研究

分散Webの時代に向けて

小花 聖輝(こはな まさき)/中央大学国際情報学部准教授
専門分野 Webシステム

World Wide Webの歴史

 World Wide Web (WWW: ウェブ)が誕生して20年以上が経ち、今では仕事や日常生活においてもなくてはならないものとなっております。WWWは、文書の中に他の文書への参照(ハイパーリンク)を埋め込んだハイパーテキストを使用して、インターネット上の文書が相互参照できるようにするシステムです。ハイパーテキストはWebサーバと呼ばれるコンピュータに配置され、利用者はWebブラウザを呼ばれるクライアントソフトウェアを使うことでハイパーテキストを閲覧できます。

 かつてはWWWにコンテンツを公開しているのは企業など一部の人たちで、利用者は公開されたコンテンツを閲覧するだけで、公開されているコンテンツも事前に用意されたものでした。それから、Common Gateway Interface (CGI)と呼ばれる仕組みが導入され、電子掲示板やチャットシステムなどが登場したことで利用者間でのコミュニケーションがとれるようになりました。2000年代に入ると様々な技術が普及し、ブログやSNSなどが気軽に利用できるようになりました。これによって、今までは一部の人だけがコンテンツを公開していた状況から、誰でもコンテンツを公開し情報発信できるようになります。更に動画共有サイトや画像共有サイトなども普及していきました。これらは動画や画像などのコンテンツを利用者が公開するため、Consumer Generated Media (CGM)と呼ばれています。他にもECサイトやオークションサイトなどでは利用者が商品を出品できるなど、WWW上で提供されるサービスは多岐に渡ります。

World Wide Webの抱える問題

 一方でWWWは様々な問題を抱えています。その中でも、ここでは2つの問題について述べます。

 1つはWebサーバに対するアクセス集中です。SNSなどで人気になった商品や先着順での販売商品などの購入ページがなかなか表示されない、動画が再生されない、あるいは途中で止まってしまう、ゲームなどで操作が反映されないなどの現象を体験した人も少なくないでしょう。これは、ページを提供しているWebサーバへ多くの利用者が同時にアクセスすることで発生します。Webサーバは一度に処理できる件数に限界があるため、限界を越えた量のアクセスが増えれば増えるほどすると待ち時間が増加します。結果としてなかなかページが表示されないという現象が起こります。

 もう1つの問題点は特定の企業の支配力が強まることです。様々な人がコンテンツを発信できるようになりましたが、そのコンテンツを発信するプラットフォームは特定の企業が担っています。そうなれば、利用者は企業の方針の影響を受けることになります。不適切なコンテンツの蔓延を防げるといった利点もありますが、自由な情報発信が妨げられるといった問題点もあり、特定の思想や意見が封殺されるケースもあります。また、企業側の思惑が分からないケースもあり、利用規約や法律に違反していないのにアカウントが停止される事例もあります。

分散Web

 Webサーバへのアクセス集中の負荷を分散させるために、複数のサーバを用意し、利用者からのリクエストを各サーバに振り分ける方法などが使われています。この方法の他にも、Contents Delivery Network (CDN)と呼ばれる方法も使われています。CDNでは数多くのキャッシュサーバを用意し、Webサーバのコンテンツをこれらのキャッシュサーバへ一時的に保存します。利用者は自分の場所から最も近い場所にあるキャッシュサーバからコンテンツを取得することで、Webサーバへのアクセス集中を回避することができます。

 特定企業の支配力が強まる問題に対しても様々なアプローチがされていますが、特に目立った出来事の1つは分散SNSの登場です。脱中央集権型のSNSとして注目されており、主にX (Twitter)からの移行先として話題に挙がります。2016年に登場したMastodonの他にも、MisskeyBlueskyなどがあります。これらの分散SNSは企業・個人問わずサーバを用意することが可能で、利用者はいずれかのサーバに登録します。サーバ同士を接続することも可能で、接続されたサーバ郡を連合と呼びます。この連合の仕組みにより、利用者は他のサーバに登録した利用者ともやりとりが可能になり、このような枠組みのことをFediverseと呼びます。また、分散SNSを構築するためのプロトコルとしてActivityPub[1]Nostr[2]AT Protocol[3]などが開発されています。

 また、これらの方法の他にもブロックチェーンを利用したSNSなども登場しており、分散Webの動向には注目が集っています。技術的な課題や法的な課題なども残されていますが、これから徐々に普及していくでしょう。

クライアントを使った負荷分散

 筆者はこれまで、複数台のWebサーバを用いた負荷分散の研究をしてきましたが、現在はクライアントを利用した負荷分散の研究を行っています[4] [5]。従来のWebWebブラウザとWebサーバの通信により成り立っており、複数の利用者間で情報共有するためにはWebサーバを介する必要がありました。しかし、WebRTCというWebブラウザ間での通信をサポートするプロトコルが登場したことによって、Webサーバを介さない情報共有が可能になりました。そこで、WebRTCを使ってWebブラウザ同士を相互接続したネットワークを構築することでWebサーバの負荷を各クライアントへ分散させる方法を試みています。セキュリティ面での問題やネットワーク最適化の問題、利用者の参加/離脱が予測できないなどまだ多くの問題がありますが、この方法を使って少数のWebサーバでもサービス提供ができ、金銭面、管理面でのコストを低減することを目指しています。


<文献目録>
[1] "ActivityPub," [オンライン]. Available: https://www.w3.org/TR/activitypub/.
[2] "Nostr," [オンライン]. Available: https://nostr.com/.
[3] "AT Protocol," [Online]. Available: https://atproto.com/. [Accessed 7 12 2023].
[4] M. Kohana, S. Okamoto and I. Atsuko, "Optimal Data Allocation and Fairness for Online Games," International Journal of Grid and Utility Computing, 2014.
[5] M. Kohana , S. Okamoto, "A Preliminary Study of a Hybrid Data-Sharing Network for Web-Based Virtual Worlds," International Conference on Network-Based Information Systems, Springer Nature Switzerland, 2023.

小花 聖輝(こはな まさき)/中央大学国際情報学部准教授
専門分野 Webシステム

2013年成蹊大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。博士(理工学)
成蹊大学理工学部助教、茨城大学工学部助教を経て2019年より現職。
International Workshop on Web Services and Social Media, Co-chair.

Webアプリケーションにおける負荷分散手法、日常生活のためのWebアプリケーション、コンテンツの自動分類の研究に従事。