研究

"タイミング"が重要となるモバイル・マーケティング

寺本 高(てらもと たかし)/中央大学商学部教授
専門分野 マーケティング論、消費者行動論

過剰なモバイル・マーケティングと消費者の疲弊

 モバイル・マーケティングの中でも、特に、O2O (Online to Offline)というオンライン広告で消費者にアプローチし、店舗での購買を促すマーケティングの市場は拡大しています。実際に、インターネット広告代理店の最大手であるサイバーエージェントは、2018年には約200億円の市場規模が2024年には約12倍に拡大すると推計しています[1]

 モバイル・マーケティングは、「消費者との接点」という点で多くの可能性があります。例えば、小売店頭で発券されるクーポンを挙げてみると、発券場所、つまり顧客との接点が店頭に限られてしまいます。これに対し、モバイル型のクーポンであれば、店頭に限らず様々な場面で顧客との接点を取ることができます。

 しかし、モバイル・マーケティングの受け手である消費者側の立場からすると、懸念点があります。野村総合研究所が実施したデジタル広告に対する消費者の考え方に関する調査では、「デジタル広告における商品情報が多くて困る」「利便性が高まるメリットがあっても個人情報を登録したくない」と過半数が回答しています[2]。これらの結果は、日本の市場では、モバイル・マーケティングに対する消費者の情報疲労や辟易さ、情報を利用されることに対する警戒感があることを示唆していると言えそうです。

 となると、ただやみくもに消費者にアプローチするのではなく、消費者が受け入れてくれやすい、適時適切な"タイミング"にフィットするような仕掛けが重要ではないでしょうか。

"タイミング"を活かしたモバイル・マーケティング事例

 では、モバイル・マーケティングが響く"タイミング"をどのように捉えれば良いのでしょうか?ここではTongらが提唱しているフレームワークを紹介します[3]。Tongらはモバイル・マーケティング・ミックスとして"6P"を提示しており、"6P"のミックスを駆使することによって、顧客の維持・離脱や顧客エンゲージメントなどの消費者反応の成果を得ていくべきことを提唱しています(図)。

図:モバイル・マーケティング・ミックスのフレームワーク

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 特にここで注目したいのがPromotionです。Promotionは、時間、位置、およびコンテクスト(文脈・状況)というモバイルテクノロジーならではの情報を組み込んだプロモーションキャンペーンの設計および実装を指しています。つまり、モバイルならでは大きな特長である"タイミング"による訴求の要素として「時間」「位置」「コンテクスト」の3つに整理できることが示されています。この「時間」「位置」「コンテクスト」の3つのタイミング要素がターゲットとなる消費者にいかにフィットするかという目線でプロモーションを考えていくのが望ましいです。

 「時間」「位置」「コンテクスト」の3つのタイミングの要素を活かしたモバイル・マーケティングの研究は海外で多く行われています[4]。例えば、「時間」では、情報探索を要する高関与型商品は朝、情報探索を要さない低関与型商品は夕方にそれぞれプロモーションするのが良いという事例があります。「位置」では、対象店舗の近隣にいるモバイルユーザーにクーポンを仕掛けた方がより効果的であることや、「コンテクスト」では、電車内でモバイルに没頭している時や友人と一緒にいる時が効果的であることなどがあります。また、Free Wi-fiのアクセスログを活用して、ショッピングモール内にいるモバイルユーザーの行動履歴をもとにプロモーションを行っているケースもあります。このような、海外におけるモバイル・マーケティングの研究事例は、マーケティングを仕掛ける"タイミング"の切り口を検討する上で大変参考になります。

消費者が受入れてくれ易い"タイミング"とは?

 しかし、これらの海外の事例を日本の市場環境に照らしてみると、消費者のプライバシー意識という面での「やりすぎ感」があります。モバイルで収集できる情報をふんだんに使ったアプローチは、先に述べたように、逆に消費者に警戒されてしまうおそれがあります。それよりも、消費者が基本的に受け入れてくれやすい、シンプルかつ切れ味の鋭いタイミングを探り、そのタイミングに向けたマーケティングが重要ではないでしょうか。

 では、消費者の情報疲労や辟易さ、情報を利用されることに対する警戒感がある日本の市場において、受け入れてくれ易そうなタイミングとはいつなのでしょうか?それは、消費者が「何かを買おう」と思っている、つまり「買物モード」になっているときです。そして、この買物モードを可視化できる場面が2つあります。一つは、小売店の店内で実際に買物をしているときです。これはいわば当たり前の話かと思います。では、もう一つはいつなのかというと、「買物メモを作成しているとき」です。買いたいものをリスト化、つまり買物計画を可視化している状況です。

 このメモを紙に書いている場合にはメモをしているタイミングをデータとして捉えるのが難しいですが、それをモバイルで行っている場合にはそれが可能になります。ですので、この買物メモの作成をモバイルで行っている消費者には、この"タイミング"でマーケティングを仕掛けてみるのは良さそうではないでしょうか。


[1] サイバーエージェント(2019)、国内O2O広告市場規模調査、株式会社サイバーエージェントプレスリリース、2019年6月3日. https://www.cyberagent.co.jp/news/detail/id=23249 (アクセス日: 2023年9月12日)
[2] 野村総合研究所(2018)、生活者1万人アンケート(8回目)にみる日本人の価値観・消費行動の変化-情報端末利用の個人化が進み、「背中合わせの家族」が増加-、ナレッジ・インサイト レポート、2018年11月6日. https://www.nri.com/jp/knowledge/report/lst/2018/cc/mediaforum/forum272 (アクセス日: 2023年9月12日)
[3] Tong, S., Luo, X. & Xu, B. (2020)、"Personalized Mobile Marketing Strategies," Journal of the Academy of Marketing Science, 48, 64-78.
[4] 事例の詳細については、次の論文を参照のこと。寺本高(2021)、海外におけるモバイル・マーケティングの効果測定事例と日本ならではのアプローチ、流通情報、552, 4-10.

寺本 高(てらもと たかし)/中央大学商学部教授
専門分野 マーケティング論、消費者行動論

横浜市出身。1998年慶應義塾大学商学部卒業、2011年筑波大学大学院ビジネス科学研究科修了。博士(経営学)。流通経済研究所主任研究員、明星大学准教授、横浜国立大学准教授、教授を経て2022年から現職。

マーケティング論、消費者行動論が専門。中でも消費者の買物行動と小売マーケティングを中心とした定量分析の研究を行っている。

主著は『小売視点のブランドコミュニケーション』(単著、2012年千倉書房、日本商業学会賞奨励賞受賞図書)、『スーパーマーケットのブランド論』(単著、2019年千倉書房)。