研究

わからないことは「後で」効く

――フロイトから人間形成と教員養成を考える――

下司 晶(げし あきら)/中央大学文学部教授
専門分野 教育哲学・教育思想史

「書」と「町」を往還する

 私の専門は教育哲学です。教育哲学とは、少し距離のある二本の柱のあいだを行き来する営みだと私は考えています。一つは、思想や哲学の文献です。もう一つは、現代の教育です(狭義の実践のみならず、それらを成立させている言説や政策なども含みます)。寺山修司に「書を捨てよ、町へ出よう」という作品がありますが、教育哲学者は、「書を読んで町に出て、また書を読んで、また町に出て......」という作業を繰り返します。

 私は、S・フロイトと彼が創始した精神分析を主な研究対象にしています。もう一方で、教育現実に近いところで、道徳教育、教員養成制度、教育学説史などについて考えています。

 この二本の柱は、「基礎と応用」、「理論と実践」と区分されそうですが、実は切り離すことが出来ません。以下ではその一例として、フロイトのトラウマ論と現代の教員養成改革とを関連づけて考えたいと思います。

トラウマ論を読み直す

 現在でいうトラウマ(心的外傷)は、アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)で示されたPTSD(心的外傷後ストレス障害)と切り離すことが出来ません。PTSDとは、暴力的な出来事など、外傷的経験が原因となり心身に変調を来した状態が一ヶ月以上継続したものです。

 いうまでもなく、こうしたトラウマ論に先鞭をつけたのはフロイトです。ところが、フロイトとDSMには重要な差があります。PTSDでは、一度の外傷的経験でも症状が生じるとされますが、フロイトは、患者は二回以上の外傷経験をしていると考えるのです。

 ここで登場するのがフロイトの「事後性」という概念です。フロイトによれば、幼少期の第一の外傷経験(多くは性的な被害)は無意識となっており、それが思春期以降の第二の外傷経験によって呼び起こされ、「事後的に」病因となります。フロイトはこの遅延を、思春期以前は性の意味を理解できないためだと考えました。

 これらのトラウマ論は、病因論ですからネガティブなものですが、私は、ポジティブな意味での人間形成論にも応用できると思います。

 試みに、人間形成における経験を三段階に区分しましょう。

 第一は、ある人の理解枠組みの枠内で理解できたり、理解枠組みを拡張・進展させたりするものです。これはトラウマとは無関係です。ピアジェの発達段階論や学習指導要領などを考えればわかりやすいと思います。

 第二は、ある人の理解枠組みを大きく超えるもの、予告なく突然襲来し、自己のあり方を全く変えてしまうような経験です。これが悪く作用すればPTSDのような病になりますが、うまく作用すれば飛躍的な成長をもたらします。例としては、友人や教師、恋愛対象、書物や芸術作品など、自分の理解を超える「他者」との衝撃的な出会いが挙げられるでしょう。

 第三は、フロイトの「事後性」論のように、経験した時点では理解が及ばないけれども、後の何らかのきっかけによって活性化され、それによって自己が変革されるものです。例えば、北杜夫の『どくとるマンボウ』シリーズでは、旧制高校の新入生が、先輩がカントやヘーゲル、シェイクスピアやゲーテと実に近しい関係にあるかのように振る舞うことに、大きな衝撃を受ける場面が描かれています。これはまさに驚愕的経験ですが、その時点ではその意味は十分に理解できていません。しかしこの経験が、後から振り返れば「精神的覚醒」の原点となっているのです(1)

 この第三の人間形成論で重要なのは、二つの経験のあいだには、理解枠組みとしても、時間的にも、大きなギャップが存在することです。私たちはしばしば、「よくわからないがすごかった」という表現を用います。そしてそうした語りは、時間がたつと「当時は意味がわからなかった(が今は多少はわかる)」と、回顧的な性質を持って自己を規定するものになるのではないでしょうか。

教員養成における理論−実践問題

 以上の人間形成論を、教員養成の問題として考えてみましょう(2)

 現代の教員養成制度改革は、「大学で学ぶ〈理論〉は学校での〈実践〉に役に立たない。だからすぐに役立つ〈実践〉の手法を学ぶべきだ」という前提で進行しています。大学等の教員養成課程の教員には、小中高等の教員経験者を一定数含まねばなりません(3)。「元校長や元教頭、現職の管理職」が、「自身の経験を踏まえ、学習や生活指導の実践的なノウハウを教える」ためです(4)

 しかし、熟練した教員ならば教育を円滑に遂行するマニュアルを持っていて、それを伝達することができるのでしょうか。この問いは、最近翻訳した『フロイトと教育』という本の主題でもあります。著者のブリッツマンは、高校教員の経歴もある教育学者・精神分析家ですが、彼女は次のように述べます。精神分析も教育も、異なる欲望に突き動かされる主体同士の転移-逆転移関係によって成立する。個々人のあり方も状況もその都度異なる一回性のものなのだから、自然科学的な意味での再現可能性はない。だから、その実践手法をマニュアル化することは不可能だ。とはいえ、分析も教育も熟練者と未熟な者に違いはある。その差は、分析家-患者/教師-生徒関係における転移-逆転移状況の理解、自分と相手の情動的な関係について省察ができているかどうかだ、と。

 近代教育学の祖とされるJ.F.ヘルバルトは、「理論(教育学)」と「実践(技術)」を区分しつつも、この両者は教師のなかで一つになると考えました。この理論-実践問題は、日本の教員養成制度の歴史にも現れています。

 戦後の教育改革は、戦前の超国家主義の一因を、研究(理論)と教育(実践)の乖離に求めました。制度的には、知識人を育てる研究の場として(旧制)大学と、国の定めた内容を効率的に教える技術を学ぶ専門学校である師範学校の分断です。全国の師範学校が戦後に大学に昇格したことには、教育の目的や内容を自ら吟味できる教員を育てるという積極的な意味がありました(丸山眞男は学校の教員を「疑似インテリ」とさげすみましたが、師範学校の大学昇格は教員を「インテリ」にする可能性を秘めていました)。

 しかし現在すすめられている教員養成改革は、この初志からは逆行しているようです。

 戦後に教員養成を巡って議論されたのは、「教員に必要な知識とは、国社数理英などの〈教科内容〉なのか、それとも〈教育学〉なのか」でした(5)。ところが現在では、かつての「教科/教育学」という対立軸が、「理論/実践」へとスライドされています。教科の知識も教育学の知識も一緒くたに「理論」とされ、「実践には役に立たない」とされているのです。

 そうして現在、教員養成学部(かつての師範学校に相当)に付属する大学院の多くは、「実践」志向の教職大学院となり、修士論文のような研究は不要となりました。それはあたかも、学校現場に寄り添うこととは、大学という場だからこそ得られる知から離れることだといわんばかりです。しかしこの前提は、教師が新しい知識や未知の理論を学ぶことによって新たな実践を生み出す可能性を奪ってしまっているのではないでしょうか。

乖離が新たな現実を生む

 そもそも、現在では常識となっている教育は、いずれも、導入され試行された時点では、「現実にそぐわない理論(理想論)」といわれてきたものです。しばしば批判される「詰め込み主義教育」は、ヘルバルト主義教授法のなれの果てですが、ヘルバルト主義はもともとは明治期に画期的な手法として期待され、導入されたものです。現在進行形で求められている「主体的な学び」、「アクティブ・ラーニング」などは、20世紀前半までに哲学者ジョン・デューイが示した思想のリバイバルです。デューイの思想は、大正期や戦後初期、そして現代に至るまで何度も再解釈され、日本の教育の根幹の一つになっています。

 構成的グループエンカウンターや、モラルジレンマ授業は、國分康孝(筑波大学-当時)や荒木紀幸(兵庫教育大学-当時)が紹介したロジャーズやコールバーグの理論を、現職の先生方が大学や大学院で学び、自分の所属校等に持ち帰って工夫しながら実践することによって広まりました。

 私の専門の教育哲学でいえば、過去の思想は、今の教育からは遊離していると思われがちですが、現代教育のエッセンスが含まれています。「知る」とは何か(ソクラテス、プラトン)、遺伝と環境はどこまで人間を規定するのか(ジョン・ロック)、子どもの必要性や個性に即した教育のあり方とは何か(ルソー)、教師の役割とは何か(ペスタロッチ)、子どもを中心とした教材配置とは何か、また民主主義に向けた教育とは何か(デューイ)、等々。これらの諸問題は、現代の教育のなかに絡み合って存在しています。教育思想を知ることは、現代教育をある角度から照射し理解し直すこともでもあるのです。

 また、教師には、地域に根ざした知識人としての役割もあります。かつてはコミュニティのリーダーといった意味もありましたし、現代でもコーディネイター的な役割を果たすことも多いです。

 各教科についても同様です。小中高の先生が、生物学や地学、歴史学などで新たな発見をすることは少なくありません。そうした知見は、「小中高で教えるべき内容」をはるかに超えて、大学等での「研究」に匹敵するものです。スポーツや芸術等の分野で指導的役割を果たし、地域を振興していく役割もあります。こうした知は、「教員養成課程で学ぶべき教科内容は、学習指導要領の範囲内で良い」という前提からは生み出されません。

 わからないことは「後で」効く―――本論の主張を一言でまとめればこうなるでしょうか。人間形成において、「理解の枠を超えるもの」との思いがけない出会いが、事後的に作用することは少なくありません。知識のなかには、出会った際に理解できなくても、意識の奥底に沈殿し、後に活性化されるものもあります。したがって大学等の教員養成課程では、現在の学校に適応するための安易な実践主義に走らず、一見、現代の教育から離れているように見える知、教育学と各専門分野を学ぶ意義をきちんと評価すべきではないでし ょうか――それが今すぐ役には立たないように思われても。

 以上、現代の教員養成における教育学の軽視に抗うべく熱が入り過ぎ、牽強付会の論となってしまいました。それは教員一家で育った私の、エディプス・コンプレックスの表現なのかもしれません。父の口癖は、「大学でやっていることは、学校現場の役に立たない」でした。

 と書いていて気づいたのですが、この文章自体がまさしく、本論の主張の例に他ならないですね。子どもの頃に聞いた父の愚痴が、大学でフロイトを学び、就職して教員養成に関わることによって活性化された結果として生まれたのですから。

 そんなことを考えるのも、教育哲学の仕事かもしれません。


(1) Akira Geshi, "Beyond the Trauma Principle in Education: Does Freud's Concept of 'Nachträglichkeit' Imply the Possibility of Retroactive Education?", E-Journal of Philosophy of Education: International Yearbook of the Philosophy of Education Society of Japan, Vol. 6, November 2021, pp.56-75. https://pesj.sakura.ne.jp/english/vol_06_Geshi_56-75.pdf

(2) この論は、教育社会学者の広田照幸氏、教育哲学者の小玉重夫氏と私との議論を発展させたものです。下司 晶・須川公央・関根宏朗編『教員養成を問いなおす――制度・実践・思想』, 東洋館出版社, 2016年, pp.225ff.

(3) 「大学設置基準の一部を改正する省令等の公布について(通知)」5文科教第438号, 令和5年6月15日https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/mext_00074.html

(4) 「教育学部の教授に小中高教員経験者、起用を義務化...文科省方針」『読売新聞オンライン』2023年3月25日https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20230325-OYT1T50207/

(5) 下司 晶「「学び続ける教員」を教育学で育てる――中央教育審議会答申「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について」(2015)の批判的検討」『教育学雑誌』第54号, 2017年12月, pp.17-34. https://www.jstage.jst.go.jp/article/nihondaigakukyouikugakkai/54/0/54_17/_pdf/-char/ja

下司 晶(げし あきら)/中央大学文学部教授
専門分野 教育哲学・教育思想史

1971年栃木県宇都宮市生まれ。1995年中央大学文学部教育学科卒業。 1998年中央大学大学院文学研究科教育学専攻博士前期課程修了。2002年中央大学大学院文学研究科教育学専攻博士後期課程単位取得退学。博士(教育学)。日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)、上越教育大学学校教育学部(講師・准教授)、日本大学文理学部(准教授・教授)等を経て2021年より現職。

専門は教育哲学・教育思想史。

主な著書に、『教育思想のポストモダン――戦後教育学を超えて』(勁草書房, 2016年,韓国語訳 게시 아키라, <포스트모던 교육사상>, 최승현(trans.), 박영스토리, 2020.)、『〈精神分析的子ども〉の誕生――フロイト主義と教育言説』(東京大学出版会, 2006年)。
編著に、『道徳教育』(学文社, 2023年)、『「甘え」と「自律」の教育学』(世織書房, 2015年)、共監訳書にデボラ・P・ブリッツマン『フロイトと教育』(勁草書房, 2022年)などがある。