研究

租税教育の課題と展望

酒井 克彦(さかい かつひこ)/中央大学法科大学院教授
専門分野 租税法、税務会計

はじめに

 租税教育とは租税の意義を含め租税制度全般に関する教育である。いわばリテラシーとしての租税に関する教育であるから、その本質は租税リテラシー教育であるともいえる。

 租税教育とは、「税」を通じて社会を考えることのできる人を育てる教育であり、換言すれば、社会人を育むという意味を有している。すなわち、「市民としての活動的な役割を果たす準備をする」というイギリスのシティズンシップ教育[i]の理念に親和性を有する教育活動と位置付けられるべき極めて有益なプロジェクトである。

 政府税制調査会が令和5年6月に発表した答申「わが国税制の現状と課題―令和時代の構造変化と税制のあり方―」の最後には、「税に対する理解を深めるために」と題した次のような記述がある。すなわち、「新たな時代の動きに適切に対応した『あるべき税制』の具体化を進めていくためには、私たち一人ひとりが社会を支える税のあり方について主体的に考え、受益と負担のあり方について国民的な論議を深めていくことが重要です。働き方の多様化等が進展し、納税者として税と関わる機会が増加する中、分かりやすい税制の構築とともに、制度への正しい理解を促進することも不可欠となってきています。」とした上で、「将来の社会を担う子どもたちが早くから税について学び、その意義・役割等について考える機会を持てるよう、学校教育をはじめ、家庭や社会教育の場において租税教育を更に充実させるとともに、若者を含む多様な世代が、税のあり方について自ら考え議論に参画できるよう、政府による積極的な発信も通じて、議論を喚起していくことが求められます。」というのである。

 かかる答申が論じるように、租税教育の重要性が今改めて問われている。本稿では、租税教育の重要性の再確認と租税教育を巡る新たな試みについて簡単に紹介することとしよう。

Ⅰ 租税教育の重要性

 租税教育の機運が高まったのは、ごく最近のことである。すなわち、平成23年度税制改正大綱において、租税教育の重要性が論じられたことがその1つの契機となったといえよう。これを受けて、国税庁のみならず、日本税理士会連合会など関係民間団体における学校教育現場における租税教室の展開が充実を見せるようになり、今日では、租税教育は税理士の重要な役割の1つになっているといっても過言ではない。

 租税教育は民主主義教育でもあり、納税者としての主権者教育でもある。租税教育は小中学校及び高等学校などにおいてはいわば公民や公共に属する教育内容でもある。国民が租税について必要不可欠なものとしてそれを捉える必要があることはいうまでもない。租税の意義や租税制度に関する理解は民主主義社会における参画者の必須事項であるといってもよく、租税の意義や租税制度に関する無理解・無関心はいわば社会の仕組みへの無理解・無関心をも意味する。

Ⅱ 成人向け租税リテラシー教育の重要性

 他方で、成人向け租税リテラシー教育も次のような2つの側面から重要である。まず、第一に、前述したとおり、政治への関心を持つ主体的な国民の育成である[ii]。第二に、節税商品取引に騙される被害の防止という観点もある[iii]。すなわち、多くの節税商品取引が社会には蔓延している。その中には、相続税負担の重さを業者にあおられて、ニーズの乏しい土地にアパート建築をするようなケースや、金融機関から多額の借入れをしてまで生命保険契約を締結するケースでは、結果的に多額の負債を被る結果となるなどといういわゆる節税商品過誤問題があり、このようなケースは枚挙に暇がない[iv]。これらはごくごく簡単な租税制度についての不知に付け込まれた事例であるといえる。

 かように考えると、租税教育は未成年者に向けてのそれと、成人に向けてのそれのいずれも重要であることが判然とする。

Ⅲ 租税検定の創設

 このような中にあって、一般社団法人日本租税検定協会が租税検定制度を立ち上げた。国民各層が、租税をはじめとする税財政制度の意義や役割、その基礎となる社会の仕組みや動向を学び、社会のあり方を主体的に考えることは、民主主義社会の維持・発展にとって重要である。これまで、次代を担う児童・生徒に対する租税教育は、小学校・中学校・高等学校等の授業に外部講師が講義する「租税教室」と、中学校及び高等学校の生徒による「税の作文」の2つが中心に行われてきた。租税検定は、租税教室や作文で租税と社会に関心を持った児童・生徒に対して、自ら継続して学ぶ機会を提供するものとなる。また、大学生や成人にとっても、正しい知識の習得と確認ができる機会とすることで租税についての積極的な学びの契機を提供しようとするものである。

 租税検定を通じて学ぶ内容は、租税と深く関わる多様な領域を含むものとし、財政を中心とする政府の役割や納税の義務の大切さはもとより、民主主義や公平などの現代の重要な価値観、少子高齢化などの現代社会の動向、税にまつわる歴史や諸外国の制度などを幅広く学習することで、私たちの社会について多面的に理解できるものとして設計することができよう。

 かような学びを通じて、社会や政治との関わり、義務や責任などについて、学習者が自らの生活や将来と関連付けて考えることができるようになり、もって、民主主義国家の維持と一層の発展に寄与することを目指す制度としての租税検定創設の意義は決して小さなものではない。

 租税検定は、租税教育の一層の発展を担うものであるといってもよかろう。かかる検定を通じて多くの国民が租税リテラシーを身に付けられるようにするという新たな試みでもある。

結びに代えて

 本稿では租税教育の新たな試みとしての租税検定を紹介した。

 近時は、金融リテラシー教育の重要性が認知され、令和5年4月からは高等学校における家庭科の教科に盛り込まれたところであるが、他方で、租税リテラシー教育も同様にその重要性が再確認されるべきである。租税リテラシー教育を金融リテラシー教育の一環として捉えることも可能ではあるが、その指向性が異なることからすれば、租税リテラシー教育は公民教育の文脈に位置付けられるものといえる。かような意味では、両者の共通部分と異なる部分が議論された上で、協調的に教育機会の配分がなされる必要があるというべきであろう。


[i] イギリスのシティズンシップ教育については、杉本厚夫=高乗秀明=水山光春『教育の3C時代--イギリスに学ぶ教養・キャリア・シティズンシップ教育一』(世界思想社2008)、北山夕華『英国のシティズンシツプ教育一社会的包摂の試み』(早稲田大学出版部2014)、小玉重夫『シティズンシップの教育思想』(白澤社2003)など参照。

[ii] 酒井克彦「シティズンシップ教育としての租税教育」税理61巻4号160頁(2018)。

[iii] 酒井克彦「消費者教育ないし投資者教育としての租税リテラシー教育」税務事例54巻9号49頁(2022)。

[iv] 酒井克彦「成人向け租税リテラシー教育の必要性と課題―消費者保護としての租税教育―」税法学589号1頁(2023)。

酒井 克彦(さかい かつひこ)/中央大学法科大学院教授
専門分野 租税法、税務会計

1963年2月東京都生まれ。中央大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。中央大学商学部教授を経て、中央大学法科大学院教授。現在、租税法などを担当。その他、中央大学大学院商学研究科、税務大学校などでも教鞭をとる。

主な著書に『スタートアップ租税法〔第4版〕』(2021)、『所得税法の論点研究』(2011。以上、財経詳報社)、『レクチャー租税法解釈入門〔第2版〕』(弘文堂 2023)、『裁判例からみる税務調査』(2020)、『裁判例からみる加算税』(2022。以上、大蔵財務協会)『プログレッシブ税務会計論Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ』(中央経済社)など多数。