー

読売新聞大阪本社版朝刊

製造業の存在感が大きい関西には、企業向けに製品を供給し、高い技術力で裏方として産業を支える企業も多い。自動車のエンジン用チェーンで最大手の椿本チエインもその一つだ。新型コロナウイルスの感染拡大や世界で加速する脱炭素の動きなど、経営環境が大きく変わる"激動の時代"をどう切り開いていくのか。古世憲二社長に戦略を聞いた。(経済部・寺田航)

EV化、SDGs…成長を止めない

椿本チエイン 古世憲二社長

椿本チエイン 古世憲二社長

ニューノーマル

 当社は、ものづくりにこだわり、「動かす」ものに関わってきた。創業時からチェーンの製造に携わり、工場の大型機械や回転ずしのレーン、駅のホームに設置された可動柵、立体駐車場などで製品が使われている。
 製品のほとんどが目に触れないため、一般向けの知名度は低いが、幅広い分野の産業を支える「縁の下の力持ち」として、欠かせない存在であると自負している。自動車用の「タイミングチェーン」は世界でトップのシェア(占有率)を維持しており、コロナ禍でも受注は大きく落ちていない。物流業界向けに無人搬送車を活用したシステムや自動仕分け装置などを手がけるマテハン事業も堅調だ。
 だが、今年で創業から105年を迎えた当社も、大きな岐路に立たされている。社会や価値観が大きく変わり、もはやコロナ前に戻ることはないだろう。我々自身もビジネスのあり方を見直さなければならない。
 そこで今、社内では「ニューノーマル(新常態)」とは何かを問うている。会社として何に取り組み、何をやめるか。ニューノーマルを見据えて本気で挑戦しなければ、次代を生き残ることはできないと考えている。
 世界的な「脱炭素」の潮流の中で、100年に1度と呼ばれる変革期を迎えている自動車業界も、ガソリン車で使われる内燃機関が少しずつ姿を消す一方、電気自動車(EV)が急速に台頭している。これまで内燃機関のある車に供給してきたチェーン事業が大きな影響を受けるのは避けられない。
 将来を見据え、我々も既存のビジネスを補う事業に本格的に着手した。内燃機関向けのチェーンを、EVでも使えるように開発を進めている。
 「自動車部品」事業部と呼んでいた部署も「モビリティ」事業部に改称した。既存の自動車に限らず、「移動手段」に貢献する。ビジネスのあり方を根本から変えていくつもりだ。

「売上高2.5倍」

 万博は、参加者それぞれが未来の姿を持ち寄り、つながることで新しい未来を作る場になるだろう。万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」そのものだ。パビリオンを出展する海外の政府や国際機関、企業が万博で示すのは、それぞれの国や地域の未来、企業の未来、社会の未来、人々の未来だ。そうしたいろいろな未来を響き合わせながら、人類が前に進んでいく場を作りたい。
 会場デザインもそうした考えに基づいている。リング状の大屋根の下には、テーマ館や各国のパビリオン、企業館などがひしめいている。それらがバラバラでは持続可能な未来を共有できない。大屋根でつながりながら、同じ空を見る。誰かの自己表現のみが前面に出たり、特定企業の営利が先行したりということではない。多様な人々や世界とのつながりを感じ、同じ空を見るなかで未来を共に作る。そういう体験をみなさんと考えていきたいと思う。2021年に発表した長期ビジョンの中で、30年度の売上高を5000億円規模に成長させる目標を掲げた。21年度の業績見通しで公表した売上高の約2・5倍で、企業の合併・買収(M&A)も視野に入れる。数字にこだわったのは、大胆な目標を掲げることで、従業員全員の心を変えるためだ。これぐらいの覚悟を持たねば変革はできない。
 では、10年先にどんな会社にするのか。原点には、国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)がある。従来通り、世の中の課題解決に貢献しようと取り組んできたことをこれからも続ける。基本は変わっていないが、よりマーケットの視点に立って進めていく。
 さらにニューノーマルの時代に向け、最も大きなポイントとなるのは、新規事業の開拓だと考えている。「なぜ椿本が?」と思われるような事業をしっかりと育てたい。簡単ではないが、新たな成長の芽を見つけることが、激動の時代を生き抜くカギになる。
 例えば、昨年には、神戸市の「神戸医療産業都市」に、研究開発拠点を新設した。
 すでに研究機関など向けには保管装置を供給しているが、コロナの感染拡大を受けてPCR検査向けの装置の開発にも携わった。検体を自動で仕分ける技術を応用したもので、将来的には、細胞やDNAを低温で保管することが必要な再生医療や細胞治療分野にも事業を拡大していきたい。
 エネルギー分野にも着目している。
 日本は当面、火力発電に頼らざるを得ない状況が続くとみているが、「作る・使う・運ぶ」全ての場面で、二酸化炭素(CO2)の排出量をどう減らしていくかが、ビジネスにとっても大きな課題になってくる。当社もEVの電池と、電力網を双方向につなぐ充放電装置を開発しており、CO2を減らすためにエネルギー需給を調節する事業にも力を入れていきたい。

異業種と交流

 どんなに素晴らしい将来の青写真を描いたとしても、それを実現できるか否かは結局、技術力で決まる。コアな技術を磨いて量産化できなければ、コストを下げることができない。同時に、コア技術を基盤にして、新しい技術を外部から入れて発展させていく「共創」も大切になる。
 実際、写真用フィルムを手がけていたあるメーカーが、化粧品などの新しい領域でシェアを拡大させることができたのは、基盤となるコアな技術を蓄積していたからだ。経験のない領域であっても、それに特化した技術者や新興企業との共創がうまく進めば、会社の柱となる事業に育てられることも示している。
 これを実践していくには、当社のみならず、関西のものづくり企業全体で、これまで以上に企業間の交流を活発にしていく必要がある。特に、発想の異なる異業種と積極的に関わっていくことが一層重要になるだろう。
 例えば、製造段階での品質不良ゼロに向けた取り組みなど、ノウハウを持つ企業同士で、互いにもっと教えあってはどうか。企業間の交流が活発になれば、関西全体を大きくレベルアップさせることにつながるはずだ。
 当社が目指すのは、社会の期待に応えることではなく、社会の期待を“超える”ことだ。ものづくりのプロフェッショナルとして、これからも挑戦を続けていく。

古世 憲二(こせ けんじ)氏
1958年生まれ。77年三重県立松阪工業高卒、入社。主に製造・技術や、商品企画部門などを担当し、回転ずし用チェーンの改良などにも携わった。2017年に取締役に就任し、21年6月から現職。座右の銘は「一期一会」。北海道出身。

車用タイミングチェーン シェア世界一 椿本チエイン

 1917年、椿本説三氏が「椿本工業所」として大阪市で創業。当時は、自転車用チェーンを手がけていたが、28年から機械用チェーンに移行し、70年に今の社名に変更した。
 現在は、産業機械や自動車用のチェーン、減速機、自動搬送・仕分けシステムの製造販売を中心に事業を展開する。自動車エンジンの高性能化に寄与するタイミングチェーンや産業用スチールチェーンは、世界でトップのシェア(占有率)を持つ。
 2020年度の売上高は1933億円。日本や米国、ドイツ、タイなど26の国・地域に拠点がある。従業員数は約8500人。

チェーン「産業のコメ」~工場のコンベヤー・油田採掘・エスカレーター~

幅広い分野で活用されるチェーン

 椿本チエインの主力事業は、自動車や大型機械などで動力を伝えたり、モノを運んだりする際に使われるチェーンだ。
 チェーンは、基本的にピンやプレートなど五つの部品でできるシンプルなつくりだが、材質や大きさ、付属する部品によって多様なシーンで利用される。具体的には、自動車用エンジンや食品の加工工場のコンベヤー、油田や石炭の採掘場など、使われ方は多岐にわたる。国内外の製造業などを下支えする「産業のコメ」として、重要な役割を果たしている。
 2019年の主要20か国・地域首脳会議(G20サミット)の会場となった「インテックス大阪」(大阪市住之江区)では、カーブするエスカレーターに椿本のチェーンが採用された。担当者は「普段は目立たないが、『モノ』が動くところにほぼ全てチェーンがある」とアピールする。
 椿本は近年、「常識を覆すチェーン」の開発にも注力している。
 代表例が「ジップチェーン」だ。2本のチェーンが、ジッパーのようにかみ合い、1本の強固な柱のようになる仕組みで、世界で唯一の技術とされる。柱状になったチェーンで大きなモノを直接、押したり引いたりすることが可能になり、製造現場や舞台で使われる昇降リフトでの利用を想定する。一般的な油圧式リフトと比べるとコンパクトで、動きが速く、耐久性も優れているという。
 また、生産工程で焼き入れなどの「熱処理」をなくした「熱処理レスチェーン」の開発にも取り組んでいる。実現すれば、生産工程でのエネルギー消費量は半分近くまで削減できるとみており、熱処理を施さなくても強度が保てる材料を研究している。
 古世憲二社長は「難題は多いが、社会課題の解決のためにもチャレンジし続けたい」と意気込んでいる。

車部品メーカー 切り替え加速

 脱炭素の実現に向け、自動車産業は「100年に1度」と呼ばれる大きな変革期を迎えている。世界的にガソリン車から電気自動車(EV)に切り替わる動きが加速しているからだ。関西には、これを機に成長につなげようと積極的に動く部品メーカーが目立つ。
 椿本チエインは2021年、業界で初めて「直流給電システム」に対応する充放電装置を発売した。太陽光パネルで発生させた電力を直流のままEVのバッテリーに接続できるのが特徴だ。電力の変換回数の削減や変換時の電力ロスを抑えることで、省エネや二酸化炭素(CO2)の排出量削減につながる。
 京都を拠点とする日本電産は、モーターにギアなどを組み合わせたEV向け駆動装置の量産で先行する。中国の自動車大手、吉利汽車グループが開発した高級EVの中核部品として採用された。
 EV向けのバッテリーを供給するジーエス・ユアサコーポレーションが開発を進めているのが、エネルギー密度が大きく、安全性の高い次世代型の「全固体電池」だ。20年代後半の実用化を目指す。
 調査会社「富士経済」は、EVの世界販売台数が、欧州や中国での需要がけん引役となり、35年に2418万台と、20年比で11倍に膨らむと予測する。

EVの市場規模は拡大が続く

 欧州連合(EU)は35年にハイブリッド車(HV)を含めたガソリン車の新車販売を禁止すると打ち出した。トヨタ自動車はEVの世界販売台数を30年に350万台に増やすと発表した。
 この流れを受け、ガソリン車に部品を供給する多くのメーカーが危機感を募らせている。
 構造が複雑で約3万点もの部品が必要なガソリン車と比べ、EVは基本的にモーターとバッテリーで動くため、部品が約1万~2万点で済むとされる。今年1月には、ソニーグループがEV投入に向けた新会社の設立を発表するなど、異業種や新興企業からの参入も活発化が見込まれ、価格競争が激化する可能性もある。
 日本自動車工業会の豊田章男会長は、国内で自動車産業に従事する550万人のうち、70万~100万人が影響を受けるとの見方を明らかにしている。
 ある部品メーカー首脳は「EV化すれば、供給している部品が全て使われなくなる。新たなビジネスモデルを創出できるか、今後10年が正念場だ」と話す。

ガソリン車と電気自動車の特徴