研究

持続可能な都市の未来をデザインする

原田 芳樹 (はらだ よしき)/中央大学理工学部准教授
専門分野 環境デザイン・都市緑化・都市計画

緑のアダプティブマネジメント

 都市緑化が私のテーマです。このテーマを追求するために、私は米国で15年間に渡り、都市計画の実務と教育、そして先端緑化技術の研究開発に携わりました(1, 2)。例えば、大都市に森を作る実験をしました。ブルームバーグ社の設立者であるブルームバーグ氏は、ニューヨーク市長在任中(2002~2013年)に、持続可能な都市を実現するための、大規模計画を次々と実現しましたが、その一つが街路や公園に新たに100万本の樹木を植えるニューヨーク市100万本植樹計画です。私はイェール大学森林科学研究科のフェローとして参画し、実際に1,300本の樹木を育てる実証実験を通して、最適な樹種の選び方や育て方を特定するためのエビデンスを集めました(3)。植物や土を扱う知識が、ここまで大規模に、ニューヨークのような大都市で検証・応用されるのは珍しいことです。高度に都市化された環境で、植物や土がどのように機能するかは、先行研究が乏しいうえに、気候変動の影響で、降水パターンや気温なども変化しているため、さらに予測が難しくなります。このような不確かな状況でも、100万本植樹計画は、関係者が総出で様々なイベントを継続して開催し、議論や研究、そして実際の植樹を進めました。イベントには市の造園局や自然保護の担当者はもちろん、市内の植物園の専門家や小中高校の教員と生徒、地元の環境デザイン事務所のデザイナーや環境コンサルタントのエンジニア、そして我々のような大学の研究者が含まれます。都市の緑を創りつつ実験し、実験しつつ計画を修正する。このような手法をアダプティブマネジメントと呼びますが、それを盛り上げ、支える社会の在り方こそ、これからの日本が学ぶべき海外事例の特徴だと考えています4,5,6)。

社会の夢のマネジメント

 都市緑化には夢があり、社会を動かす力があります。しかしこの夢は、エビデンスの確立された先端技術だけでなく、噂や思い込みと混ざり合っているため、専門家による検証が必要です。例えば私は大型屋上菜園の実証研究を行いました。大都市に溢れかえる食品ゴミを堆肥化し、屋上緑化用の人工土壌をつくる。そして、都市で頻繁に問題となる雨水や二酸化炭素も有効活用し、屋上で野菜を育て、地元の大都市に直接供給する。このような大きな期待を抱えて誕生したのが、建設当時世界最大の屋上菜園であった、ニューヨーク市のブルックリン旧海軍基地屋上菜園です。私はコーネル大学都市緑化研究所のフェローとして米国農務省(USDA)の支援を受け、5年間に渡り菜園の性能評価を行いました(7, 8, 9, 10, 11)。その結果、野菜を育てるために十分な降水があるにも関わらず、降水時や水やり時には、人工土壌から大量の水が漏れ出し、無駄になっていることが分かりました。そして漏れ出す排水に大量の肥料成分が溶け込むことで、屋上菜園に与えられた量の6割以上に相当する窒素肥料が無駄になり、水質悪化と維持管理費の増大に繋がっていました。この性能評価研究をもとに、私は水と肥料を有効活用するための人工土壌の開発を進め(11,12)、その技術を活用して現在世界最大規模を誇るニューヨーク市のサンセット公園屋上菜園が作られました。大型屋上菜園のように、社会の夢を具現化する緑化事業は、都市計画の現場において急増し、国際的に巨大な市場を形成しています。この力を有効に使い、持続可能な都市を実現するためには、期待と現実のズレを社会に説明しつつ、現実を改善する技術開発が必要とされています (1)。

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写真:ニューヨーク市のブルックリン旧海軍基地屋上菜園(筆者撮影)

日本発のカーボンマネジメント

 私の研究においては、炭が米国と日本の架け橋です。主に植物由来の材料から作った炭をバイオ炭と呼びます。私は人工土壌を作る時の材料や、土壌改良を行う際の資材として、バイオ炭の研究を続けています(11, 12, 13, 14)。前出の屋上菜園の土壌開発でも触れましたが、水分や肥料成分が排水として土壌から無駄に放出される量を抑え、作物が吸収できる割合を格段に増やす技術開発を進めています。バイオ炭には、低炭素社会の実現を目指す技術としても大きな注目が集まっています。例えば伐採した生の植物を放置すると、あっという間に微生物による分解が進み、光合成で固定した二酸化炭素が、大量に大気に放出されます。しかしバイオ炭にすると、微生物による分解がほぼないため、バイオ炭を土に混ぜ込むことや、材料としてバイオ炭を用いて土壌をつくることで、大量の炭素を地中に貯留できます。

 米国で私は、バイオ炭研究の第一人者であるコーネル大学のヨハネス・リーマンと共同研究を続けました。そして2020年の帰国直後に、中央大学理工学部に都市生態学研究室を設立し、長野県の地元企業と竹炭の共同研究開発を進めています(13, 14)。竹は密集し、成長が早く、毎年再生します。したがって竹でバイオ炭をつくると、生産効率を大幅に引き上げることが可能です。また放棄竹林の急速な拡大は、日本の山林生態系の保全に対する脅威となっており、竹の付加価値を向上させ、竹林整備を進めることが必要です。主にバイオ炭研究は、林業が盛んな先進国において進められていますが、木炭が主役であり、竹炭に力を入れている国や地域はほとんどありません。竹炭を活用する土壌技術を確立し、日本発のカーボンマネジメント技術を世界に輸出することを目標としています。

総合理工学としての都市緑化

 21世紀最初の20年間における都市緑化技術を振り返ると、大都市の環境面(Biophysical Dimension)に焦点が当たってきました。具体的には植物、土壌、水、肥料成分などが直接の研究対象であり、本稿で既出の研究は全て該当します。しかし、新型コロナウィルスの流行は、全世界を巻き込んだ様々な実験の契機となり、都市緑化分野の研究開発にも大きな変化をもたらしました。コロナ禍では、都市全体から自宅や部屋に至るまで、様々な空間的スケールで行動が制限されたことにより、健康やウェルビーングの水準低下が社会問題となりました。この問題が露呈した瞬間に、世界中で無数の研究プロジェクトが始まり、都市で暮らす人々の行動圏を包み込む環境デザインを精査し、人々の主観的な幸せや健康の水準に与える様々な影響が報告され始めました。その結果、代表的な国際論文誌において、都市緑化が健康やウェルビーングの維持や向上に貢献する事例が多数報告されるようになりました。これは都市緑化が、大都市の環境面(Biophysical Dimension)と人間の側面(Human Dimension)の両面を統合して扱う、新しい時代の幕開けを意味しています。私の研究室においても、環境分野での都市緑化研究に加え、都市緑化が持つストレス緩和効果や、関連するデザインが来訪者に与える印象特性、そしてこれらの効果やデザインに対する人々の支払い意思額など、都市緑化が人間に与える様々な影響を定量化するための、一連の手法確立に取り組んでいます(15, 16)。

 私は社会の現場では、エビデンスにもとづいた実務の在り方を、そして研究機関にいる時は、社会の現場で役立つ技術開発を追求してきました。このように、科学の現場と現場の科学を両方理解していること。そして国境と分野を超え、6つの大学で、理工系、農学系、デザイン系といった分野を横断して都市緑化に取り組んできたこと。この2つを最大限に生かし、総合理工学としての新しい都市緑化の世界を切り開いていきたいと考えています。


(1)原田芳樹. (2015). 海外で建築を仕事にする2 都市・ランドスケープ編. 日本, 学芸出版社, 2015. (担当章:ニューヨークで動き出す大都市の生態学)
(2)原田芳樹. (2015). 北米における都市デザインと生態学の多様性. ランドスケープ研究: 日本造園学会会誌: journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture, 78(4), 321-324.
(3)Oldfield, E. E., Felson, A. J., Auyeung, D. N., Crowther, T. W., Sonti, N. F., Harada, Y., ... & Bradford, M. A. (2015). Growing the urban forest: tree performance in response to biotic and abiotic land management. Restoration Ecology, 23(5), 707-718.
(4)原田芳樹. (2017). 米国都市地域での LTER (長期生態学研究) とグリーン・インフラストラクチャー. 景観生態学, 21(2), 89-95.
(5)原田芳樹. (2014). ランドスケープの構造・機能・変化. ランドスケープ研究: 日本造園学会会誌: journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture, 78(1), 32-38.
(6)決定版!グリーンインフラ. 日本, 日経BPマーケティング, 2017. (担当章:ニューヨーク市周辺のグリーンインフラとこれからの都市生態学)
(7)Harada, Y., Whitlow, T. H., Todd Walter, M., Bassuk, N. L., Russell-Anelli, J., & Schindelbeck, R. R. (2018). Hydrology of the Brooklyn Grange, an urban rooftop farm. Urban ecosystems, 21, 673-689.
(8)Harada, Y., Whitlow, T. H., Templer, P. H., Howarth, R. W., Walter, M. T., Bassuk, N. L., & Russell-Anelli, J. (2018). Nitrogen biogeochemistry of an urban rooftop farm. Frontiers in Ecology and Evolution, 6, 153.
(9)Harada, Y., Whitlow, T. H., Russell-Anelli, J., Walter, M. T., Bassuk, N. L., & Rutzke, M. A. (2019). The heavy metal budget of an urban rooftop farm. Science of the Total Environment, 660, 115-125.
(10)Harada, Y., & Whitlow, T. H. (2020). Urban rooftop agriculture: challenges to science and practice. Frontiers in Sustainable Food Systems, 4, 76.
(11)Harada, Y., Whitlow, T. H., Bassuk, N. L., & Russell-Anelli, J. (2017). Biogeochemistry of rooftop farm soils. In Urban Soils (pp. 275-294). CRC Press.
(12)Harada, Y., Whitlow, T. H., Bassuk, N. L., & Russell-Anelli, J. (2020). Rooftop farm soils for sustainable water and nitrogen management. Frontiers in Sustainable Food Systems, 4, 123.
(13)茂呂和輝, 伊藤直也, 古澤蘭, 伊藤睦実, 中島一豪, & 原田芳樹. (2022). 土壌改良資材としての竹炭の冷却効果. 日本緑化工学会誌, 47(4), 495-504.
(14)原田芳樹. (2021). これからの都市生態学の仕事. ランドスケープ研究, 85(2), 144-145.
(15)田代みなみ, 久徳康史, 新岡陽光, & 原田芳樹. (2022). 池を有する都市の公園を対象とした仮想的市場評価法における VR 技術の有効性に関する研究. 日本緑化工学会誌, 48(2), 364-373.
(16)小堀美玲, 新岡陽光, 伊藤睦実, & 原田芳樹. (2023). 室内緑化によるストレス緩和効果についての複数のストレス負荷試験間の違い. 日本緑化工学会誌, 48(3), 516-526.

原田 芳樹(はらだ よしき)/中央大学理工学部准教授
専門分野 環境デザイン・都市緑化・都市計画

早稲田大学理工学部建築学科卒業後、東京大学大学院情報学環(院住宅都市解析研究室)を修了し渡米。
ハーバード大学デザイン大学院ランドスケープアーキテクチャー専攻修了後、コーネル大学総合植物科学研究科でPhDを取得。
ニューヨーク市における都市計画の実務、イェール大学森林科学研究科やコーネル大学都市緑化研究所のフェローを経て、中央大学理工学部に都市生態学研究室を設立。

デザイナーとしての作品にはフィラデルフィア市レース通り桟橋公園やニューヨーク市コロンビア大学マンハッタンビラ計画など。

共著書には「決定版!グリーンインフラ」(日経BP)や「海外で建築を仕事にする2 都市・ランドスケープ編」(学芸出版社)など。