中国語の一般性と個別性を探る
石村 広(いしむら ひろし)/中央大学文学部教授
専門分野 中国語文法論
1. 私の研究
中国語(漢語)は数千年の長い歴史を持ち、その文法体系は複雑で多様性に富む。この言語は、殷代後期(紀元前13~前11世紀)に用いられた甲骨文字の時代にまで遡り、実際に観察することができる。私は、中国語の文法現象を深く掘り下げ、そこに内在する規則性とその言語的特性を明らかにすることを目指している。平たく言えば、「中国語はどんな言語か」を文法学の見地から研究している。
2. 西洋文法と中国語の補語
通説によると、本格的な中国語の文法研究は1898年に刊行された馬建忠の『馬氏文通』に始まるとされる。本書は、西洋語の文法モデルに基づいて中国語の文法体系を論じた最初の著作である。この時期に現れた文法書はほとんどが『馬氏文通』に倣ったために、西洋語と中国語の差異は深く考慮されなかったが、1940年代に入り、王力や呂叔湘といった優れた言語学者が現れて、ようやく中国語独自の文法体系の究明が試みられるようになった。その後今日に至るまで、実に夥しい数の分析がなされてきた。こうした努力にもかかわらず、斯界の研究は未だに西洋文法の直輸入から脱却できていない。このことを示す事例の一つとして、「補語」を挙げることができる。
中国語の補語(complement)は、一般言語学でいう補語とは異なり、述語動詞の後ろに置かれる目的語(名詞性成分)以外の文法成分を一括りにした文法カテゴリーである。結果補語、単純方向補語、複合方向補語、可能補語、様態補語、程度補語、動量補語、時量補語、前置詞補語など種類や性質の異なるものがこのカテゴリーに含まれている。補語を「文法のくず籠」と揶揄する学者もいるほどである。中国語学習者にとって、補語の習得が難所になっているのも頷ける。無論、このような不都合の原因は、中国語にあるのではない。記述する側にある。以下では、補語の問題点について、英語との比較を交えながら、中国語の結果構文を例に考えてみたい。
3. 英語と中国語の違い
「結果構文(または結果表現)」とは、因果関係にある2つの出来事によって対象物に状態変化が引き起こされる文、つまり行為と結果を表す文を指す。下の用例は、原因を表す動詞に他動詞を用いた典型的な結果構文である。
(1)
a. He broke the vase to pieces. (彼は花瓶をこなごなに砕いた)
b. She painted the wall white. (彼女は壁を白く塗った)
(2)
a. 他打碎了花瓶。((1a)の訳に同じ)
b. 她刷白了墙壁。((1b)の訳に同じ)
英語の結果構文は、いわゆる第5文型(SVOC)を使って構成される。(1a)の文では、彼が花瓶に打撃を加えるという出来事が原因となり、その花瓶が砕けて粉々になるという出来事が生じたことが述べられている。同様に、(1b)の文では、彼女が壁にペンキを塗るという出来事によって、その壁が白くなるという出来事が生じたことが述べられている。結果を表す成分"to pieces"や"white"は、結果述語と呼ばれる。一方、これらの英語に対応する中国語の結果構文には、(2a)や(2b)の文のように、通常、「動詞+結果補語」構造が用いられる。中国語は英語と同じくSVOを基本語順とする言語だが、この種の結果構文には複合述語が用いられる("他打花瓶碎了"は容認されない)。結果を表す成分には、実詞、すなわち非意志性の自動詞または形容詞が用いられる。
典型的な用例を比較すると、語順以外には両言語の間に大きな違いは見られない。ところが注意深く観察すると、英語では不可能な組み合わせを中国語が許容することに気づく。
(3)
a. 小王放乱了顺序。(意訳:王君は順番をめちゃくちゃにした)
b. 邻居吵醒了孩子。(意訳:隣人が騒いで子供を起こした)
(3a)の文では、王君のある物を置く("放")という行為によって、そこに置いてあった物の順番がめちゃくちゃになる("乱")という事態が引き起こされたことが述べられている。"放"は他動詞だが、"放顺序"(順番を置く)とは言えないから、ここでは自動詞のように振舞っている。同様に、(3b)の文では、隣人が騒いで("吵")、その結果、寝ていた子供が目を覚ます("醒")という事態が引き起こされたことが述べられている。"吵"は自動詞、"醒"も自動詞だが、これらが複合化すると、後ろに目的語を取ることができるようになる。
さらに中国語では、"修好"(修理する)や"洗干净"(きれいに洗う)のような通常の組み合わせのほかに"修坏"(直そうとして壊す)や"洗脏"(洗って汚す)といった行為の目的とは正反対の結果までも複合述語を使って表現することができる。英語のShe washed the clothes dirty.は、明らかに容認されない文である。
なぜ中国語ではこのような「特殊な」組み合わせが容認されるのか。ここは一つ、発想の転換が必要とされるところである。
4. 中国語結果構文の形成パタン
前述のように、中国語結果構文の結果を表す成分には、非意志性の自動詞または形容詞が用いられる。これらは他動詞用法をもたない述語類である。言い換えると、これらの述語に対応する他動詞用法は、上に例示したような複合述語なのである。この言語事実を踏まえると、当該構文は次のような形成パタンをもつと捉えることができる。
(4)
a. 碎(砕ける)→ V碎(砕く) [×他碎了花瓶。]
b. 白(白い)→ V白(白くする) [×她白了墙壁。]
(5)
a. 乱(乱れている)→ V乱(乱す) [×他乱了顺序。]
b. 醒(目覚める)→ V醒(目覚めさせる) [×邻居醒了孩子。]
成語などの一部の慣用的な言い回しを除くと、中国語の結果成分は他動詞用法をもたない。(4)のように自動詞"碎"や形容詞"白"を「~を砕く」や「~を白くする」と他動詞的に使用したければ、"打碎"や"刷白"のように原因を表す動詞(V)を加えなければならない。「結果」(すなわち補語)に「原因」を付け足すのである。この説明の妥当性は、歴史文法の角度からも裏付けることができる(紙幅の都合により省略する)。結果成分がどの動詞をその前に添加するかは、2つの出来事の間に直接的な因果関係が認められるかどうかや慣用化の度合いによって決まる。"放乱"(置いて乱す)や"修坏"(直そうとして壊す)などの組み合わせが容認されるのは、そのためである。
5. 中国語の個別性――「結果」重視
要するに、中国語の結果構文を構成する2つの述語は、英語のような支配・被支配の関係ではなく、並置の関係にある(これを「動詞連続構造」と称する)。両言語の結果構文における形成パタンの違いは、次のように示すことができよう。
上の図式は、英語と中国語が異なる視点から現実世界で起きた出来事を把握し、言語化していることを表している。英語の結果構文の視点は、行為者の側から真っすぐ結果へと向けられる。結果述語は行為動詞によって支配されている。英語とは対照的に、中国語の視点の方向は、結果から行為(原因)の側へと向けられている。「補語」を基点とする構文形成のメカニズムは、中国語の他の重要構文にも反映しているように思える。
すでに定着している伝統文法の補語の枠組みは、今後も使われ続けるに違いない。それでも、ここで述べた個別性の観点から、その中身を精査し、中国語にとって真の意味での補足語とは何かを議論する余地はある。中国語が原因行為よりも結果状態の方に視座を置くという観察は、西洋語(主に英語)をベースにして構築された文法理論では捉えきれずに「特殊性」を強調することの多かったこれまでの中国語文法研究に対して、新たな展開の可能性を示唆するものと考える。
参考文献
- 石村広 2011 『中国語結果構文の研究――動詞連続構造の観点から――』、東京:白帝社。
- 影山太郎 1996 『動詞意味論――言語と認知の接点――』、東京:くろしお出版。
- Tai, James. 1984. "Verbs and Times in Chinese: Vendler's Four Categories," Papers from the Parasession on Lexical Semantics, 289-96. Chicago Linguistic Society.
石村 広(いしむら ひろし)/中央大学文学部教授
専門分野 中国語文法論東京都出身。1992年慶應義塾大学文学部卒業。1998年東京都立大学院人文科学研究科修士課程修了。2008年東北大学大学院文学研究科言語科学専攻博士後期課程修了。博士(文学)。成城大学専任講師・助教授(准教授)、二松學舍大学准教授・教授を経て、2011年より現職。
現在は、中国語における古代語と現代語の継承関係について、類型学的観点から研究している。
主な研究業績に、“动结式的致使意义和使动用法的双音化”[漢語結果構文の使役義と使動用法の複音節化]、《当代语言学》2016年第3期(中文精品学术期刊双语数据库收录论文)、“汉语动结式在语言类型上的两面性——从藏缅语的自动和使动的对立谈起”[漢語結果構文の言語類型における二面性――チベット・ビルマ諸語の自動・使動の対立から]、《世界汉语教学》2019年第4期(中国人民大学复印报刊资料《语言文字学》收录论文)等がある。