研究

開発社会学と東南アジア研究のはざまで

山田 恭稔(やまだ やすとし)/中央大学国際経営学部教授
専門分野 開発社会学、地域社会学、東南アジア研究

私の研究

 私は、大学教員になる前、開発コンサルタントおよび専門家として「開発協力」・「国際協力」の仕事に25年以上従事していました1,2。国際協力機構(JICA)をはじめとする日本政府による二国間技術協力のみならず、国連開発計画(UNDP)、国連食糧農業機関(FAO)、スウェーデンに本部を置く国際NGO、現地草の根NGOなどと一緒に、社会開発や生計向上に関わる様々な分野の国際技術協力プロジェクトに私は携わりました。その際、開発社会学に焦点を置く私は、地域社会に関わる多様な人々が、プロジェクト活動に参加できるようになる要因やその動機、新しいことに挑戦するというリスクを取り得るための礎やセーフティネットという観点を重視していました。

開発がもたらす社会的影響

 開発社会学(Sociology of Development)の研究テーマの1つには、開発プロジェクトがもたらす社会的影響を捉えることがあります。このプロジェクトには、通常、一定の期間内に期待される成果や目的があり、その達成のために、人材、物資、資金、情報などを投入し活動を実施します。期待される成果や目的の達成が目指される一方で、そのプロジェクトは、意図しないネガティブな結果や、間接的なまたは中長期的な視点から捉えると負の影響をもたらすことがあります。そして、それらのネガティブな結果や負の影響は、地域社会のある弱い部分やある社会的弱者グループに生じることが少なくありません。プロジェクトが意図しないネガティブな結果や負の影響をできるだけ少なくし、達成された成果や目的の効果が持続・波及するために、もたらされた社会的影響やその教訓の明確化が求められています。

地域社会のメカニズム

 また、「開発の受け手」と見なされがちな地域社会のメカニズムを捉えることも私の研究テーマです。国際協力プロジェクトは、地域社会からの視点では、社会的介入行為であり、地域社会はこの介入を受ける側にあります。地域社会は静的ではなく、動的なものですから、この介入行為にも反応します。ではその際、上述した社会的影響との関係で、地域社会がどのように反応することが望ましいのでしょうか? 

 この問いを考える礎として、「地域社会を理解する」ことが不可欠です。地域社会に関わる存在には、老若男女の様々な住民が生活を営み続ける世帯だけではなく、行政、市場、さらに地域の様々な組織集団があります3。そして、この「地域社会を理解する」とは、これらの存在を把握し、それぞれが有する能力や経験を理解し、それらの人々や組織の間の関係性に基づく地域社会のメカニズムや協働のダイナミズムを分析することを意味します4

 これらを理解した上で、地域社会の開発にとっての適切な目的や方向性、そして適切なスピードを、介入する側のみによってではなく、地域社会に関わる様々な人々や組織が自らの手で決めていくことが、地域社会にとって効果が持続する開発のために望ましいと考えます5。これに伴って、最初から上手くいくとは限らない新しい試みに挑戦し得るような、地域の人々が失敗しても立ち直れるためのセーフティネットや支え合いの仕組みについても関心を払っています。換言すれば、これらは自治のテーマに関連します。

地域研究のフィールド

 これらの研究テーマとともに、私はこれまでにインドネシア、カンボジア、フィリピン、タイ、ラオスといった東南アジアの様々な社会と関わってきました。特にタイをはじめとする東南アジア大陸部との繋がりは30年以上にわたり、現在にも及んでいます。そして、東南アジアの国々とそこに存する地域社会を複眼的に理解する上で、歴史、政治、経済、社会、文化などの学際的視点から捉える地域研究(Area Studies)のアプローチも私は重視しています。

 東南アジアの人々は、民族、宗教、人種、ジェンダー(性差による社会的役割)などの面で、多様性に非常に富んでいます。また、政治体制や経済の仕組みについても、社会主義国の場合はもちろん、一見、民主主義や資本主義のそれと呼ばれても単純に一括りにできません。そして、その社会変容のあり方は、人々の多様性や地域の特性も加味すると、さらに複雑です。

 ここで、先述した、地域社会の開発にとっての適切な目的や方向性、そして適切なスピードに関連する一例を挙げます。

 ラオス北部の山岳地域で暮らすカムー族のある集落の村人たちは、その土地に定住した約60年前から、自分たちで作った木製の樋を50mほど繋ぎ合わせて山腹の水源から水を引いた共同生活給水施設を活用し続けていました6。そして、この共有資源の維持管理は、木をくり貫いて作った樋を繋ぎ合わせるという村人たちの間で継承されている土着の技術に基づき、村人総出で3年ごとに樋の作り替えを行うことでなされます。一方、この村では自給できる米が年間を通して十分ではなく、米が不足する時期には自給のトウモロコシや森からの採取物で凌ぎながら暮らしを成り立たせていました。このような生活からは、村の定住地決定という重大事をめぐる村人たちの合意形成のプロセスの中で、生活用水の供給確保が彼ら自身の間で極めて優先度の高いニーズとして認識され合意が図られたことがうかがえます。そして、生活用水という資源の利用が暮らしを支える上で不可欠だと村人たち皆んなが位置付けたことによって、給水施設を建設する合意、村人総出での定期的な維持管理という規範が生み出されていたことがわかります。

フィールドからの学び

 この事例では、自らの生活にとって優先度の高いニーズを、多数決のような一度の決定が住民たちの関係に亀裂を生みかねない形では決めずに、その土地で暮らし続けなければならない住民たちが互いに納得できるように議論を粘り強く重ねて合意を図るプロセスの中で明確化しています。住民間に亀裂を生まず、仲間はずれを出さずに合意を作り出していくプロセスの中には、社会的弱者と呼ばれるような人々をも排除しないという、住民たちの生活状況での配慮、生きる上での誇り、さらに、「開かれている(open)」という観点での公共性7も垣間見られます。この合意の図り方は、セーフティネットや社会関係性資本(Social Capital)と呼ばれるものの方向性を、その地域社会での住民たちの配慮や誇りで裏打ちしつつ、示していると思います。

 そして、私たちにとって、「開かれている」公共性を伴ったこのような合意形成のあり方に誠実に向き合うことは、「誰一人取り残さない」というその原則を貫きながら私たちが持続的な開発目標(SDGs)に真摯に取り組む姿勢にも通じ、ひいては、地域社会の開発の方向性に私たち一人ひとりが影響を及ぼし得ることも示唆しています。さらに、私たちの地域社会が、社会的弱者と呼ばれる人々との間にも、「つながり」や「役割」や「居場所」をもたらしているのか8という点にも改めて注意を喚起していると思います。このように、多様性と複雑さに満ちた東南アジアというフィールドとの関わりは、地域社会のメカニズムや協働のダイナミズムを研究する私に様々な示唆と新たな視点をもたらしています。


【参考文献】

1 外務省 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/about/oda/oda.html
2 国際協力機構(JICA) https://www.jica.go.jp/cooperation/know/cooperation.html
3 大濱裕、『参加型地域社会開発の理論と実践―新たな理論的枠組みの構築と実践手法の創造―』(ふくろう出版、2007)
4 Shigetomi, S. and Okamoto, I. (ed.). Local Societies and Rural Development: Self-organization and Participatory Development in Asia. Edward Elgar, 2014.
5 山田恭稔、「方法論としてのPLA」、プロジェクトPLA(編)、『続・入門社会開発―PLA:住民主体の学習と行動による開発』(国際開発ジャーナル、2000)
6 山田恭稔、「資源のコミュニティ・マネジメント」生江明 他(編)『コミュニティマネジメント』(日本福祉大学通信教育部、2002)
7 ハンナ・アレント(志水速雄 訳)、『人間の条件』、(ちくま学芸文庫、1994)
8 阿部彩、『弱者の居場所がない社会:貧困・格差と社会的包摂』、(講談社現代新書、2011)

山田 恭稔(やまだ やすとし)/中央大学国際経営学部教授
専門分野 開発社会学、地域社会学、東南アジア研究

東京都出身。1988年 米国 ドゥルー大学教養学部政治学科卒業。1991年 米国 州立ウィスコンシン大学マディソン校 社会学・農村社会学大学院 修士課程修了。2005年 タイ国 チェンマイ大学大学院 社会科学と持続的開発のための地域センター 博士課程満期退学。25年以上にわたる「国際協力」での様々な実務経験を経て、2019年より現職。

現在は、開発における地域社会のメカニズムについて、および、日本に在住する外国籍住民と地域社会の関係性について等を課題として開発社会学の立場から研究している。