コンピュータが支える人々の協働
~CSCW研究の世界~
佐々木 孝輔(ささき こうすけ)/中央大学国際経営学部特任助教 教育力研究開発機構専任研究員
専攻分野 Computer-Supported Cooperative Work、Human-Computer Interaction、教育工学
はじめに
パソコンが世間一般に普及しておよそ30年、スマートフォンが世間一般に普及しておよそ15年が経ちます。これらを目にしない、使わない日は皆無です。
皆さん存知の通り、パソコンやスマートフォンをはじめとするコンピュータ技術は、人々の生活をより豊かにするために、日々進化を続けています。最近ですとAI(Artificial Intelligence)という言葉も身近になっていますが、元来コンピュータは人間の助けになるために使われてきました(まさにアシスタントのような立場です)。
私は情報技術を使って、人と人を結ぶことを支援する方法を研究する学問分野である"CSCW"(Computer-Supported Cooperative Work)を専門としています。本稿では、コンピュータを使って人と人を結ぶことについて、お話したいと思います。
CSCWとは
"Computer-Supported Cooperative Work"を訳すと「コンピュータによる協調作業支援」となります。文字通りですが、「協調作業」というのは、複数の人が一緒に何かをやり遂げることを指します。協調作業をコンピュータが支援する、というのはどういうことでしょうか。
協調作業と一口に言っても、その内容は膨大です。社会的動物である人間は、基本的に1人で生活することはできません。言い換えると、この社会で生き抜くためには、否が応でも協調して動く、ということが求められます。
簡単な協調作業の例を挙げましょう。狭い廊下で歩いている自分の姿を想像してみてください。廊下を歩いていると、向かいから別の人が歩いてきます。さて、あなたはどうしますか? ......当然、ぶつからないように避けようとします。向かいから歩いてくる人もきっとそうするでしょう。「2人が衝突しないよう、互いの様子を見ながら歩く向きをちょっと変える」。この行動だって立派な"協調"した"作業"です。
ただし、この作業はどのような状況でもうまくできるとは限りません。例えば、向かいからやってくる人の目がものすごく悪くて、もしくは、向かってくる人が歩きスマホなど余所見をしていて、自分のことを視認していなかったらどうでしょうか。または、自分がそのような立場で、はたまた互いがそのような立場で、向かってくる人を認識できなかったらどうでしょうか。
このような状況では、例えば、相手が接近していることを通知してくれる、そんなテクノロジーが頼りになります。ほんの一例ですが、人が接近してくることを音で知らせ、衝突回避を促す技術が提案されています [1]。このように、人と人が協調することを、様々な情報技術を使って支援する......それがCSCWという学問です。
他にもこんな協調作業支援
他にも、様々な協調作業支援の研究があります。私が携わった研究例をいくつかご紹介します。
小学校や中学校などの学芸会で、演劇に挑戦した経験がある方も多いのではないでしょうか。舞台に立つ人のみならず、照明や音響などを操作する人も含め、たくさんの人が協調して作業する典型例です。特に舞台に立つ人は、自分のセリフはもちろん、一緒に舞台に立つ人のセリフや動きも覚え、「誰が何を喋ったら、次は自分がどう動く」といった情報を覚えておく必要があります。こういった場面でも、コンピュータ技術によって演者を支援することができます。例えば「誰のセリフの後に自分が喋る番だ」という情報が分かるだけでも、演者の負担は軽減できます [2]。
次に、2人が日本語で会話する場面を考えてみます。会話も「キャッチボール」と比喩されるくらい有名な協調作業の一つです。当然、一人だけ喋り続けることは会話とは言いません。そんな場面で、一人の母語が日本語であり、もう一人の母語が日本語でない場合、どうしても日本語が母語の人のほうが喋る回数が多くなり、日本語が母語ではない人(非母語話者)の意見などが会話に現れにくくなります。そんなときに、第三者のコンピュータエージェントが、「ではあなたの意見はどうですか?」といった発話で、非母語話者に発言を促してみると、非母語話者も会話に参加しやすくなります。会話に介入すること自体も重要ですが、どのように介入するとより効果的か、様々な方法を検討することも重要です [3]。
大学の授業で「PBL」という言葉を聞いたことはないでしょうか。大きく"Project-Based Learning"と"Problem-Based Learning"という2つの言葉を指しますが、ここでは「課題解決型学習」と訳される"Project-Based Learning"のことを考えてみます。PBLという学習形態では、学習者は教員に1から10まで指導されるのではなく、学習者自身が主体となって、解決すべき課題を見つけ、学習活動を推進します。もちろん、教員も全くの手放しで良いということではなく、学習者が進むべき目標に向かって歩んでいるか、問題に直面していないか把握しておき、必要に応じて指導を行います。これもまた、教員と学習者の協調作業とも捉えることができるでしょう。ただし、教員は多忙であり、1人1人の学習者に常に目を配ることは現実的ではありません。そこで、学習者が定期的に提出する学習活動報告を用いて、学習者の学習状況を推定する方法が提案されています。将来的にこの方法は自動化が見込まれており、教員の負担軽減や、教員が学習者により質の高い指導を行えるようになることが期待されています [4]。
身の回りには様々な協調作業があります。それをどのようにコンピュータ技術を用いて助けるか......協調作業とコンピュータがこの世からなくならない限り、CSCWの学問はずっと続いていくことでしょう。
おわりに
本稿では、CSCWという学問分野について、いくつかの具体例を交えながら紹介しました。私たちの日常生活や社会活動のあらゆる場面で行われている協調作業を、コンピュータ技術によってより円滑に、より効果的に支援することがCSCWの目指すところです。CSCWの適用範囲は極めて広く、技術の進歩とともに、私たちはより創造的で生産的な協調作業を行えるようになるでしょう。
しかし忘れてはならないのは、CSCWの本質は「人と人を繋ぐこと」だということです。コンピュータ技術はあくまでも手段であり、目的は人々がより良いコミュニケーションを取り、互いの強みを活かし合える環境を作ることにあります。
今後、AI、IoT(Internet of Things)、XR(Extended Reality)などの新しいコンピュータ技術が発展していく中で、CSCWの重要性はますます高まっていくでしょう。私たちは、テクノロジーの力を借りながらも、常に「人間中心」の視点を持ち続け、より豊かで調和のとれた社会の実現に向けて歩みを進めていく必要があります。CSCWは、そのための道しるべとなる学問なのです。
<参考文献>
[1] Seita Kayukawa, Keita Higuchi, João Guerreiro, Shigeo Morishima, Yoichi Sato, Kris Kitani, and Chieko Asakawa. 2019. BBeep: A Sonic Collision Avoidance System for Blind Travellers and Nearby Pedestrians. In Proceedings of the 2019 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI '19). Paper 52, 1-12.
[2] Kosuke Sasaki and Tomoo Inoue. 2019. Coordinating Real-Time Serial Cooperative Work by Cuing the Order in the Case of Theatrical Performance Practice. Mobile Information Systems, 4545917, 10 pages.
[3] Tomoo Inoue, Kumiko Kawai, Boyu Sun and Kosuke Sasaki. 2021. Visual Appearance is not Always Useful: Voice is Preferred as a Mediating Conversational Agent to Support Second Language Conversation. Informatics Society, 12, 3, 177-185.
[4] Kosuke Sasaki, Zhen He and Tomoo Inoue. 2023. Using Video Activity Reports to Support Remote Project-Based Learning. JUCS - Journal of Universal Computer Science. 29, 11, 1336-1360.
佐々木 孝輔(ささき こうすけ)/中央大学国際経営学部特任助教 教育力研究開発機構専任研究員
専攻分野 Computer-Supported Cooperative Work、Human-Computer Interaction、教育工学北海道出身。1990年生まれ。2014年筑波大学情報学群情報メディア創成学類卒業。2016年筑波大学大学院図書館情報メディア研究科博士前期課程修了。修士(情報学)。秀明大学非常勤講師を経て、2022年より現職。
2022年、IWIN2022 Best Paper Awardsを受賞。情報処理学会正会員。情報処理学会GN研究会運営委員、同CN研究会運営委員を務める。
現在の主な研究課題は、遠隔環境のPBLにおける教員のフィードバック支援。