研究

反転授業の特徴と設計のポイント

澁川 幸加(しぶかわ さちか)/中央大学文学部特任助教
専門分野 教育工学

はじめに

 皆さんは「反転授業(Flipped Classroom)」という言葉を聞いたことはありますか。反転授業とは、学習者が授業前に教授的な意図をもって設計された活動に取り組んだ後に、授業中に理解の定着や応用・発展を意図された活動へ取り組む授業形態のことです。このように反転授業の「反転」とは、従来の授業と授業外の時間の使い方を「反転」させた特徴に由来しています。この記事では、反転授業の特徴と設計する際のポイントを紹介したいと思います。

反転授業の系譜

 反転授業の概念の萌芽は2000年と言われています(LAGE et al. 2000, BAKER 2000)。反転授業の誕生には、教育のパラダイムシフトと情報通信技術の発展が関係しています。1990年代頃から教授者が何を教えるかという教授者中心から、学習者が何ができるかに焦点をおいた学習者中心へと教育のパラダイムシフトが起こりました。学習者の主体性を求めるような活動を展開したい一方で、有限な授業時間の中で、教員による知識の解説と学生の主体的な活動を両立することは容易ではありません。そこで着目されたのが、コース管理システム及び学習管理システム(CMS/LMS:Course / Learning Management System)の活用です。CMS/LMSを用いることで教材の配布や小テストの効率的な実施、授業外に掲示板上で学生同士が質問や議論をすることができます。"Classroom Flip"を提唱したBAKER (2000) はCMSを活用して、講義の時間を減らし、学習内容の理解と応用に焦点を当てた授業方法を開発することを目指していました。

 その後、反転授業の草の根的な広がりに大きな影響を及ぼしたのが、動画制作の低廉化です。映像制作ソフトの低価格化、YouTubeをはじめとした映像視聴プラットフォームの発展に伴い、教師が動画を自作できる時代になりました。今日よく用いられているFlipped Classroomという語の起源を提唱したアメリカの高校教員のBERGMANN and SAMS (2012)は、2007年から動画を事前学習用教材として使う実践を行っています。繰り返し視聴できる動画は、学習者が理解度に応じて自分のペースで学べるメリットがあります。バーグマンとサムズの実践をきっかけに、事前学習時に動画を見る方法が最もポピュラーな反転授業の進め方として普及していきました。今日では高等教育段階を中心に、世界中でその実践が広まっています。

従来の予習と比較した反転授業の特徴

 ここまでお読みになった読者の中には、「予習と何が違うのか」「結局、動画をみたら反転授業なのか」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。反転授業独自の特徴は、どのようなところにあるのでしょう。

 反転授業の特徴は、3つあります(澁川 2021)。1つ目は、事前学習に取り組んでから授業に参加するという「順序性」です。これは予習と授業の関係と重なります。2つ目は、事前学習と授業が「主と主の関係」にあることです。時に予習は授業の補助的な役割を担い、授業と予習が主と従の関係を持つことがあります。しかし反転授業では事前学習が前提であるため、事前学習も授業も「主」の役割を担います。3つ目は、事前学習と授業が「不可分な関係」にあることです。反転授業では事前学習を前提として授業を展開するため、事前学習と授業の「ふたつ」で「ひとつ」の反転授業を成す、不可分な関係があります。予習した内容が前提とならない授業の場合、両者は可分な関係といえるでしょう。

 予習と反転授業を区別する上でさらに重要な点が、教員による働きかけです。反転授業の本質は授業時間の使い方を「反転」させることにあるため、従来は授業中に有していた要素を事前学習も有することが重要です。従来の授業では、単にテキストを読み上げるだけでなく、学習者を動機づけるような問いかけや内容のまとめなど、教師からの様々な働きかけで構成されています。そのため反転授業の事前学習においても、学習目標の設定や事前教材の着目すべきポイントを提示するといった教授的な側面を有することが不可欠です。単に教科書を読ませるだけの指示では、事前学習に「主」の役割が務まりきれません。

 以上の特徴を踏まえると、「動画を見たから反転授業」「教科書を読むから反転授業ではない」というメディアの種類で反転授業を区別することは本質ではないことが見えてきます。実のところ反転授業の定義を巡っては、事前学習時に動画教材などコンピューターベースのテクノロジーを使用することを定義に含めるか否かで立場が別れています。筆者は上記の理由から、事前学習時のテクノロジー使用を定義に含めない立場を取っています。

反転授業設計のポイント

 反転授業を設計する際のポイントを概観してみましょう(澁川・田口 印刷中)。1つ目は、反転授業を導入する目的を明確にすることです。反転授業は教員と学習者ともに負荷の高い授業方法です。反転授業を実施することが目的化してしまうと、学習者が事前学習に取り組む意義を感じられず、不満が募る可能性があります。授業中にどのような活動をするために事前学習が必要となるのか、逆向きの発想で考えることが重要です。

 2つ目は、事前学習時のサポートと実行可能性を考えることです。反転授業では事前学習が前提となるため、その理解をサポートすることが重要です。具体的には、学習目標やポイントを示すなど、学生が学び方を学べたり、事前学習時に目的意識を持って取り組めたりするような工夫が挙げられます。また、課題の負担が高すぎると反転授業の実行可能性や持続可能性が下がります。そのため、事前課題の量を見積もることや、想定した事前学習時間と実態のズレを早い段階で把握すること、他科目の課題出題の状況と照らして反転授業を実施する授業回を検討することが望ましいでしょう。

 3つ目は、事前学習と対面授業の間の連関性と整合性を高めることです。連関性とは授業中の活動を想定して事前学習を設計したり、事前学習の内容を想定して授業中の活動や声がけを行うなど「事前学習と対面授業の活動の直接的な関係」のことです。もしも授業中に事前学習で学んだ内容が活かされない場合、連関性は低くなります。連関性が低いと学習者が事前学習へ取り組む動機づけが下がりかねません。連関性を高める方法のひとつに、事前学習の後に小テストなど形成的評価をすることが挙げられます。実際、メタ分析の結果によると、反転授業に形成的評価を導入する効果は高いといわれています (LO et al. 2017)。次に整合性とは、反転授業を導入する目的に対応する活動が事前学習や対面授業にあるといった「事前学習から対面授業にかけて一つの方針で貫かれて矛盾がない状態」のことを意味します。例えば、授業中にグループワークをすることを意図して反転授業を導入したものの、授業中にそれを行わないような実践は整合性が低いといえます。

 このように反転授業を設計するには、事前学習と対面授業をひとつの学習プロセスとして捉えて、各学習場面だけでなく両者のつながりを考えることがポイントになります。

おわりに

 本記事では反転授業の特徴と設計のポイントを概観しました。時に「新たな授業方法」と称される反転授業ですが、その根本には、授業者に「学習者とどのような授業を作り上げたいか」を深く考えさせる特徴があります。動画を使うといった技術的な真新しさだけでない特徴にも興味を持っていただけたら幸いです。


参考文献

  • BAKER, J. W. (2000) The "Classroom Flip": Using Web Course Management Tools to Become the Guide by the Side. In Chambers, J. A. (Ed.), Selected papers from the 11th International Conference on College Teaching and Learning, Community College at Jacksonville, Florida, pp. 9-17
  • BERGMANN, J., and SAMS, A. (2012) Flip your classroom: Reach every student in every class every day. International society for technology in education, Washington D.C.
  • LAGE, M. J., PLATT, G. J., and TREGLIA, M. (2000) Inverting the Classroom: A Gateway to Creating an Inclusive Learning Environment. The Journal of Economic Education, 31 (1):30-43
  • LO, C. K., HEW, K. F., and CHEN, G. (2017) Toward a set of design principles for mathematics flipped classrooms: A synthesis of research in mathematics education. Educational Research Review, 22:50-73
  • 澁川幸加 (2021) ブレンド型授業との比較・従来授業における予習との比較を通した反転授業の特徴と定義の検討. 日本教育工学会論文誌, 44 (4):561-574
  • 澁川幸加, 田口真奈 (印刷中) 大学教員への反転授業設計を支援するワークシートの開発と評価. 日本教育工学会論文誌, 48 (1)

澁川 幸加(しぶかわ さちか)中央大学文学部 特任助教 中央大学教育力研究開発機構 専任研究員

1993年生まれ。2017年筑波大学情報学群情報メディア創成学類卒業。2021年京都大学大学院教育学研究科にて博士(教育学)を取得。日本学術振興会特別研究員(DC2)を経て2022年より現職。

2018年 International Symposium on Educational Technology “Best Paper Award” 受賞。2020年日本教育メディア学会論文賞受賞。ブレンド型授業や通信制大学をテーマに、学びの時空間を再考しデザインするための研究を進めている。

主な業績として、澁川幸加, 田口真奈, 西岡貞一 (2019) 反転授業におけるワークシートの利用が対面授業時の学びへ与える影響 ―対面授業時の発話内容と深い学習アプローチに着目して―. 教育メディア研究. 26 (1):1-19などがある。