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木造建築の研究で、国内林業が抱える課題に挑む

網野 禎昭教授網野 禎昭教授

国産の木材活用を見直し木造建築の「普通」に変革を

廣瀬 本日は本学のデザイン工学部建築学科で、木造建築について研究を行う網野禎昭教授と宮田雄二郎准教授をお招きしました。全国の大学の建築学科の中でも木造建築の専門家が2名も同じ学科に籍を置いていることは、極めて珍しいそうですね。

網野 そうですね。日本は国土の約70%が森林で、戸建住宅のほとんどが木造という状況にもかかわらず、木造建築の専門家が少ないという不思議な国です。多くの大学が木造建築について教えていません。学生たちは卒業してハウスメーカーや工務店に入り、そこで初めて木造住宅に触れるのですが、とはいっても標準工法に則るだけであって、木材の生産や供給などについて学ぶ機会、つまり林業や製材の問題点について知る機会がないままに次から次へと住宅を建てているというのが現実です。そのため国産の木材活用がうまくいっていないという大きな課題を抱えています。

宮田 雄二郎准教授

廣瀬 お二人は2023年に「第26回木材活用コンクール」(日本木材青壮年団体連合会主催)で優秀賞を受賞されていますが、具体的にはどのような研究をされているのでしょうか。

網野 「建築構法研究室」といいまして、建築物の仕組みを研究しているのですが、学生たちは構法に限定せず多様な研究を行っていて、特に最近の関心は、建築物実体の研究よりも、かつて人々がどのように森林資源と社会を結び付けていたのかといった資源循環の在り方をヨーロッパアルプスの孤立集落で調査したり、消費者にとっては好ましい現代の制度、例えば住宅の保証やローンなどが森林資源の循環を阻害しているのではないかといった疑問を持ったりと、より根底にある問題を掘り下げようとしています。

宮田 私は主に木造建築の耐震構造を研究しているのですが、現在は特に4階建て以上の中層木造の設計法と工法開発に取り組んでいます(※写真①)。3階建てまでの木造住宅は、設計法が確立されたことで広く普及しているのですが、4階建て以上の中層木造を対象とした設計法はいまだ整備が十分ではないために建設棟数は増加していません。先端的な材料や技術に関する研究も重要ですが、私は敢えて普遍的な材料である木材と、誰でも扱えるような特殊ではない工法を用いて、強靭な耐震構造を実現することを目指しています。

※①4層フレーム水平加力試験

廣瀬 私は奈良県出身で身近に歴史的な建造物がある環境で育ち、大規模な修繕が行われる機会などには、法隆寺の宮大工の棟梁だった西岡常一さんのような日本の大工技術の頂点を極めた方の話を耳にしました。そうしたもっとも高度な伝統的技術が後世に引き継がれていくことはもちろん重要なのですが、世の中のほとんどの建築物は法隆寺などの国宝になるような神社仏閣ではありません。世の中にあふれる普通の木造住宅の建築技術の革新が、大げさに言えば「社会の在り方」を変えるのだと改めて認識し、お二人の研究分野にとても興味を覚えました。

山林に恵まれた日本で国産木材の需要が高まらない理由

廣瀬 木造建築物については、大阪・関西万博の会場に世界でも最大級の規模となる大屋根リングが設置されたり、東京の日本橋では国内最高層となる18階建ての木造オフィスビルが建築中であったり、木材の活用が脚光を浴びている印象があります。一方で、都市近郊の山林は荒れてきており、適切なタイミングで伐採し木材として有効活用していかないと放置林となってしまうという課題もあると聞いています。花粉症の原因として取りあげられることも多い近郊林のスギですが、現在のライフスタイルにも受け入れられ、なおかつ利益も生む、そのような循環型の木材活用の可能性はあるのでしょうか。

網野 国産材の需要が高まらない原因の一つとして、日本の木造建築においては、戦後に国が定めた工法(在来軸組工法)が標準工法として採用されてきたことが挙げられます。住宅を大量に素早く供給する必要もあり、内需拡大のためにも、標準工法の普及は当時としては有効でした。ただ、80年間判を押したように同じ工法で木造住宅を建て、それ以外の工法に目を向けることがありませんでした。標準工法のおかげで、耐震性能含め高品質な木造住宅を比較的安価に供給できるようになりましたが、時代ごと地域ごとの森林の状態を見て、それに合わせた新しい工法を工夫しましょう、といった臨機応変なイノベーションが生まれません。日本では戦後の住宅需要を賄う目論みで1950年代から70年頃までスギを中心に一斉に造林が行われました。ところが1964年に木材輸入の全面自由化が図られたため、ようやく造林木が成長した頃には、すでに輸入材に市場が席巻されていました。ですので日本のスギは伐採も更新も思うように進まず太り続けています。一方、標準工法で多用される柱の断面寸法は決まっていて、せいぜい2種類、しかも比較的細いものです。製材工場では細めの丸太ばかり仕入れて、そこから柱をぎりぎり1本製材すれば低コストの柱ができるのですが、逆に太い丸太では周りの部分(白太)がどうしても余ってしまいます。昔であれば、白太から無節の敷居、鴨居、長押などの和風造作材を製材して高く売ることもできたのですが、今はそうした需要はありません。そのため日本では国産材、特に時間をかけて育てた大径材の価値の低下が起こっているのです。

大径丸太を無駄なく活用した「バウマイスターの家」設計:網野+宮田+和知祐樹(デザイン工学研究科修了生)

廣瀬 そうすると、もはや木造建築における社会の普通を変えるためには、建築工法にとどまらず、製材のフェイズまで遡る必要があるということですね。標準材をどう組み合わせるかという技法の開発をすれば、今後普及の可能性はそれなりにあるとしても、それ以外の木材を使えばもっと革新的なことができるのにというアイデアがあったとしても、それを実現することは難しいということですね。

網野 林業を川上、製材加工業を川中、建築を川下と表現することがあるのですが、いまこれらの互助関係が分断されてしまっている状態です。川下は川中に節や割れの少ない標準部材を安く大量に求め、川中は川上にそれに適した丸太をこれまた安く大量に求めるというわけです。最終的に林業に品質要求やコストカットのしわ寄せが行ってしまいます。昔は優良材を高価な仕上げ用に、曲がったり欠点の多い木材を屋根裏などに使い、建築の在り方で森林資源の価値を維持していたのですが。

耐震性に優れたサステイナブルな建築工法で国産木材の需要を喚起

宮田 現在、住宅に用いられる木材を大工さんが手加工することは少なくなり、プレカット工法と呼ばれる機械が自動加工する工法が普及しました。この工法は日本独自に発展した技術で、その生産性、加工精度ともに優れていることから、より高品質で低価格な住宅を大量に供給することが可能になりました。個々の木材の特徴に合わせた手加工が行われなくなったことで、寸法安定性が高い集成材あるいは人工乾燥製材が使われるようになり、特に北欧から輸入した集成材は性能が良く価格も安いことから流通量が多い状況です。

廣瀬 北米や欧州の平地林と違い、日本は急峻な地形に一生懸命人手をかけて植林し、間伐しながら育てており、なおかつ伐採して山から降ろして出荷するのも手間ですからコストも高くなるということですね。

宮田 一方で日本の木造建築の魅力は、大工さんによる手仕事にあったと感じています。以前、築130年の酒蔵の改修設計を行ったのですが、そこに使われていた木材は寸法が均一ではなく、曲がりや反りがあって、機械による自動加工では扱えない材でした。大工さんがそれぞれの材の特徴にあわせて架構を組むことで、山から得られる木材を適材適所に上手く活用できていたことがわかります(※写真②)。今後、手仕事による木構造は減少していくと思いますが、地域の木材を無駄なく使って自然と共生することを目指すとしたら、木材を機械の都合にあわせるよりも、生物材料である木材の性質に人間があわせていく次世代の設計法も有効になると考えて研究に取り組んでいます。

※②酒蔵の改修設計

網野 耐震性や耐久性に優れた木造建築であれば、一般の住宅のように20~30年で建て替えるのではなく、長きにわたって利用できるため、仮にイニシャルコストがかかったとしてもコストのバランスが取れてきます。

廣瀬 実際に日本各地にはレトロな街並みと言われる、明治時代くらいから100年以上くらい経っている町家の木造建築も割とありますね。

学問の垣根を超えて木造建築の川上から川下の課題に取り組む

廣瀬 法政大学の社会人大学院で博士学位を取得した埼玉県の技官の方から聞いた話なのですが、埼玉県西部の森林で小規模な機材を上手く見合わせることで地元の木材を活用できないかと、市民ボランティアの力も借りて森の保全、活用に取り組む動きがあります。ご自身も地元産の木材で自宅を建てられたそうです。

宮田 これからそうした動きが広がることを期待しています。性能とコストのバランスが取れた標準工法の優位性は変わらないと思うのですが、地元の木材で家を造ることに魅力を感じる方もいらっしゃると思います。埼玉県の飯能にあるモデルハウスを見学したことがありますが、地元の木材を使い地元の大工さんの手仕事によって架構が組まれていました。また地域の気候風土に合わせた設計がされていて木造住宅の魅力が詰まっていました。これは私の希望的予測ですが、地元の木材を使って、その地域の人達が協力してDIYで家を造る時代が来るかもしれません。適切な耐震工法、組立マニュアルが整えば、曲がり梁や小径丸太、廃材なども活用できると思います。

網野 一昔前は、モノがなくても、あるものでいろいろと工夫してものづくりをするブリコラージュの精神があり、とりあえずこんなことやってみよう!という柔軟さが、学問や産業を進め、文化を形成するインキュベーターになっていたと思うのですが、最近はそれが薄れてきて残念な気がします。

デザイン工学研究科「木造建築生産特論」での大工実習(協力:平成建設)

廣瀬 法政大学の建築学科は構造に強いという特長が度々言われていますが、お二人のように木造建築の先生がいらっしゃるのも大きな特長です。また、暮らしと建築や建築の歴史、街づくりといった視点で研究されている方、そして建築デザインの分野で活躍されている先生も在籍しています。建築学科志望の高校生など若い人は、まずはデザイン面に関心が強い人も多いと思いますが、デザインだけでは建物は建たないのも実際です。今日は建築の川上から川下までお話を伺いましたが、建築について様々な視点で様々なチャレンジができるのが、本学の強みですね。

網野 大学では、分野ごとに様々な線引きがあるのですが、森林資源を有効かつ持続的に活用しようとしたら、技術的な話だけではなく、社会や環境など多岐にわたる視点が必要です。実は私自身、せっかくこの世界に身を置いているのだからと、大工さんの手ほどきを受け下手ながらもたまに鑿をふるっています。その中で気付いたのは、木材の植物としての個性を読む大切さです。目下木造建築は工学の分野に位置づけられてはいるのですが、従来の工学の視点だけでは足りないと改めて気づかされました。限られた時間ですべての領域を網羅することはできませんが、分野間の垣根をひとつでも超えられたらいいと思っています。

宮田 建築学科の目指すところはやはり建物を造ることです。私は地震に強い建物を造るため耐震構造の研究をしていますが、建物が地震に対してどのような挙動をするのか、それを知るためには数学や力学、コンピュータープログラミングなどの知識も必要で、理想とする性能を実証するためには必ず工学が必要になります。また、AIを一般に使えるようになったことで、建築の分野でも今後急速な技術革新が起きようとしています。これからますます面白い時代になると思いますので、建築も工学も学びたいという方はぜひ建築学科を選んでほしいと思います。

廣瀬 本日は興味深いお話をありがとうございました。


法政大学 デザイン工学部建築学科教授 網野 禎昭(あみの よしあき)

1967年静岡県生まれ。スイス連邦工科大学ローザンヌ校建築土木環境工学部修了。Docteur ès sciences techniques EPFL。同校木造建築研究所IBOIS、ウィーン工科大学建築学部を経て、2010年に法政大学デザイン工学部教授として着任。専門は建築構法、木造建築設計。2022年「バウマイスターの家」でグッドデザイン賞金賞、2005年にオーストリア・シュバイクホッファー賞を受賞するなど、受賞多数。

法政大学 デザイン工学部建築学科准教授 宮田 雄二郎(みやた ゆうじろう)

1976年北海道生まれ。東京大学農学生命科学研究科生物材料科学専攻博士後期課程単位取得退学。博士(農学)東京大学。2018年に法政大学デザイン工学部専任講師として着任、2021年より現職。専門は建築構造、建築材料・構法。2020年に「BSボード」、2018年に「未来のまちに贈る家」でそれぞれグッドデザイン賞を受賞するなど、受賞多数。

法政大学総長 廣瀬 克哉(ひろせ かつや)

1958年奈良県生まれ。1981年東京大学法学部卒業。同大大学院法学政治学研究科修士課程修了後、1987年同大大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学、同年法学博士学位取得。1987年法政大学法学部助教授、1995年同教授、2014年より法政大学常務理事(2017年より副学長兼務)、2021年4月より総長。専門は行政学・公共政策学・地方自治。複数の自治体で情報公開条例・自治基本条例・議会基本条例などの制定を支援の他、情報公開審査会委員などを歴任。