研究

社会科学実験を用いた外交的抗議の分析

籠谷 公司(かごたに こうじ)/中央大学総合政策学部准教授
専門分野 国際関係論・数理政治学・計量政治学

外交は常に平和的な争点解決を達成できるのか

 2019年7月8日、米国務省は台湾への戦車や地対空ミサイルなど27億ドル相当の軍事兵器の売却を議会に通知した。[1]これに対し、中華人民共和国外交部報道官の耿爽は、「中国の内政に干渉し、中国の主権と安全保障上の利益を害する。中国はこれを遺憾とし、断固として反対する」と外交的抗議を行った。[2]

 この例が示すように、ある国が現状変更を行おうとする際、それによって安全保障を脅かされる国家が懸念を表明するのは当然のことであるように思われる。ここで前提となるのは、外交的抗議は他国による現状変更に対する懸念を示し、その撤回を求めて争点を平和的に解決することを目的としている点である。外交は常に平和的な争点解決を達成できるのであろうか。以下では、最新の知見に基づいてこのパズルに対する答えを提示したい。

外交的抗議とラリー現象

 国際関係論において、国際的な出来事が世論に与える影響を分析するものとして、ラリー現象は60年以上取り組まれてきた研究課題である。ラリー現象は、軍事的行動や経済制裁が標的国内で愛国心を喚起し、政治リーダーや対外政策への支持を短期的に高める現象を指す。国民は外国(外集団)からの脅威を自身の社会全体(内集団)への脅威として認識すると、感情的な反応の結果として国民間の結束を促す。この内集団・外集団による説明は、多くの実証研究によって支持されてきた(Murray 2017)。そこで、この考え方に基づいて外交的抗議の政治的帰結を考えてみることにしよう。

 読者の中には、軍事的行動や経済制裁は物理的被害を標的国に生み出すが、外交的抗議は言葉(または政治的コミュニケーション)に過ぎないため、ラリー現象を引き起こさないと考える人も多いのではないだろうか。しかしながら、安全保障政策が国民にとって重要な争点である限り、外国からの否定的な声明であろうとも十分に標的国内の国民間で愛国心を喚起しうると考えられる。

オンライン・サーベイ実験による検証

 筆者と吳文欽(台湾中央研究院)氏は共同研究の成果として国際学術誌である International Studies Quarterlyに掲載された論文において、台湾の米国製軍事兵器の購入に対する外交的抗議を取り上げ、外交的抗議が台湾人の政治的態度に与える影響を明らかにしようと試みた(Kagotani and Wu 2022)。

 我々はオンライン・アンケートを2019年2月12日から3月13日までの期間に実施し、2314人分の回答を回収することができた。このアンケートの中では、ランダム化比較実験(randomized controlled trial)を行い、特定の刺激を受ける介入群と刺激を受けない対照群へと回答者をランダムに振り分け、これらの異なる二つのグループ間の政治的態度の差を偏りのない政策効果として捉えようと試みた。

 私たちは、介入群に振り分けられた回答者が晒される刺激として以下のような架空の新聞記事を用意した。

台湾への米国製軍事兵器の販売
 中国から台湾への圧力が増加する中でワシントンから台湾当局への指示を示すものとして、米国は3億3000万ドル分の軍事兵器の販売を承認した。
 米国の台湾への軍事兵器の販売について、XXは「米中関係ならびに台湾海峡の平和と安定性を損なわないためには、米国は即座に軍事兵器の販売計画を撤回し、米台間の軍事的な結びつきを止めるべきだ」と述べた。

 新聞記事の中のXXには、中国の外交部、日本の外務省、韓国の外交部、民主進歩党(与党)、国民党(野党)といった5人の報道官のうちの1人が発話者として挿入される。そして、対照群に振り分けられた回答者に対しては、背景情報だけを提供する文章として第1段落だけの記事を用意した。最後に、アンケートが始まるときに5人の各報道官の名前を持つ文章と第1段落だけを含む文章からなる6つの架空の新聞記事のうちの1つがランダムに各回答者に割り当てられるように設定した。その結果として、回答者たちは5つの異なる介入群と1つの対照群を形成することになる。

 各回答者は(割り当てられた)架空の新聞記事を読んだ後に、蔡総統への支持態度、蔡総統の防衛政策への支持態度、防衛予算の規模に関する政策選好について3つの質問に回答した。これらの3つの質問への回答に関して各介入群と対照群を比較することによって、抗議が政治的態度をどの程度まで変化させたのかを検証することができるようになる。

 実験結果によれば、中国や韓国からの外交的抗議だけが「ラリー現象」を生み出した。つまり、これらの外交的抗議が蔡総統や防衛政策への支持を増加させるだけでなく、防衛予算の拡大を求める声を高めさえもしたのである。また、追加的な分析の結果によれば、中国や韓国からの外交的抗議がラリー現象を生み出す理由は、これらの国々が台湾と政治的争点を抱えていたことにあると確認された。

 図1が示すように、外交的抗議を発する国が(日本のような)宿敵ではない国から(中国や韓国といった)宿敵である国へと変化すると、平均的な回答者が蔡総統を支持する確率が0.472から0.545へと増加した。つまり、支持する確率が半分未満から半分以上へと変化したので、外交的抗議は平均的な回答者の政治態度を大きく変化させたことになる。そして、外交的抗議を発する国の属性が同様に変化すると、平均的な回答者が蔡総統の防衛政策を支持する確率が0.793から0.826へと増加した。これは、防衛政策に対する高い支持率がもともと存在し、その態度が僅かに強まっただけに過ぎず、外交的抗議が生み出した政治的態度の変化は小さいと言える。さらに、外交的抗議を発する国の属性が同様に変化すると、平均的な回答者が防衛予算の増額を望む確率が0.497から0.56へと増加した。言い換えると、防衛予算の拡大を望む確率が半分未満から半分以上へと変化させたので、外交的抗議は平均的な回答者の政治的態度を大きく変化させたことになる。

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図1:外交的抗議のラリー効果[3]

外交的抗議の政治的帰結と同盟政治への含意

 外交的抗議は相手国内で反発を招き、ラリー現象を引き起こす。そして、相手国のリーダーや政策に対する支持を高め、強硬な政策を求める声を強めることによって、両国間の緊張を高める結果を生みだすことになる。外交的抗議は他国の現状変更に対する懸念を示し、その撤回を要求し平和的に争点を解決しようとする試みである。しかしながら、その目的を達成することは難しい。他国の現状変更に直面する国家は、外交的抗議を行わずに現状変更を受け入れるか、外交的抗議を行い相手国における国民の反発を招くかという2つの選択肢から1つを選ぶことになる。この外交的抗議のジレンマに直面すると、国家は後者の選択肢を選ばざるを得なくなり、国家間の緊張を高めてしまう。

 また、サーベイ実験の結果は、米国と同盟国の関係性への含意も提供してくれる。米国はローカルな軍事バランスを同盟国側にとって有利になるように軍事兵器の供与や在外米軍の駐留を増加させ、宿敵からの同盟国に対する挑戦を抑止しようと試みる。しかしながら、そのような試みは宿敵からの外交的抗議を招き、同盟国内における反発を生み出すことによって、宿敵と同盟国の緊張を高めてしまう。それゆえ、今回の新たな知見を踏まえると、米国による武器供与や駐留米軍の規模拡大といった拡大抑止を強化する政策手段の効果は、これまでの研究成果が示してきたものよりも割引いて考える必要がある。


[1] 毎日新聞(2019710日;https://mainichi.jp/articles/20190710/ddm/007/030/092000c

[2] https://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/xwfw_665399/ s2510_665401/t1679792.shtml (参照:20191015日)

[3] 出所:Kagotani and Wu (2022), p. 8.


参照文献

Kagotani, Koji, and Wen-Chin Wu, 2022. "When Do Diplomatic Protests Boomerang? Foreign Protests against US Arms Sales and Domestic Public Support in Taiwan," International Studies Quarterly 66 (3), sqac043, https://doi.org/10.1093/isq/sqac043

Murray, Shoon. 2017." The "Rally-'Round-the-Flag" Phenomenon and the Diversionary Use of Force." Oxford Research Encyclopedia of Politics. https://oxfordre.com/politics/view/10.1093/acrefore/9780190228637.001.0001/acrefore-9780190228637-e-518.

籠谷 公司(かごたに こうじ)/中央大学総合政策学部准教授
専門分野 国際関係論・数理政治学・計量政治学

大阪府出身。1975年生まれ。1999年関西学院大学法学部卒業。2001年関西学院大学大学院総合政策研究科修士課程修了。2004年関西学院大学大学院総合政策研究科博士課程後期課程満期退学。2010年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院政治学研究科博士課程修了。Ph.D. in Political Science(UCLA)。2011年ダブリン大学トリニティ校政治学部講師、2012年同助教授、2014年大阪経済大学経済学部講師、2016年同准教授、2019年(~2020年)UCLA政治学部客員研究員、2023年中央大学総合政策学部助教を経て現職。

2020年から国際学術雑誌 International Relations of the Asia Pacific や Springer Book Series: Evidence-Based Approaches to Peace and Conflict Studies の編集委員を務める。