研究

ジャパン・ハンズの同盟論

玉置 敦彦(たまき のぶひこ)/中央大学法学部准教授
専門分野 国際関係論

ジャパン・ハンズ

 エドウィン・ライシャワー(Edwin O. Reischauer)という人の名前を聞いたことはあるでしょうか?ハーバード大学の高名な日本研究者で、1961年から66年まで、駐日米国大使を務めました。夫人は元老・松方正義の孫娘であるハル・ライシャワー。日米関係に大きな足跡を残した大使として知られています。

 このライシャワー率いる大使館には、多くの日本専門家が集いました。戦時中、日本は英語教育を敵性語として抑圧しましたが、アメリカは情報収集のためにかえって日本語教育を大きく拡大します。こうして設置されたのが米陸海軍日本語学校であり、ここから戦後の日米関係を担う多数の人材が輩出されました。日本文学の研究者として名高く、東日本大震災ののちに日本国籍を取得したドナルド・キーン(Donald Keene)もその一人です。

 ライシャワーの後任として1966年から69年まで駐日大使を務めたU・アレクシス・ジョンソン(U. Alexis Johnson)も、戦前から日本を担当してきた外交官でした。その下で首席公使を務めたデイヴィッド・オズボーン(David L. Osborn)、特別補佐官(のちにコロンビア大学教授)に着任したジェームズ・モーリー(James W. Morley)、さらに国務省初の日本部長(country director)となったリチャード・スナイダー(Richard L. Sneider)といった人々は、やはり米陸海軍日本語学校の出身です。

 こうした日本に関わりの深いアメリカの外交官―彼らをジャパン・ハンズ(Japan hands)とよびます―が日米関係の最前線に集ったのが、1960年代という時代でした。そしてこのジャパン・ハンズに注目した論文が、私の研究の原点となっています(玉置敦彦「ジャパン・ハンズ―変容する日米関係と米政権日本専門家の視線、1965-68年」『思想』1017号、2009年、102-132頁)。どんな研究だったのか、そこからどのように議論が広がってきたのか。私が専門とする国際政治学の理論的な視点も交えながら、ご紹介してみたいと思います。

本土基地削減と沖縄返還―1968年

 この時期の日米関係には、2024年現在とは大きく異なる点が二つあります。まず、現在の沖縄と同様に、日本本土にも巨大な米軍基地が点在していました。中央大学の周辺でいえば、現在の昭和公園(東京都立川市・昭島市)は米軍基地の跡地です。また大きな住宅街が広がっている光が丘(東京都練馬区)も米軍の施設でした。読者のみなさんの地元にもその名残があるだろうと思います。そして何よりも、沖縄は日本政府ではなく、米軍が統治していました。したがって1958年に沖縄から甲子園に出場した首里高校の球児は、甲子園の土を持ち帰ることもできませんでした。「外国」の土は検疫の観点から問題とされてしまったからです。

 こうした事態が解消へと向かいはじめたのが、1960年代という時代です。1968年には日本本土基地を大幅に削減するという方針が米政府内部で固まり、70年代半ばまでに日本側に返還されていきました。1969年には沖縄の返還が発表され、72年には復帰が実現します。ただし、沖縄の米軍基地の削減は進みませんでした。この二つの事象が相まって、現在では、在日米軍基地の実に七割が沖縄に集中するという事態が生じてしまっています。良くも悪くも、現在の沖縄基地問題の原型は、この時期に固まったといってよいでしょう。

 日本本土基地削減と沖縄返還という二つの政策を主導したのが、ジャパン・ハンズでした。ある国を専門とする外交官は、その国のことに過度に配慮する傾向がある、などという俗説があります。ジャパン・ハンズも日本のことを思って基地や沖縄の返還を推進した、と考える人もいるかもしれません。まったくそのような気持ちがなかったわけではないとは思います。しかし外交官はその国を代表して国益を守ることが職業的な使命です。ジャパン・ハンズもまた、アメリカの国益のために働くプロフェッショナルでした。では基地や沖縄を日本に返還することで、アメリカはどのような利益を得たのでしょうか?

「大国日本」への不安

 簡単にいえば、アメリカが得た利益とは、日本を同盟国として確保し続けるということそのものでした。この時期、日本は高度経済成長の最中で、その国力を急速に伸ばしていました。また1960年代後半期に入ると、沖縄問題、基地問題、さらにこの頃懸案となったベトナム戦争(1965年~75年)をめぐって、日本国内ではアメリカに対する厳しい批判が沸き起こり、大規模な反戦・反米デモが展開されるという状況が生じていました。

 こうした事態を前にしたジャパン・ハンズは、これを経済成長に伴う日本の「ナショナル・プライド」の復活の兆候と捉えました。そして米軍基地や沖縄統治の存在がこれを逆なでしており、このまま問題を放置すればいずれ日米同盟は破綻してしまうと危惧しました。そして同盟から離反した日本は―いまの時点からみると奇妙なことですが―この復活したナショナリズムに支えられた自立した大国となり、そのとき日本は核武装に踏み出すとも真剣に恐れていたことが、アメリカの国立公文書館や大統領図書館に所蔵されている一次史料から確認できます。

 こうした事態を未然に防ぐためには、自民党に代表される親米的な政治勢力が安定的に日本を統治する状況を維持することが必要でした。そのためには、日本政府が親米路線をとることを難しくするような懸案を解消することが必要でした。したがってジャパン・ハンズは、沖縄を返還し、また基地を削減することが、日米同盟の維持に不可欠と考えたのです。

拘束・行動抑制・負担分担

 このように、アメリカのような強大な国家は、その同盟国に戦略的価値を見出す限り、同盟から離反させないように腐心します。これを国際政治学の一分野である同盟論では、同盟国の拘束(binding)とよびます。とはいえ日本が同盟に留まっていればアメリカは満足するのか、といえば、それはそうではありません。

 そもそも、アメリカはなぜ同盟を結ぶのか。アメリカは当時も現在も自国の領土を守るには十分すぎるほどの軍事力を持っています。アメリカが同盟国に求めるのは、自国に有利な国際環境、いわば国際秩序を形成することへの協力です。アメリカに友好的な民主的な国家を各地に建設し、アメリカ企業が自由に活動できる経済環境を整え、これを安定的に運営するための国際制度を建設する。こうした国際秩序の維持と構築に対する内政・外交にわたる全面的な協力を、アメリカは同盟国に求めてきました。具体的には、同盟国がこうした国際秩序を撹乱しないように求める行動抑制(restraint)と、同盟国がその維持と拡大に協力するよう求める負担分担(burden sharing)です。

 つまりアメリカは、同盟国を繋ぎ止め(拘束)、同時に操作(行動抑制・負担分担)しようとしてきたわけで、この二つのベクトルの間にはしばしば矛盾が生じます。同盟国に負担分担あるいは行動抑制を求めたら反発され、その離反を懸念して拘束を重視せざるを得なくなる、といった事態です。

 そしてこうした目標を実現するために、アメリカは譲歩と圧力を駆使して同盟国に働きかけを行いますが、その選択肢もこの政治力学によって制約されます。ではどのような時に、またなぜアメリカは同盟国に譲歩し、あるいは圧力を行使するのか。この理論的な課題については紙幅の関係で詳しく述べることはできませんが、近著で詳しく議論しましたので、そちらをご覧ください(玉置敦彦『帝国アメリカがゆずるとき―譲歩と圧力の非対称同盟』岩波書店、近刊)。

教育と研究―専門演習・国際政治学特講(3・4年・大学院合併ゼミ)

 この書籍では、1960年代の日米同盟のみならず、同時期の韓国とフィリピン、そしてさらに他の時期の多くの同盟に言及しています。これはもちろん私個人の責任で執筆したものですが、同時に中央大学法学部及び法学研究科の学生・院生のみなさんとともに、学んだ成果でもあります。

 2019年に中央大学に着任して以来、3・4年生通年の専門演習と院生向けの国際政治学特講を合併した「同盟の研究」と題したゼミを継続して開講しています。このゼミでは、履修者のみなさんに戦後のアメリカの同盟を一つ選んでもらい、その枠内で自由に研究をしてもらっています。基地・核・インテリジェンス・軍事介入・経済・植民地問題・大国間競争などなど、それぞれの関心に基づく思いもかけぬ研究が提起され、またアメリカの同盟という共通項があるために活発かつ有意義な議論が展開されており、私も毎週多くを学んでいるところです。

 研究と教育を密接に関連させつつ、教鞭をとることができていることは大学教員としての何よりの喜びです。中央大学法学部・法学研究科の学生・院生のみなさんに心から感謝したいと思います。

玉置 敦彦(たまき のぶひこ)/中央大学法学部准教授
専門分野 国際政治学

1983年生まれ。東京大学法学部卒業(2006年)、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(2014年)、博士(法学)。

専門は同盟論、日米関係史、アジア太平洋国際関係。

Boston University(フルブライト奨学生)及びYale University(Department of History)に留学。

主な業績として、“Japan's Quest for a Rules-based International Order: The Japan-U.S. alliance and the decline of U.S. liberal hegemony,” Contemporary Politics, Vol. 26, No. 4 (2020); “Japan and International Organizations,” (with Phillip Y. Lipscy) in Robert J. Pekkanen and Saadia M. Pekkanen eds., The Oxford Handbook of Japanese Politics (Oxford University Press, 2022); Like-Minded Allies? Indo-Pacific Partners’ Views on Possible Changes in the U.S. Relationship with Taiwan, (with Jeffrey W. Hornung, Miranda Priebe, Bryan Rooney, M. Patrick Hulme, and Yu Inagaki) RAND Corporation, RR-A739-7, (2023). 「ジャパン・ハンズ―変容する日米関係と米政権日本専門家の視線、1965-68年」『思想』1017号(2009年)。「ベトナム戦争をめぐる米比関係―非対称同盟と『力のパラドックス』」『国際政治』第188号(2017年)。『帝国アメリカがゆずるとき―譲歩と圧力の非対称同盟』岩波書店(近刊)。