研究

巨大斜面崩壊にいたる準備過程に迫る

金田 平太郎(かねだ へいたろう)/中央大学理工学部教授
専門分野 変動地形学、山地地形学、氷河地形学

1. 常願寺川を一変させた巨大崩壊

 江戸時代末期の1858年4月9日(安政5年2月26日)未明、現在の岐阜県飛騨地方から富山県立山付近にいたる跡津川あとつがわ断層が突如として活動し、飛越ひえつ地震(マグニチュード7.3〜7.6)を引き起こした。跡津川断層沿いの山あいの村々や富山の城下町をはじめ、遠く金沢や福井平野においても地震動による大きな被害が生じたが、なかでもこの地震の名を世に知らしめた特筆すべき現象は、跡津川断層東端の立山カルデラ内で発生した巨大斜面崩壊、いわゆる「立山とんび崩れ」である。地震の発生とほぼ時を同じくして、大鳶山・小鳶山の2つの山の西側斜面が大きく崩壊し、その崩壊土砂は常願寺川の上流、湯川と真川の谷を深く埋め立てて、そこにあった立山温泉を跡形もなく消し去った。この際の崩壊土砂量は1億m3以上に達すると推定されている文献1。一般に土砂量が100万m3を越えると大規模崩壊と呼ばれることを考えると、この崩壊の巨大さが想像できるだろう。

 この巨大崩壊の影響はそれだけにとどまらなかった。川をせき止めた土砂によって天然のダム湖が生じ、この天然ダムは地震から2週間後と約2ヶ月後の二度決壊して、大規模な土石流が下流の常願寺川扇状地や富山平野を襲ったのである。とくに2回目の土石流は規模が大きく、135名の溺死者を出すとともにおよそ3万石の田が壊滅不毛となったという。その後も、常願寺川では豪雨の度に土砂災害や水害が発生するようになり、それまで比較的安定していた川の様相は一変して、すっかり「暴れ川」と化してしまった。このような事態を受け、常願寺川上流部の立山カルデラでは、1906年(明治39年)から富山県による砂防工事が始まり、その後、国による直轄事業として引き継がれて、現在も下流への土砂流出を防ぐための努力が脈々と続けられている。

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立山大鳶山抜けの図
(抜粋;富山県立図書館所蔵)

2. 大きな事象には長い準備過程が伴う

 このように、大地震の際に発生する巨大崩壊の影響はすさまじい。崩壊土砂埋没による直接的被害はもちろんのこと、せき止め湖の形成と決壊、その後の豪雨に伴う土石流の頻発など、下流域における二次的・継続的災害の発生要因にもなりうる。崩壊土砂が海などの水域に突入した場合は巨大な津波を発生させることもある。大地震後の救援活動や復興にとっても重大な阻害要因となりうるため、巨大崩壊の発生可能性や発生位置・規模を事前に把握しておくことは防災対策上、きわめて重要であると言える。

 しかしながら、このクラスの規模の巨大崩壊の事例は歴史時代を通じても限られるため、どのような場所でどのような過程を経て巨大崩壊にいたるのかについてはいまだよく分かっていない。地震でも火山噴火でも、あるいはその他の自然現象でも、一般に規模の大きなものほどその発生頻度は小さく、このことは大きな事象ほどその準備に時間がかかることを意味していると解釈できる。例えば、2011年東北地方太平洋沖地震のような日本海溝でのマグニチュード9クラスの地震の発生は数百年に一度であり、このことは、断層におけるマグニチュード9相当のエネルギー蓄積にそれだけの時間がかかる(逆に断層にそれだけの強度がある)ことを示している。裏を返せば、大きな事象は決して前触れなく突然発生するわけではなく、その準備過程や準備状況を把握できる方法があれば、そこから発生可能性を評価できるチャンスがあるということもできよう。

3. 巨大崩壊にいたる準備とは?

 巨大崩壊の場合はどうであろうか。実は、近年、大規模崩壊の前兆的・先駆的な現象として「山体重力変形」と呼ばれるプロセスが着目されている。山体重力変形とは、山がその自重によって、明確な主すべり面を伴うことなくわずかに変形する現象のことで、山の稜線部やその周辺に分布する小さな崖や小凹地などの微地形(山体重力変形地形と呼ばれる)の存在からこの現象の進行が推定される。ただし、数mスケール、場合によっては数十cmスケールのほんのわずかな地形のため、植生に覆われた山地で山体重力変形を把握することは極めて困難であった。しかし、15年ほど前から急速に普及した航空レーザー測量と呼ばれる地形測量手法によって、植生下に隠されたこうした微地形の存在が事細かに把握できるようになった。その効果は絶大で、例えば、2011年紀伊半島豪雨の際に多数発生した大規模崩壊について、崩壊発生前にとられた航空レーザー測量データが分析された結果、そのすべてが事前に重力変形していた斜面で発生していたことが明らかとなった文献2。山体重力変形地形が大規模斜面崩壊予測のための重要な手がかりとなりうることが示されたと言えよう。ただし、これらの崩壊は土砂量100万〜1000万m3クラスのものであり、桁違いの影響力をもつ数千万〜億m3クラスの巨大崩壊にいたる過程についての研究はほとんど進んでいない。

chuo_0601_img2.jpg山体が重力変形を経て巨大崩壊にいたるまでのモデル文献3

 以上のような背景から、中央大学を中心とする複数の大学・研究機関の研究者・学生からなる私たちの研究グループでは、1858年立山鳶崩れに先行する山体重力変形について実証的な調査・研究を進めている。2011年紀伊半島豪雨の事例とは異なって、崩壊発生前の地形の詳細を知ることはもはやできないが、巨大な崩壊地形の縁辺には断片的に山体重力変形の地形的痕跡が残っており、そうした地形を手がかりに、立山鳶崩れに先行する山体重力変形がいつ頃から始まり、どのような過程を経て1858年の巨大崩壊にいたったのか、また、なぜ1858年にその場所で巨大崩壊が発生したのか(他の場所ではなぜ崩壊しなかったのか)を跡津川断層との関係も含めて解明してゆきたいと考えている。

4. 調査の実際

 調査の実際を少し紹介しよう。「いつ」を明らかにするには具体的な年代を決定する必要があるが、私たちは、山体重力変形によって生じた小凹地(小さな池や湿地)でボーリング掘削を行い、これらの池や湿地ができた年代、すなわち山体重力変形が発生した年代を火山灰分析や放射性炭素年代測定によって推定する手法を採用している。また、周辺で発生した別の巨大崩壊の発生年代については、崩壊の際に生産された巨礫がその後、地表で宇宙線に晒されることによって蓄積した物質(宇宙線生成核種;具体的にはベリリウム-10)の量を測定することにより決定する。

 言うは易く、行うは難し。実際の現場はなかなか過酷である。急峻な北アルプス山中の巨大崩壊跡である。クルマでのアクセスなど望むべくもなく、それどころか登山道さえ存在しない。幸い、調査地から少し離れたところにある山小屋の協力を得て、機材類は小屋まで定期ヘリ便で運んでもらうことができたが、そのあとは運搬も掘削もすべて自前である。私たちが構築した「可搬型パーカションコアリングシステム」は、徹底的な軽量化を図ったとは言っても総重量で100kg以上あり、ひとりあたり最大30kgにおよぶ調査機材を背負って標高2500mを越える稜線を歩き、調査地へとアクセスする必要がある。そして、エンジン駆動の打撃装置を駆使して自らの手でボーリング掘削を行う。採取した貴重なボーリングコアや岩石試料も自分たちの背中で運ぶ。試料を研究室に持ち帰ってからの処理・分析にも膨大な手間と時間(と根気)が必要である。野外調査研究は、調査の計画から結果が出揃うまで、場合によっては数年を要する長い長いたたかいである。

 この研究プロジェクトはまだ始まったばかりであるが、昨年(2022年)実施した予察的ボーリング調査により、現在も残る重力性の小湖沼群は1858年鳶崩れ発生時に形成されたものではなく、これに先立つこと少なくとも数千年以上前に開始した山体重力変形によって形成され、その後、長い準備期間を経たのちに鳶崩れにいたったらしいことが明らかとなった。これから数年かけて、足繁く立山に通い、鳶崩れにいたる準備過程の全貌に迫ることができればと考えている。

chuo_0601_img3.jpg立山鳶崩れ直上の重力性小湖沼でのボーリング掘削作業
(東京都立大学,石村大輔氏撮影)


【注】
 本研究は、文部科学省科学研究費および2022年度東京大学地震研究所−京都大学防災研究所拠点間連携研究の助成を受け、環境省の許可を取得したうえで実施しています。

【参考文献】
1)Ouchi, S. and Mizuyama, T. (1989), Volume and movement of Tombi Landslide in 1858, Japan, Trans. Jpn. Geomorphol. Union,10-1,27­-51.
2)Chigira, M., Tsou, C.Y., Matsushi, Y., Hiraishi, N, and Matsuzawa, M.(2013), Topographic precursors and geological structures of deep-seated catastrophic landslides caused by Typhoon Talas, Geomorphology, 201, 479-493.
3)Kaneda. H. and Kono, T. (2017), Discovery, controls, and hazards of widespread deep-seated gravitational slope deformation in the Etsumi Mountains, central Japan, J. Geophys. Res. Earth Surface, 122, 2370-2391.

金田 平太郎(かねだ へいたろう)/中央大学理工学部教授
専門分野 変動地形学、山地地形学、氷河地形学

神戸出身。2004年京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。
日本学術振興会特別研究員、産業技術総合研究所研究員、千葉大学理学部准教授を経て2020年より現職。

専門は、変動地形学、山地地形学、氷河地形学。越美山地、日本アルプス、南極の露岩山地など、主として山岳地における現地調査を基礎として、自然災害や気候変動に関する研究を行っている。