研究

刑事裁判における証拠開示の意義と課題

三明 翔(みあけ しょう)/中央大学法学部准教授
専攻分野 刑事法

1. 弾劾主義と当事者(論争)主義の刑事裁判

 裁判は事件の真相解明の場だから、裁判所は、警察や検察が事件の捜査の過程で収集した証拠や資料を引き継ぎ、それを読み込んだ上で、検察官と被告人・弁護人の主張と立証を聴き、自ら主導権を持って事件の真相を明らかにしている――刑事裁判にこうしたイメージを持つ方もいるかもしれない。これはどちらかというと、職権主義とよばれる、ヨーロッパ大陸の国々で採用されている刑事裁判のイメージに近い。しかし、現行法が基本とするのはそれとは異なり、弾劾主義と当事者(論争)主義とよばれる英米の刑事裁判の仕組みである[1]。そこでは、訴追者である検察官は、あらかじめ起訴状に示した被告人の犯罪事実を、法廷で一から「合理的疑いを超える程度」まで証明することを求められる。被告人側は、検察官の主張・立証に協力する必要はなく、むしろ徹底的に反論・反証を行う機会を与えられる。裁判所は、中立の審判者として行動し、検察官と被告人側の攻防の結果、検察官が起訴状に示した犯罪事実が合理的疑いを超える程度まで証明されていれば有罪、そうでなければ無罪を言い渡す。裁判所が捜査記録を引き継いだり、「事件の真相はこうだ」といって、起訴状に示されていない事実や、当事者が主張・立証を尽くしていない事実を認定することは許されていない。

 弾劾主義と当事者主義の刑事裁判は、訴追者である検察官の主張を被告人側の徹底的な批判に晒して吟味する場だと位置づけられる。その基礎にあるのは、人に刑罰を科すには、その人の言い分に徹底的に耳を傾け、被告人に刑罰を科す根拠が本当にあるのかについて、国・社会を代理する検察官と被告人との間で論争が尽くされなければならないという考えである。無実の人を処罰しないことに重点を置いた慎重な事実認定を行うためにはそれが重要であるし、より本質的には、刑罰が行為者に対する非難としての意味を持ち、個別的にみて正当性・公正さを備えるためには、刑罰を科される当人が、理性に照らせばやむを得ないと刑罰を受けとめられると考えられる状況がなければならない。そのためには、たとえ被告人が罪を犯したことが明らかだったとしても、被告人の言い分を徹底的に聴き、被告人の言い分を克服する手続を経なければならないのである[2]

2. 現代における証拠開示の重要性 

 弾劾主義と当事者主義の刑事裁判では、被告人が自分の言い分(防御)を尽くすことができることが肝心だということになるが、現代では検察官から被告人側に対する証拠開示が重要となる。証拠開示とは、当事者が相手方当事者に対し、その手持ち証拠を典型として、その閲覧や謄写をさせる制度をいう。証拠開示は、一方当事者が他方当事者の手助けをする制度だから、「当事者」主義に反するという議論もかつては有力であった。確かに、当事者主義の母国である英米でも、20世紀中頃まで証拠開示は活発ではなく、裁判に向けた証拠や資料の収集は当事者が各々で行うものと考えられていた。だがこれは、人々が狭いコミュニティで暮らし、証人以外による立証手段が限られていた時代には、被告人が自分の知っていることと起訴状の記載を照らし合わせてみれば、どのような防御をすべきか自ずと判断できることが少なくなかったことを背景とするものと思われる。現代のように、人々の移動性・匿名性が高い都市化社会が形成され、証拠の種類も多様化すると、検察官がどのような有罪立証をしてくるのかを知り、どのような方向の防御をするかを決め、防御を説得的に展開する上で、証拠や資料・情報に不足するという場合が多くなる。そこで、検察側が強力な捜査権限を用いて収集した証拠や資料を被告人側に利用させるべきだということが認識されるようになり、英米でも証拠開示制度が拡充されてきている。理論的にも、当事者主義の刑事裁判にとって重要なのは、当事者が証拠収集を独立して行うことではなく、被告人に言い分を尽くさせることで、誤判を回避し、有罪の場合は刑罰の正当性・公正さを確保することである以上、被告人側に対する証拠開示は当事者主義を充実させる制度であり、また国・社会を代理する検察官に期待すべき措置と解すべきであろう[3]

3. 憲法上被告人に保障される証拠開示

 アメリカ合衆国では、自己に有利な一定の証拠の開示を受けることは被告人の憲法上の権利だと考えられている。これはリーディングケースとなった1963年の合衆国最高裁の先例の名をとってBrady法理とよばれる[4]。現在は同法理の下、検察官は、その開示により、被告人に有利な方向で、罪責認定や量刑に影響を及ぼす「合理的蓋然性(reasonable probability)」がある証拠については、警察が保管しているもの含め、被告人側の請求がなくとも開示するデュー・プロセス(適正手続)条項上の義務を負うと解されている[5]。Brady法理で要求される証拠開示を検察官がしていなかったことが判明した場合は、確定した有罪判決も破棄されるため、非常に重要なルールとして全米の証拠開示の実務を規律している[6]。現在のBrady法理の解釈は、検察官は国・社会の代理人として裁判に臨み、裁判の公正さを確保し、特に誤判を回避することに特別の責務を負っているにも拘らず、検察官が証拠を開示しなかったばかりに、結果に信頼の措けない有罪判決や量刑が下されてしまうことの著しい不合理さに適正手続違反を見出すものと考えられる。その理は、弾劾主義と当事者主義を採用し、検察官を「公益の代表者」と位置づけ[7]、憲法31条で適正手続を保障していると解されるわが国でも妥当すると思われ、日本の検察官も憲法31条の下、Brady法理のものと同様の証拠開示義務を負うと考えるべきだと思われる[8]

4. 公判前整理手続の証拠開示と課題

 わが国の証拠開示は、公判前整理手続におけるものが重要である。公判前整理手続とは、裁判の争点と証拠を整理し、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことを目的とする手続で[9]、起訴後公判が始まる前に行われる。同手続の検察官による証拠開示は3段階で行われる。第1段階は、検察官が提出する証拠(検察官請求証拠)の開示、第2段階は、検察官請求証拠の証明力を判断するために重要で、所定の類型に該当する証拠(類型証拠)の開示である[10]。これらは検察官の立証の全体像を被告人側に示し、どこを争うか防御の方向性を決められるようにすることを狙いとする。その上で、被告人側も予定している主張を明示することを求められるが、これを行うと、明示した主張に関連する証拠(主張関連証拠)の開示が受けられる[11]。これが第3段階の開示であり、被告人の主張を支える証拠とともに、主張の具体化・修正変更に資する証拠や資料を開示することを狙いとする。被告人側は主張を具体化・修正変更して、それに関連する証拠の開示をさらに受けることもできる。

 このような段階的な証拠開示制度は、被告人側の防御の方針の形成とその展開に必要な証拠は積極的に開示しつつ、それに必要ない証拠や資料の開示は避け、事件関係者のプライヴァシー侵害や手続の遅滞、訴訟関係者の負担増大等の証拠開示の弊害を防ぐことを趣旨とする。同じ趣旨から類型証拠と主張関連証拠の開示は被告人側からの具体的な開示請求が要件とされている。この趣旨は正当と考えられ、多くの場合は問題がないと思われるが、懸念されるのが被告人側の開示請求漏れが生じて被告人の防御に必要な証拠、特に被告人に有利な証拠の開示がなされない虞である。この虞に対処することを狙いの一部として、平成28年の刑訴法改正により、検察官が保管する証拠の一覧表が被告人側の請求により交付されることになったが[12]、一覧表には具体的な証拠内容や概要の記載が義務づけられるわけではないため、開示請求漏れの虞がなくなったとは必ずしもいえない。上記の通り、わが国の検察官も憲法31条の下、Brady法理のものと同様の証拠開示義務を負うと考えれば、裁判結果に影響を及ぼす合理的蓋然性のある証拠については、検察官は請求がなくとも開示しなければならない。また、そこまでの証拠でないとしても、被告人側がその存在と概要を知れば明らかに開示を請求したと思われ、検察官請求証拠の証明力を大きく減殺するか、被告人側の明示した主張を支える方向に働くものがあれば、検察官から被告人側に開示請求を打診する運用なども検討されてよいと思われる[13]。そうすることは、憲法上要求される証拠開示が誤って行われないことを防ぐためにも、誤判を防ぎ、被告人の言い分を真に克服したといえるためにも望ましい運用だと思われる。


[1] 渥美東洋『全訂刑事訴訟法(第2版)』(有斐閣、2009年)9頁以下参照。
[2] 渥美東洋『罪と罰を考える』(有斐閣、1993年)6-13章参照。
[3] 三明翔「被告人に有利な証拠の開示に関する憲法三一条の要求 ―ブレイディ法理と合衆国の議論に基づく検討―」法学新報123巻9・10号(2017年)166-67頁参照。
[4] Brady v. Maryland, 373 U.S. 83 (1963).
[5] See, Kyles v. Whitley, 514 U.S. 419, 432-38 (1995).
[6] Brady法理にはその実効性に対する批判が存在するが、実効性を確保するために様々な施策や議論が行われていることが注目される。三明翔「合衆国におけるBrady法理に基づく証拠開示の実効性確保に関わる近年の動向」法学新報129巻6・7号(2023年)273頁。
[7] 検察庁法4条。
[8] 三明・前掲注3・172頁以下参照。
[9] 刑訴法316条の2。
[10] 刑訴法316条の14、316条の15。検察官が請求した証人の捜査段階での供述を録取した書面などが類型証拠の例である。
[11] 刑訴法316条の20。類型証拠開示と異なり、所定類型に該当することは求められない。
[12] 刑訴法316条の14第2項。
[13] 三明・前掲注3・173頁参照。

三明 翔(みあけ しょう)/中央大学法学部准教授
専攻分野 刑事法

1984年生まれ。中央大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士前期課程・博士後期課程修了。博士(法学)。琉球大学法科大学院准教授などを経て2023年より現職。

研究テーマは、証拠開示、米国刑事手続法など。

主要論文として、「合衆国における証拠開示に関わる州の取組み―ノースカロライナ州のOpen-File Discoveryを中心に」駒澤法学24巻1号(2024年)、「合衆国におけるBrady法理に基づく証拠開示の実効性確保に関わる近年の動向」法学新報129巻6・7号(2023年)、「被告人に有利な証拠の開示に関する憲法三一条の要求 ―ブレイディ法理と合衆国の議論に基づく検討―」法学新報123巻9・10号(2017年)など。