研究

代数幾何学の研究

渡邉 究(わたなべ きわむ)/中央大学理工学部准教授
専門分野 代数幾何学

1. ノーベル賞とフィールズ賞

 科学においてもっとも権威ある賞の1つとして「ノーベル賞」を挙げることができる。この賞について改めてここで詳しい説明をする必要はないと思うが、ノーベル賞の対象分野に数学が入っていないことをご存知だろうか。一説によると、ある数学者とアルフレッド・ノーベルの仲が悪かったことが原因だといわれている。一方で、「数学のノーベル賞」といわれる「フィールズ賞」という賞がある。フィールズ賞は4年に1度開催される国際数学者会議(ICM)において、顕著な業績を上げた原則40歳以下の数学者(2名以上4名以下)に授与される。日本人のフィールズ賞受賞者は小平邦彦先生、広中平祐先生、森重文先生の3名である。この3名の専門分野がタイトルにある「代数幾何学」である。すべての日本人フィールズ賞受賞者の専門分野が代数幾何学であることからもわかるように、代数幾何学は日本で盛んに研究されてきた数学の分野の1つである。

2. 線形代数と代数幾何

 代数幾何学とは何だろうか。一般に、数や方程式、演算などを扱う学問を代数学という。また、図形や空間を扱う学問を幾何学という。代数幾何学の出発点は、代数方程式の解集合を幾何学的に考察することにある。たとえば、次のような連立1次方程式を考えてみよう。

(1)

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 大学数学を知らなくてもこの連立方程式を解くことは簡単だろう。より複雑な連立1次方程式も代数的には「行基本変形」を用いて解くことができる。このことは通常大学1年生を対象とした線形代数学の講義において学ぶ。一方で、連立1次方程式(1)を幾何学的にみると、xyz空間における2つの平面

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の交わりとして得られる直線として解釈することができる。代数幾何学では代数方程式の解集合を幾何学的対象(たとえば曲線や曲面)として捉え、その性質を調べる。

 このように立場によって、方程式を代数的にみることもできるし、幾何学的にみることもできる。連立1次方程式の理論(線形代数)を学ぶのに、通常1年はかかる。その中でも線形空間をはじめとする抽象的な理論は初学者にとって非常に難しい。1次方程式の場合でも難しい問題を2次、3次、4次,100次、1000次· · ·のように高次の連立方程式に対し考えるとどうなるだろうか。容易に想像できるように、状況はより複雑になりそれらの解析は難しくなる。代数幾何学では一般の次数の連立方程式を扱う。

3. 代数多様体

 代数幾何学で扱う図形をもう少し正確に説明しよう。数学の記号を可能な限り用いずに説明するので、不正確な箇所もあるがご容赦いただきたい。高校で扱ったxy平面において、y = xで表される図形は直線であった。これは y − x = 0 ともかける。

 このように、(いくつかの)多項式=0の形でかける図形を代数多様体という。正確にはこのような図形を貼り合わせてできる図形を代数多様体と呼ぶが、詳細は専門書に任せてここでは簡単のためいくつかの代数方程式の解集合を代数多様体と呼ぶことにする。難しく感じられるかもしれないが、高校でも様々な代数多様体の例を扱っている。たとえば、直線以外にも、単位円、放物線、双曲線、楕円などは代数多様体である。これらの図形をxy平面において描くと、どれも滑らかな概形をしており、尖った点や交叉している点がない。このようにすべての点で滑らかな代数多様体を非特異代数多様体という。以下、簡単のため、「多様体」は非特異代数多様体を意味する。

4. 私の研究

 高校数学において関数f(x)の1階微分と2階微分を用いてグラフy = f(x)の概形を描く方法を学んだ。関数f(x)の1階微分を用いて、関数の増減や傾きを調べ、2階微分を用いて関数の凹凸や極値を判定した。多様体X上の各点Pに対して、その周囲の小さな領域はユークリッド空間に似ているため、その点における接空間を定義できる。接空間は、点Pにおける接ベクトルの集合であり、多様体の局所的な1次近似を与える。多様体のすべての接空間を集めたものを接束と呼ぶ。接束はグラフの概形を描いたときに求めた1階微分に対応する。さらに多様体の形状を測る指標として、微分幾何学における曲率という概念がある。大雑把に述べると、曲率はグラフの概形を描いたときに求めた2階微分に対応する(より正確には、関数のグラフy = f(x)の曲率は2階微分と1階微分を用いて記述できる)。

 私はここ数年、接束の正値性の観点から多様体の構造を研究している。接束の正値性とは、多様体の曲がり具合を表すものだと思ってほしい。この研究の出発点は森重文先生によるHartshorne予想の解決である。Hartshorne予想とは「豊富な接束をもつ非特異射影多様体は射影空間に限る」という予想である。いたるところ丸みを帯びている(非特異射影)多様体はもっとも基本的な図形である射影空間しかないことを主張する。この結果はのちの極小モデル理論の出発点となった結果でもあり、代数幾何学の歴史に大きな影響を与えた。私はHartshorne予想の一般化として、ネフ接束をもつ多様体や接束の外積がネフな多様体の構造を研究してきた。かなり大雑把にいうと、「豊富」という条件はある値が0より大きいことに対応しているが、「ネフ」はその値か0以上であることに対応する。値としては0をゆるすかどうかの違いだが、この条件がとても大きな違いを生み出す。実際、豊富な接束をもつ多様体が射影空間しかない一方で、ネフ接束をもつ多様体は等質多様体と呼ばれる対称性の高い図形をはじめ無数に存在する。ネフ接束をもつ多様体に関するCampana-Peternell予想(CP予想)[2]、より一般的なネフ接束をもつ多様体[1]や接束の外積がネフな多様体の構造研究[3][4]、さらには一般のファノ多様体の研究などを行っている。CP予想に関する一連の業績を評価され、2018年度に日本数学会から贈られる建部賢弘特別賞を受賞した。

5. アウトリーチ活動とYouTube

 代数幾何学の難点の1つは研究内容を説明することが難しいことである。たとえば、修士課程を修了した学生であっても、指導教員がどのようなことを研究しているか理解できる人は全国をみてもごく僅かである。一方で、アウトリーチ活動の重要性は年々高まっている。私の研究や学部レベルの講義に関する動画をYouTubeチャンネルにあげている(www.youtube.com/@Qmath)。この記事の前半部分も動画「代数幾何学とは何か?」の内容を元に書いた。非専門家向けの動画、中央大学でおこなっている講義の予習動画、さらには東京大学や名古屋大学でおこなった集中講義に関連する動画など、様々な動画を公開している。興味のある方にはぜひご覧いただきたい。


References

[1] Akihiro Kanemitsu, Kiwamu Watanabe, Projective varieties with nef tangent bundle in positive characteristic,Compos. Math. 159 (2023), no. 9, 1974-1999.
[2] Roberto Muñoz, Gianluca Occhetta, Luis E. Sol ́a Conde, Kiwamu Watanabe, and Jaroslaw A. Wi ́sniewski,A survey on the Campana-Peternell conjecture,Rend. Istit. Mat. Univ. Trieste, 47:127-185, 2015.
[3] Kiwamu Watanabe, Positivity of the second exterior power of the tangent bundles,Adv. Math. 385 (2021), Paper No. 107757, 27 pp.
[4] Kiwamu Watanabe, Positivity of the exterior power of the tangent bundles,Proc. Japan Acad. Ser. A Math. Sci. 99 (2023), no. 10, 77-80.

渡邉 究(わたなべ きわむ)/中央大学理工学部准教授
専門分野 代数幾何学

横浜市出身。 1984年生まれ。2006年早稲田大学理工学部数理科学科卒業。2008年早稲田大学理工学研究科修士課程数理科学専攻修了。2010年早稲田大学基幹理工学研究科博士課程数学応用数理専攻修了。 博士(理学)。学術振興会特別研究員DC1 PD(早稲田大学)、学術振興会特別研究員PD(東京大学)、 埼玉大学理工学研究科助教を経て2020年より現職。

現在の研究課題は、接束の正値性の観点からの代数多様体の構造研究とファノ多様体の構造研究である。近年はYouTubeにおける講義関連動画の公開やSNS活動など、アウトリーチ活動にも力を入れている。

ホームページ:https://sites.google.com/site/kiwamuwatanabeshomepage/