研究

高レべル放射性廃棄物と世代間の公平性

寺本 剛(てらもと つよし)/中央大学理工学部教授
専門分野 哲学・倫理学

高レベル放射性廃棄物の処分問題

 日本において高レベル放射性廃棄物(High-level radioactive waste, 以下HLWと略記)とは、原子力発電で使用した核燃料から再処理によってウランやプルトニウムを取り出した後に残る廃液をガラスで固化したもの(ガラス固化体)のことを指す。これに対して、再処理政策を採用していない国では、使用済核燃料そのものがHLWとみなされる。いずれにしても、これらの廃棄物の放射能は極めて高く、人が近づいても安全とされるレベルに下がるまでに10万年もの歳月がかかる。

 このようにリスクが長期にわたることから、HLWの処分のあり方は、将来世代に倫理的に配慮したものでなければならない。原子力発電を行なっている国の多くは、HLWを地下深くに埋設する地層処分を進めようとしているが、それはある意味で世代間の公平性を考慮してのことである。HLWの発生者でも受益者でもない将来世代にそのリスクや負担を残すのは不公平であり、将来世代がそれに対処しなくて済むよう、地下深部へ隔離することが倫理的な方法だと考えられたのだ。日本でも2000年に「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」が制定され、地層処分を進めることが決まっている。

二つの公平性のトレードオフ

 しかし、地層処分にはいくつかの倫理的な懸念がある。一つはリスクにかかわる問題だ。数千年、数万年という長期的な単位で地下にHLWを閉じ込めることには不確実性がつきまとう。地下に急激な変化が起こるなどして、想定よりも早く放射性物質が漏洩し、地下水などを通じて人間の環境に入って来れば、将来世代にリスクや負担がもたらされ、世代間の公平性も実現できなくなる。

 さらに、地層処分には将来世代に決定権を残すことが難しいという問題がある。地中深くにHLWを最終処分すると回収が困難になるため、将来の時点でそれを処分したり、活用したりする優れた技術が開発されても、それを適用することができない。本来であれば、将来世代はHLWへの対処の仕方を自分たちで決める権利を持つはずだが、地層処分をしてしまうと将来世代の決定権の幅が著しく狭まってしまい、「決定権の世代間公平性」は実現困難になる。

 これに対して、HLWを地表近くで監視しながら長期的に保管するという方法がある。この方法では、放射性物質が漏洩してもすぐに対処できるし、HLWの回収可能性が確保されるため、将来世代に決定権を残すこともできる。とはいえ、地上管理にも不確実性の問題がある。自然災害やテロ、戦争や不況などによって、放射性物質が保管施設から漏洩したり、将来世代が管理を継続できなくなったりすることも考えられる。何より、地上管理ではHLWの発生者でも受益者でもない将来世代に廃棄物管理のリスクや負担を強いることになり、「負担の世代間公平性」を実現することができない。

 地層処分にも、地上管理にも、それぞれに特有のリスクがある。また、将来世代に管理の負担を残さないようHLWを地下に埋めれば、将来世代の決定権を限定することになり、将来世代に決定権を残そうとして地上管理をすれば、管理の負担を将来世代に強いることになる。「負担の世代間公平性」と「決定権の世代間公平性」の間にトレードオフの関係があるわけだ。これらのことから、この問題について世代間の公平性を十全なかたちで実現することは、少なくとも現時点では、不可能である。

可逆性・回収可能性を考慮した地層処分

 日本では2015年に「特定放射性廃棄物の最終処分に関する基本方針」が改定され、地層処分政策の可逆性やHLWの回収可能性を確保することが明記された。地下の地層処分施設にHLWを取り出せるかたちで保管して、将来世代に新しい技術利用の可能性を残しつつ、完全に埋める方向に処分のプロセスを進めるかどうかを段階的に決めていくというのがその考え方である。

 もっとも、これで公平性についてのトレードオフが解消できるわけではない。可逆性・回収可能性を維持している間は、HLWの管理リスクと負担が発生する。処分場を閉鎖して監視をやめれば、埋設に固有のリスクが生じ、将来世代の決定権は制限される。この手法では、「決定権の世代間公平性」を重視する状態から「負担の世代間公平性」を重視する状態への移行が段階的になされるだけで、二つの公平性を同時には実現できない。

 また、一旦処分場を建設してしまえば、コストや労力の点から見て、政策を後戻りさせることに抵抗感が生じ、最終処分を進める傾向が強まるかもしれない。このバイアスによって、将来世代への配慮を欠いた意思決定がなされるのであれば、それはそれで倫理的に問題である。

持続的熟議の制度化

 2020年11月から北海道の後志(しりべし)管内にある寿都町と神恵内村において地層処分の文献調査が開始された。これは地層処分政策を前提に、「どこに地層処分場を作るか」を決めようとする動きである。しかし、その前に考えておくべきことがある。

 可逆性・回収可能性を確保するということは、地層処分が当初めざしていた「負担の世代間公平性」の実現を一部あきらめ、「決定権の世代間公平性」を考慮する方向へ方針転換したことを意味する。この倫理的前提の変化は根本的なものだ。「決定権の世代間公平性」を考慮するのであれば、地上管理も有力な選択肢の一つとなりうる。そうだとすれば、地上で管理する方がよいのか、最終処分を見据えて地下で管理する方がよいのかを、それぞれのリスクやコストを考慮に入れて、もう一度検討し直す必要があるはずだ。どこに何を作るかはその議論が熟した後で考えるべきことだと思われる。

 地層処分政策の推進が決まってすでに20年以上が経過したが、その間にHLWをめぐる世代間倫理に新たな考え方が生じてきた。また、この間にHLWの発生にほとんど関与していない新しい世代が生まれてきており、その世代は処分政策に対して決定権を行使できていない。処分政策の可逆性という考え方が導入されたのだから、地層処分を動かせない既定路線として維持するのではなく、処分政策について持続的に熟議し、新しい倫理的発想や新しい世代の意見を政策に柔軟に反映することを考えてもよいのではないか。

 無論、国の法律で定められたことが易々と覆されるのは法による統治の観点から望ましくないという意見もありうる。しかし、HLWの処分問題のように将来世代やコミュニティのあり方に長期的なスパンで影響を与える事案については、将来の動向を見通すことが困難であり、最初になされた意思決定の不完全性が後から明らかになることもある。こうした長期的リスクの問題については、最初の意思決定を定期的に吟味し、更新したり、改めたりする制度的な仕組みを政策の中に組み込んでおく必要があるように思われる。


【参考文献】

寺本剛「高レベル放射性廃棄物問題における世代間公平性の限界」、『環境情報科学』, 50 (3), 48-52, 2021年

寺本剛「放射性廃棄物と世代間倫理」、吉永明弘・福永真弓編著『未来の環境倫理学』, 第 3 章, 勁草書房, 2018年

寺本 剛(てらもと つよし)中央大学理工学部教授
専門分野 哲学・倫理学

名古屋市出身。1974年生まれ。
2007年中央大学大学院文学研究科哲学専攻博士後期課程修了。博士(哲学)。
中央大学理工学部助教、准教授を経て、2022年より現職。

現在の主な研究テーマは、環境と科学技術にかかわる社会問題を倫理の観点から考察することである。

近著に『未来へ繋ぐ災害対策 : 科学と政治と社会の協働のために』(共著、有斐閣、2022年)。
訳書にポール・B・トンプソン、パトリシア・E・ノリス著『持続可能性 みんなが知っておくべきこと』(勁草書房、2022年)、K.シュレーダー=フレチェット著『環境正義 平等とデモクラシーの倫理学』(共訳、勁草書房、2022年)がある。