研究

オンライン刑事裁判

―ビデオリンク方式による証人尋問―

中村 真利子(なかむら まりこ)/中央大学国際情報学部准教授
専攻分野 刑事法

刑事裁判の意義と被告人の証人審問権

 刑事裁判は、検察官による公訴の提起によって開始される。その相手方当事者である被告人の言い分を聞くこと―被告人に挑戦のルートを開くこと―が、刑事裁判の目的であると考えられている[1]。検察官が、被告人が行ったという犯罪事実を十分に(合理的な疑いを容れない程度に)証明できているかどうかを、公正な裁判所が判断することになる。

 検察官の主張に対して被告人に防御の機会を与えるために重要となるのが、証人審問権(憲法37条2項前段)である。被告人には、自己に不利益な証人を反対尋問することによって、その信用性を問う権利が保障されているのである。

 仮に、このような機会がないまま誰かを処罰することが可能であるとしよう。信用性のない証拠が用意され、被告人の言い分は聞き入れてもらえず、そのまま死刑が言い渡される・・・このような制度は、不都合な者を排除する手段として利用され、圧政を招くことになる。被告人に等しく証人審問権を保障することは、近代の刑事裁判において欠かせないのである。

犯罪被害者保護の必要性

 しかし、被告人から反対尋問を受ける証人は犯罪被害者である場合もあり、刑事裁判では、その精神的な負担も考慮しなければならない。

 そこで、平成12年の刑事訴訟法(以下、「刑訴法」という。)改正によって、一定の場合に、証人への付添い(刑訴法157条の4)や、被告人と証人との間で遮へい措置をとること(刑訴法157条の5)が認められるようになった。このうち遮へい措置は、一方から又は相互に相手の状態を認識できないようにするものであるが、被告人から証人の状態を認識できないようにするためには、弁護人の出頭が求められる。

 また、性犯罪の被害者を中心として、被告人のいる法廷と別の場所を映像と音声でつなぎ、証人が法廷外から証言をするという「ビデオリンク方式による証人尋問」も可能となっている。証人のいる場所は、当初、法廷と同じ裁判所の構内に限定されていた(刑訴法157条の6第1項)。その後、平成28年の改正で、同一構内への出頭に伴って著しい精神的負担や加害行為等のおそれがある場合、あるいは遠隔地に居住する証人であって同一構内への出頭が著しく困難な場合には、別の裁判所においても実施できるようになった(同条2項)。なお、被告人に証人の映ったモニタを見せないなど、遮へい措置との併用も可能である。

ビデオリンク方式による証人尋問の合憲性

 ビデオリンク方式による証人尋問に関し、被告人の証人審問権を侵害しないかが争われた事案で、最判平成17年4月14日(以下、「平成17年判決」という。)[2]は、「性犯罪の被害者等の証人尋問について、裁判官及び訴訟関係人の在席する場所において証言を求められることによって証人が受ける精神的圧迫を回避する」という改正の趣旨に照らして、「被告人は、映像と音声の送受信を通じてであれ、証人の姿を見ながら供述を聞き、自ら尋問することができるのであるから、被告人の証人審問権は侵害されていない」とし、被告人から証人の状態を認識できなくする遮へい措置との併用に関しても、「映像と音声の送受信を通じてであれ、被告人は、証人の供述を聞くことはでき、自ら尋問することもでき、弁護人による証人の供述態度等の観察は妨げられないのであるから、やはり被告人の証人審問権は侵害されていない」と判断した。

 証人審問権は、証人が法廷において宣誓のうえで反対尋問を受け、事実認定者である裁判所が証人の態度を観察することを保証することによって、その証言の信用性を問う機会、ひいては被告人の言い分を聞く機会を提供する。これらの要素は、全体として、証人に事の重大さを印象づけ、偽証罪に問われる可能性によって証人が嘘をつくことを抑止し、反対尋問を通じて、事実認定者が証人の信用性を評価するのを助けるものといえる[3]。ビデオリンク方式による証人尋問に関しても、個別具体的な必要性の認定に基づき、このような対面の効果が、バーチャルな対面によって十分に確保できるのであれば、証人審問権を侵害しないと考えられる[4]

今後の動向

 平成17年判決が指摘するように、ビデオリンク方式による証人尋問は、証人が受ける精神的圧迫の回避に主眼があった。その後、前述の通り、遠隔地に居住する証人にも一部拡充され、コロナ禍で活用されたことでも注目を集めた。さらに、遠隔地に居住していないとしても、出頭により著しい支障が生じる場合が考えられるところ、法務大臣の諮問第122号を受けて、令和6年2月、法制審議会から、ビデオリンク方式による証人尋問を実施することができる場合を拡充する内容での答申がなされた[5]。今後、改正に向けた動きがみられるものと思われるが、個々の事案で、必要性に関する慎重な判断が求められることになろう。


[1] 渥美東洋『刑事訴訟法要諦』(中央大学出版部、1974年)230-231頁。
[2] 刑集59巻3号259頁。
[3] See Maryland v. Craig, 497 U.S. 836, 845-846 (1990). 椎橋隆幸「証人保護手続の新展開」田口守一ほか編『犯罪の多角的検討:渥美東洋先生古稀記念』(有斐閣、2006年)181頁以下、193-198頁。
[4] 拙稿「遮へい措置及びビデオリンク方式を用いた証人尋問の合憲性」比較法雑誌48巻4号241頁、265-266頁(2015年)。
[5] 法制審議会第199回会議(令和6年2月15日開催)配布資料3「要綱(骨子)」(https://www.moj.go.jp/content/001413269.pdf、2024年5月30日最終閲覧)21頁参照。

中村 真利子(なかむら まりこ)/中央大学国際情報学部准教授
専攻分野 刑事法

中央大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士前期課程・博士後期課程修了。博士(法学)。首都大学東京(現・東京都立大学)法学部助教などを経て2019年より現職。

研究テーマは、被告人の証人審問権と被害者の保護、サイバー犯罪捜査など。

主要論文として、「証人尋問における対面の意義」刑法雑誌63巻2号(2024年6月刊行予定)、「司法面接における児童の供述の証拠能力」法学会雑誌62巻1号381頁(2021年)など。