研究

児童手当の財源はどうあるべきか?

―「社会保険料」に頼るとは非常識にもほどがある―

宮本 悟(みやもと さとる)/中央大学経済学部教授
専門分野 社会政策・社会保障論

「異次元の少子化対策」による児童手当改革

 岸田政権による「異次元の少子化対策」構想は財源問題を始めとする様々な批判にさらされつつ、2024年6月5日に改正子ども・子育て支援法の可決・成立により制度化された。年間3兆6000億円の予算規模となる改革の主な給付内容は、①児童手当の拡充、②保育所利用条件の緩和、③育児休業給付の拡充などとされるが[1]、これらの施策がどの程度「少子化対策」として有効かは不透明である。政策提案者側ですら、この「対策」の数値目標を明示して論理的に政策効果を説明することは避けている。

 「少子化対策」としては政策効果を見通せないものの、子育て支援策としてはわが国におけるその貧弱な制度内容[2]を部分的に一定程度は充実させる面も認められるであろう。しかしながら、社会保障分野において蓄積されてきた歴史的経験や学術的研究成果を軽んじる姿勢が、「異次元の少子化対策」の法案検討段階から見受けられた。すなわち、給付面においては、児童手当の大幅な増額や高等教育費支援の拡充など、扶養児童3人以上の多子世帯を特権的に優遇するアンバランスな制度となっている。1人ないし2人の子どもを扶養する世帯への経済的支援が極端に軽視されている制度内容は、「少子化対策」としても子育て支援策としても、不十分と言わざるを得ない。また、とりわけ有識者たちからは、その財源調達方式に対して批判が集中した。例えば、2024年4月9日の衆議院地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員会において、西沢和彦参考人(日本総合研究所理事)は、「異次元の少子化対策」の財源計画について、「子ども・子育て拠出金のような理論的に全く正当化されない財源が導入されようとしている」、と痛烈に非難している[3]

 様々な問題が指摘された「異次元の少子化対策」の中でも、小論ではその中核的施策である児童手当に焦点を絞り、イギリスとフランスの国際的事例を参考にしてその財源の在り方を検討していく。結論から先に述べると、そもそも家族手当(わが国の児童手当に相当)[4]の財源は、公費負担ないし雇主負担によって賄うのが一般的である。児童手当の財源に、「子ども・子育て支援金」などと称する日本独自の「社会保険料」を投じる岸田政権の手法は、国際的常識から逸脱している。

イギリス社会保障計画における児童手当の財源調達方式 ―公費負担―

 公費負担によって家族手当の財源を調達する国の代表としては、資本主義諸国の中で真っ先に社会保障を制度化したイギリスの事例を挙げることにしよう。

 周知のように、イギリスでは第二次世界大戦中の1942年に、戦後の復興策として社会保障計画=ベヴァリッジ報告が発表された。ベヴァリッジ報告では、社会保障が十分に機能するための3つの前提条件として、包括的な保健およびリハビリテーション=NHS(National Health Service)、雇用の維持=完全雇用と共に、児童手当を掲げている。

 べヴァリッジ報告では児童手当を、①第2子以降にたいして、②15歳(全日制教育を受けている場合は16歳)まで[5]給付することを提言している。また、③財源については、「児童手当の全費用を国庫で負担することが、言い換えればその手当を無拠出とすることがよい」[6]とした。

 こうした計画の下、終戦後の1945年に、イギリスでは家族手当法が制定され、施行された翌年には400万人以上の子どもを対象に家族手当が支給されたのであった[7]。その後の諸改革を経て「児童給付Child Benefit」に改称した現在の家族手当は、①支給対象を第1子から、②支給年齢を16歳未満(教育・職業訓練を受けている場合は20歳未満)へと拡充しており、③その財源はなおも国庫負担(一般財源)により賄われている[8]

フランス家族給付の財源調達方式 ―雇主負担の重視―

 国庫負担によって財源を調達するイギリスとは異なり、雇主負担を重視して家族手当を制度化した国の代表としては、充実した子育て支援策で知られるフランスの事例を挙げることにしよう。

 chuo_20241003_book.jpgフランスの家族手当[9]は、1860年の皇帝通達により、海兵隊員等にたいして児童の扶養負担を補うために本俸に加えて支給されることとなった補償手当金が最初の事例とされる。子育て費用を考慮した付加賃金=家族手当の制度は、その後、官民両部門で徐々に広がっていった。賃金制度の一環として家族手当支給の慣行が広まる中、当時の少子化問題への国家的対応が推進されることになり、1932年に家族手当法が制定された。この分野における国家制度の始まりである。その後は、家族手当の支給対象が、賃金労働者の枠を越えて、雇主・自営業者・失業者など様々な国民各層へと拡充されていった。第二次世界大戦後は、社会的生活支援策の新機軸とも言える社会保障がフランスでも創設されることとなり、その構成制度の1つとして、家族手当を中核とする子育て関係の諸手当を取りまとめた家族給付部門が整備された。来たる2025年は社会保障創設から80周年を迎えるが、この間に家族給付部門は、給付対象のさらなる拡充、諸手当の新設および改廃、財源調達方式の部分的変更など、さまざまな改革を経て今日に至る。

 フランスの家族手当の歴史を紐解くと、同手当はそもそも賃金の一部として位置づけられてきたことが確認できる。こうした歴史的事実からフランスでは、家族手当が企業内賃金制度に位置づけられていた時代でも、家族手当法の下で国家制度化された時代でも、社会保障制度の枠内に再編された現代においても、その財源調達方式として雇主負担を重視してきたのである。家族手当の適用対象が賃金労働者の枠を越えるようになったこともあり、その財源構造は1990年度を境に大幅な変更が施された。すなわち、1991年度から社会保障の目的税(Contribution sociale généralisée)が創設され、家族給付部門の財源構成における雇主負担の割合がかつての9割近くから6割程度まで圧縮されたのであった[10]。もっとも今日でも、家族給付部門の主要財源は依然として雇主負担であり、この分野においてなおも雇主側の社会的責任を重視するフランスの伝統は受け継がれている。

子ども・子育て支援金の導入は撤回を

 英仏両国の家族手当財源は、国庫負担にせよ雇主負担にせよ、一定の社会責任に基づいて国民ないし労働者の子育てを支援する社会的扶養としての性格が確認できる。家族手当財源を社会的扶養に基づいて調達する方式は、少なくとも主要先進諸国では共通して採用されており、いわば国際的な常識と言えよう[11]。ここには、例えば社会保険における被保険者拠出のような、自助の性格を帯びた財源は含まれていない点に留意すべきである。

 翻ってわが国の現状を見ると、既述のとおり、「異次元の少子化対策」の財源調達方式については、国会の内外で多くの批判が寄せられたように、歴史的経験・学術的研究成果・国際的常識など様々な視点から見ても議論の余地が残されている。児童手当を含む子ども・子育て支援策の財源の一部として、「医療保険料に上乗せをした子育て支援金」を充てるという財源調達方式は、非常識にもほどがあると言えよう。結局のところ、2026~28年度にかけて年間おおむね6000億円~1兆円増額する[12]事実上の医療保険料部分を子ども・子育て支援金と称して「異次元の少子化対策」に用いる、と解される。この「異次元」対策を推進した岸田首相をはじめとする政府サイドは、医療保険料と子ども・子育て支援金を峻別する法案説明に終始していたものの、両者の算定基礎(標準報酬月額)も負担者も同一である点は重要であり、実態としては、医療保険料率を引き上げてその増額分を子ども・子育て支援の財源の一部に流用する、ということになる。われわれが確認してきたように、少なくとも家族手当の財源は公費負担や雇主負担などの社会的扶養によって調達するのが国際的な常識である。しかしながら、例えば受給者が多く見込まれる被用者世帯3歳以上向けの児童手当に着目してその財源構造の変化を見ると、現行制度では公費負担のみで運営されている児童手当の財源に、新制度では疑似的な「社会保険料」である子ども・子育て支援金が追加され、財源全体の1/3相当額を負担する計画となっている。児童手当の財源に「社会保険料」を、しかもよりによって病気・ケガなどに備えるための医療保険料を流用するという二重の意味で異例の対応により、相対的な公費負担を抑制しようとする意図は明らかである[13]。岸田政権の置き土産とも言える子ども・子育て支援金は2026年度からの徴収が予定されているが、常道を逸脱した財源調達方式の導入は撤回することが賢明である。


[1] 2024年6月5日付『日本経済新聞』夕刊、p. 1。
[2] 例えば、子育て支援策の中核的所得保障である児童手当に関して、制度拡充前(2024年9月末まで)の制度内容について言えば、①給付額の低さ(年齢に応じて月額1万円ないし1万5000円)、②支給期間の短さ(0歳から中学校卒業まで)、③所得制限の存続など、ヨーロッパの先進資本主義諸国の家族手当と比べると大幅に見劣りしていた(労働政策研究・研修機構〔2023〕pp.281~282)。
[3] 衆議院〔https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=121305367X01020240409&current=1〕2024年9月20日閲覧)
[4] 小論では用語上、家族手当と児童手当を使い分けている。すなわち、両者とも子どもの養育費支援のための公的な社会手当を意味するが、家族手当は国際的に広く見られる一般的名称として、児童手当はわが国の現行制度やイギリス社会保障計画=ベヴァリッジ報告で用いられた一制度の名称として、それぞれ用いている。
[5] べヴァリッジ(2014)301パラグラフ。
[6] べヴァリッジ(2014)415パラグラフ。
[7] ブルース(1984)pp. 495-496。
[8] 労働政策研究・研修機構(2023)p. 281。
[9] フランスの家族手当については、宮本悟(2017)『フランス家族手当の史的研究』御茶の水書房を参照。
[10] CCSS (1991) p. 154;CCSS (2022) p. 30。
[11] 内閣府の令和4年度子ども・子育て支援調査研究事業として取りまとめられたトーマツ(2023)pp. 93, 126, 182によれば、ドイツ・イタリア・カナダなどは家族手当の財源をイギリスと同様に公費負担によって調達している。
[12] 『官報』(2024年6月12日;号外第141号)6ページ。
[13] 児童手当の「社会保険化」により財源構造を変革して公費負担を抑制するメカニズムについては、北明美(2024)が詳細かつ緻密な分析をされている。国際的には異例な児童手当の「社会保険化」構想を時系列的に整理されており、子ども・子育て支援金の本質理解に最適な論考である。


<参考文献>

宮本 悟(みやもと さとる)/中央大学経済学部教授
専門分野 社会政策・社会保障論

東京都立立川高等学校卒業。中央大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士前期課程・後期課程修了。博士(経済学)。静岡県立大学短期大学部専任講師・助教授、中央大学経済学部助教授・准教授を経て2011年より現職。

現在の研究テーマは、フランスにおける家族手当の政策分析、社会政策学的視点から見たフランス社会手当の史的展開など。

主な著作に、『フランス家族手当の史的研究 ―企業内福利から社会保障へ―』(御茶の水書房、2017年)、中央大学経済研究所研究叢書66『フランス―経済・社会・文化の実相―』(編著、中央大学出版部、2016年)などがある。