研究

四半期開示は企業の近視眼的行動を助長するのか?

古賀 裕也(こが ゆうや)/中央大学商学部准教授
専門分野 会計学・財務会計論

注目される四半期開示

 企業は財政状態や経営成績を定期的に報告、四半期開示制度の下では1年に4回の財務報告を行う。近年、四半期開示の見直しが世界中で議論されており、注目を集めている。日本では金融商品取引法が近年改正され、2024年4月1日から上場企業の四半期報告書の提出義務が廃止された。その結果、四半期開示は証券取引所規則に基づく決算短信での開示に一本化された。

 四半期開示の改正は、岸田文雄首相が2021年10月8日の所信表明演説で四半期開示の見直しについて言及したことに端を発する[1]。所信表明演説では、「新しい資本主義の実現」が打ち出され、"企業が、長期的な視点に立って、株主だけではなく、従業員も、取引先も恩恵を受けられる「三方良し」の経営を行うことが重要"であるとし、四半期開示の負の側面である近視眼的行動が示唆された。近視眼的行動とは、長期的な投資活動による利益を犠牲にし、短期的な利益を増加させる行動をいう(Stein, 1989)。

 海外に目を向けると、EUでは、企業の開示負担を軽減させ、長期投資を促すために四半期開示の廃止が2013年に決定された(EC, 2013)。米国においても、2015年に証券取引委員会(SEC)で四半期開示の廃止について長時間の検討が行われた[2]。また、米国のドナルド・トランプ前大統領は2018年に四半期開示の廃止をSNSで主張した[3]

四半期開示の影響についての2つの仮説

 しかしながら、四半期開示が近視眼的行動を誘発するかは研究者や有識者間でも見解が別れている。そもそも財務報告頻度の増加が企業行動に与える影響としては相反する2つの仮説がある。1つ目の仮説は、高頻度の財務報告によって株式市場からの短期的な業績に対するプレッシャーが高まり、近視眼的行動が誘発されるというものである。2つ目の仮説は、高頻度の財務報告により経営者と投資家の間の情報の非対称性が緩和されることで、経営者に対する監視が容易となり、モラルハザードが抑制されるというものである。モラルハザードの例としては経営者個人の利益を優先させる行動や努力回避などがある。高頻度の財務報告によって経営者の監視機能が向上すれば、近視眼的行動は抑制されるだろう。はたして、四半期開示は企業の近視眼的行動を誘発するのだろうか。

四半期開示と近視眼的行動

 四半期開示の開始など報告頻度の増加による近視眼的行動の影響に関する研究はあるが、結果は一貫していない。四半期開示の義務化は企業の設備投資を減少させ(Kraft, 2018)、イノベーションを減衰させ(Fu et al., 2020)、実体的裁量行動を増加させる(Ernstberger et al., 2017)という研究結果もあれば、四半期開示の義務化後に設備投資が増加した(藤谷, 2020)、また、近視眼的行動があったという証拠を得られなかった(Nallareddy et al., 2017; Kajüter et al., 2019)という研究結果もある。研究の多くは米国やヨーロッパを中心とする国を対象としており、国の制度環境が異なると結果が変わる可能性もある。

 そこで私は中央大学商学部の山口朋泰教授と共同で、四半期開示が近視眼的行動を促すのか日本企業を対象に研究した。我々は近視眼的行動を代理する変数として実体的裁量行動と会計的裁量行動を用いた。実体的裁量行動は事業活動の操作を通じて利益を調整する行動であり、会計的裁量行動は会計上の操作を通じて利益を調整する行動である[4]。企業は短期的な業績を増加させるために一時的値引き販売を通じた売上増加、研究開発費や広告宣伝費の削減、過剰生産による製造単価の削減を実施する可能性がある。また、会計上の操作により一時的に利益を増加させる可能性もある。

 実体的裁量行動は短期的な利益を引き上げるために企業行動そのものを変更させるため、企業の長期的な収益力に悪影響を与える。また、実体的裁量行動と会計的裁量行動は財務報告を不透明にさせることで長期的に企業価値の低下をもたらす。そのため、これらの行動は企業の近視眼的行動を捉えている。

 検証の結果、四半期開示の義務化後に実体的裁量行動と会計的裁量行動が増加したことが発見され、四半期開示が近視眼的行動を促す一因となっていることが明らかとなった。これらの結果は四半期開示が近視眼的行動と関連することを示唆しており、見直しの議論で指摘された四半期開示の負の影響を支持する証拠となっている。なお、実体的裁量行動の結果の詳細についてはKoga and Yamaguchi(2023)、会計的裁量行動については山口・古賀(2023)で詳しく説明されている。

四半期開示改正の影響と今後の課題

 日本では2024年4月から四半期報告書の提出義務は撤廃されたが、証券取引所規則による四半期決算短信は維持されている。そのため、四半期報告書の廃止前後で報告頻度に差異はない。ただし、公認会計士監査(四半期レビュー)が要求される四半期報告書の提出義務がなくなったことで企業の負担は大きく軽減されることになるだろう。今後、四半期開示改正の影響に関する以下のような事後的検証は、改正の妥当性を検討する上で重要であろう。具体的には次のような課題があると考えられる。第1に四半期報告書の廃止による情報提供機能への影響である。企業の情報作成コストは削減される一方で、会計監査を受けていない四半期財務情報の信頼性は低下する可能性がある。第2に、四半期報告書の廃止によって企業の近視眼的行動のインセンティブに変化があったかどうかである。第3に四半期開示の改正に伴うコストとベネフィットの純効果を捉える研究である。政策評価において改正による純効果を包括的に評価することが重要となるだろう。


[1] https://www.kantei.go.jp/jp/100_kishida/statement/2021/1008shoshinhyomei.html

[2] https://www.sec.gov/news/speech/international-developments-higgins

[3] https://www.bbc.com/news/world-us-canada-45226228

[4] 実体的裁量行動については山口朋泰「経営者は事業活動を通じて利益を調整しているのか?」(ChuoOnline)で詳しく解説されている。


参考文献

  • European Commission (EC). 2013. Revised directive on transparency requirements for listed companies (transparency directive)--Frequently asked questions. Memo (12 June). https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/fr/MEMO_13_544
  • Ernstberger, J., Link, B., Stich, M., Vogler, O., 2017. The real effects of mandatory quarterly reporting. The Accounting Review 92 (5), 33-60. https://doi.org/10.2308/accr-51705.
  • Fu, R., Kraft, A., Tian, X., Zhang, H., Zuo, L., 2020. Financial reporting frequency and corporate innovation. The Journal of Law and Economics 63(3), 501-530. https://doi.org/10.1086/708706.
  • Kajüter, P., Klassmann, F., Nienhaus, M., 2019. The effect of mandatory quarterly reporting on firm value. The Accounting Review 94 (3), 251-277. https://doi.org/10.2308/accr-52212.
  • Koga, Y., Yamaguchi, T. 2023. Does mandatory quarterly reporting induce managerial myopic behavior? Evidence from Japan. Finance Research Letters 56, 104142. https://doi.org/10.1016/j.frl.2023.104142
  • Kraft, A.G., Vashishtha, R., Venkatachalam, M., 2018. Frequent financial reporting and managerial myopia. The Accounting Review 93 (2), 249-275. https://doi.org/10.2308/accr-51838.
  • Nallareddy, S., Pozen, R., Rajgopal, S. 2017. Consequences of mandatory quarterly reporting: The UK experience. Columbia Business School Research Paper No. 17-33. https://ssrn.com/abstract=2817120
  • Stein, J. C. 1989. Efficient capital markets, inefficient firms: A model of myopic corporate behavior. Quarterly Journal of Economics 104(4), 655. https://doi.org/10.2307/2937861
  • 藤谷涼佑. 2020.「財務報告頻度のリアル・エフェクト:企業投資に注目した四半期開示の政策評価」『経営財務研究』40(1-2), 2-23.
  • 山口朋泰・古賀裕也. 2023.「四半期開示の義務化が経営者の会計的裁量行動に与える影響」 『商学論纂』 65(34), 47-81.

古賀 裕也(こが ゆうや)/中央大学商学部准教授
専門分野 会計学・財務会計論

福岡県出身。 1987年生まれ。 2011年横浜国立大学国際経営学部卒業。2013年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。2016年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了、博士(商学)。一橋大学大学院特任講師、東北学院大学経営学部専任講師、准教授を経て2024年より現職。

現在の関心のある研究課題は、財務報告と企業の近視眼的行動の関連性、IFRS適用の影響である。

主な論文に、“The effect of voluntary international financial reporting standards adoption on information asymmetry in the stock market: Evidence from Japan.” Research in International Business and Finance (2024年、共著)、“Does mandatory quarterly reporting induce managerial myopic behavior? Evidence from Japan.” Finance Research Letters (2023年、共著)、“Operating Leases and Credit Assessments: The Role of Main Banks in Japan.” Journal of International Accounting Research (2022年、共著)などがある。プロフィール詳細は個人HPを参照。