研究

身近な存在となるムスリム

―重要性増すムスリム社会研究―

清水 芳見(しみず よしみ)/中央大学総合政策学部 教授
専門分野 社会人類学

はじめに

 イスラームは、世界の3大宗教の一つに数えられ、信者数もキリスト教徒に次ぐもので、20億人に迫る。ただ、日本では、信者数が少ないということもあって、日本人には比較的馴染みの薄い宗教であった。

 私は、大学でアラビア語学科に在籍し、学部生時代にエジプトに留学したことがきっかけで、ムスリム(イスラーム教徒)の社会と関わりをもつようになった。それ以来、ムスリム社会の、とくに民間信仰に関心をもって、研究を続けてきた。社会人類学を専攻した大学院時代には、ヨルダンのアラブ・ムスリムの村で約2年間住み込み調査を実施し、中央大学に奉職してからは、在外研究で、ブルネイのマレー・ムスリムの村で約1年間住み込み調査を行なっている。

日本におけるムスリムの動向

 日本では、1980年代末頃からムスリムが増加し始めたとされているが、これは日本で単純労働に従事する外国人労働者が増え始めた時期とほぼ一致する。つまり、これら外国人のなかに、イラン、パキスタン、バングラデシュ、インドネシアなどムスリム人口の多い国々の出身者がいたことが、ムスリム増加の最大の要因であろう。中央大学に総合政策学部が設置された1993年には、政府間協定によって、インドネシアから日本への技術研修生の受け入れが始まっている。

 私は、1998年に石川県金沢市でムスリムの実態調査を行なったことがあるが、当時金沢市のムスリムのほとんどは金沢大学の留学生とその家族で、モスク(イスラームの礼拝所)は存在せず、金曜日の合同礼拝は同大学工学部の生協で2階の和室を借りて行なっていた。現在、日本でも信者は増加傾向にあり、モスクも全国各地に建立されている。金沢市にも、2014年に「金沢モスク」ができた。

 東京のJR新大久保駅の近くには、「イスラム横丁」と呼ばれているところもある。今世紀に入ってから、ムスリムが経営する、ハラール(「イスラーム法で許される」を意味するアラビア語)食品や食材を売る店(ハラール・ショップ)や、ムスリム向けの料理を提供するレストラン(ハラール・レストラン)が次々にできて、そのように呼ばれるようになったのだが、それ以前から、横丁の一角の雑居ビルには上階の一室を利用したモスクがあった。今でも、礼拝時刻になると、アザーン(礼拝への呼びかけ)が一帯に聞こえるように拡声器で流される。ハラール・ショップやハラール・レストランも、数は少なかったが、横丁が出現する以前から存在した。

 2010年代に入ってからは、東南アジア諸国に対するヴィザ要件の緩和や円安によって、インドネシアやマレーシアなどムスリムが人口の多くを占める国々からの観光客も増加する。それに伴い、ムスリムが食べることのできる料理を提供できるレストランの需要が増し、いわゆるハラール・ビジネスが注目されるようになった。

日本の大学とムスリム

 総合政策学部には、創設時から、私のようにムスリム社会を研究対象とする教員の授業が複数あったので、学生たちがイスラームについて学ぶ機会はあり、アラビア語、ペルシア語、マレー・インドネシア語などムスリム人口の多い地域の言語の授業では、ムスリムの教員も教鞭をとっていた。そのため、当時から在日ムスリムに関心をもつ学生はおり、私のゼミ生のなかには、増え始めた在日ムスリムの墓地事情を知ろうと、山梨県の塩山市で調査を行なった者もいた。近年でも、卒業論文のために、都立多磨霊園のムスリム墓地の調査をした学生や「イスラム横丁」で聞き取り調査をした学生、多摩地域のある市でムスリムの動向を調べた学生もいる。

 2014年の『日本経済新聞』(5月13日付け)に、首都圏の大学食堂のなかに、ムスリムの留学生に配慮してハラールな食材を使った料理(ハラール食)を提供するところが増えたという内容の記事が載ったときに、中央大学でもハラール食を出したいとの相談を受けたことがある。結局、プラスチック製の使い捨ての食器でマレーシア製のハラール・カレーを出す程度だったが、上智大学では、2016年にASlink という会社に委託して、「東京ハラルデリ&カフェ」というハラール食専用のレストランを開設しており、新聞でも取り上げられた。「東京ハラルデリ&カフェ」は、2019年に東京国際大学で、2020年に立教大学でも開設されている。

 アラビア語でムサッラと呼ばれる礼拝室は、ムスリムの観光客が増え始めたころから、日本の空港などにも設置されるようになったが、大学でも開設されるようになっている。立教大学には2016年にできたが、中央大学でも礼拝室をつくりたいとの相談を受け、総合政策学部創設時から私と一緒にアラビア語の授業を担当されている、サリーム・ラフマーン・ハーン先生を紹介した。ハーン先生は、1975年に設立された宗教法人イスラミックセンタージャパンの理事で、男女別の部屋を設けることや、部屋のなかにウドゥ(沐浴)用の水場を設置すること等の助言をしてくださった。内部にある礼拝用の絨毯は、同先生の寄贈である。

おわりに

 2020年の4月に国際教育寮のあるグローバル館の4階に開設された中央大学の「祈禱室(礼拝室prayer room)」は、新型コロナウイルス感染症の影響で、実際に使われ始めたのは、対面授業が再開されるようになってからである。現在、ムスリムの教員や学生(留学生)に利用されており、学内にイスラーム関連の施設ができたことで、中央大学の日本人学生にとっても、ムスリムはより身近な存在になったといえる。ムスリム社会研究は、こうしたムスリムに対する理解を進めるために、今後ますます重要なものになるであろう。


<参考文献>

清水芳見
1994 「新設イスラーム関係研究機関紹介 中央大学総合政策学部イスラーム関連講座」、『イスラム世界』、pp.142-146、社団法人日本イスラム協会
2001 「現代日本社会とイスラーム―日本社会におけるムスリムの現状―」、シンポジウム研究叢書編集委員会編『日本型企業社会の行方 現代日本社会の普遍性と特殊性』、pp.143-162、中央大学出版部
2016 「教養講座(第二七二回)ハラール・ビジネスの問題点と日本における現状」、『草のみどり』292号、pp.53-56、中央大学父母連絡会

店田廣文
2015 『日本のモスク 滞日ムスリムの社会的活動』、山川出版社

清水 芳見(しみず よしみ)/中央大学総合政策学部 教授
専門分野 社会人類学

新潟県出身。1956年生まれ。1981年東京外国語大学外国語学部アラビア語学科卒業(1978年から1979年までエジプト・アラブ共和国カイロ大学文学部アラビア語学科留学)。1984年東京都立大学大学院社会科学研究科社会人類学専攻修士課程修了。1989年東京都立大学大学院社会科学研究科社会人類学専攻博士課程単位取得(1986年から1988年までヨルダン・ハーシム王国ヤルムーク大学考古学人類学研究所客員研究員)。博士(社会人類学、東京都立大学)。

財団法人民族学振興会研究員、東京都立大学人文学部社会学科助手、中央大学総合政策学部専任講師、助教授、ブルネイ王国大学人文社会科学部客員研究員を経て、2003年4月より中央大学総合政策学部教授。

専門は社会人類学で、ムスリム社会の民間信仰が主たる研究テーマだが、近年は、旧満洲国居住者のライフヒストリー研究にも取り組んでいる。

主な著書(単著)に、『アラブ・ムスリムの日常生活 ヨルダン村落滞在記』(講談社)、『イスラームを知ろう』(岩波書店)などがある。