限られた資源のもとでの持続可能な地域システム
中村 大輔(なかむら だいすけ)/中央大学国際経営学部教授
専門分野 理論経済学、経済政策
経済学の研究課題は、限られた資源をどのように活用していくかを問うものであり、理論経済学、国際経済学、開発経済学、環境経済学、厚生経済学、空間経済学、都市・地域経済学と様々な分野から分析がなされている。ここでは、「地域システム」をテーマに、主に都市・地域経済学の視点で考察を行う。地域システムには、経済的な側面と非経済的な側面とがあり、経済的な側面は地域経済に関連付けられる。例えば、就労による賃金が所得の一部となり、そこから財・サービスの購入を行う。こうした取引は、財・サービスの生産者への収入となり、生産に伴う費用を差し引いたものが利潤となるといった一連のメカニズムが生み出される。より一般的には、他地域から調達される移入 (Regional import) や、他地域にて消費される移出 (Regional export) を伴う。このうち、移出を伴う取引が、地域経済発展の源泉になるといわれている。
地域システムには、こうした議論に含まれない非経済的な側面も重要な役割を担う。例えば、地域の様々な活動団体は地域の生活の質(QOL: Quality of life)を高めていくために不可欠とされるが、その多くは必要経費のみで賄われ、十分な対価(報酬)を目的としたものではない。かつては、地域を皆で支え、皆が地域に支えられる、といった自然なつながりが見られた場所でも、現在は担い手不足をはじめとした課題を有している。その背景の一つとして、私たちの現代社会の多くが経済的な側面で成り立ち、同時にそのシステムに縛られているという点が考えられるともいわれている。しかしながら、地域システムそのものに経済的な側面を単純に全面的導入することで課題が解決するということはない。それ以前に、財源問題がある。
現在、中村ゼミと多摩市との共同研究では、以上の現状を踏まえつつ、次代のための課題解決に向けた具体的な取組みに着手している。その根底にあるモデルが、「分数」で説明づける地域システムのあり方である。地域には担い手となるメンバーが地域活動の管理・運営を行っている。地域活動の受け手を分子、地域活動を担うメンバーを分母に置く。ここでいえることは、地域活動の担い手が減れば減るほど、地域を支える負担が大きくなり、次代の担い手は手が挙げにくくなるという点である。これは、保険加入者の減少が保険制度の不安定化につながる原理と同様である。そこで、地域活動において、分母の値を大きくするために必要なことは何かを探らなくてはならない。
これまでに明らかにされている点として、中村(2023)[1]では次のようにまとめられている。すなわち、第1に、入り口を広く確保し、入退出がしやすい仕組みを整えることである。これは、企業の市場への自由な参入や退出が、資源配分の効率性に寄与するというミクロ経済学の理論的枠組みを援用できる。第2に、負担の程度が可視化されることである。この点も同様に、情報が量質ともに豊富になるほど資源配分の歪みが生じにくくなる論理で説明ができる。第3に、ネットベネフィットが正であることが期待される点を示すことである。ここで、ネットベネフィットとは、例えば、地域活動に従事することに伴うコスト(時間や労力)よりも、地域活動に従事したことで得られる満足感の方が大きくなるという関係性である。これら3点が主たる要因となり得る。
組織運営についても類似性を持つのかもしれない。例えばある属性の人材は、構造の特性上、より高い負担を有するという状況である。ここで、高度な人材であるほど、指数的に高負担を被ることになる。これは、短期的には運営能率が極めて高い状態が維持されることになるが、長期的には本来得意とすることに専念する環境を整えていく方が、組織全体の便益は高まるといわれている。具体的には、「比較優位」あるいは「交易の利点」という視点で、経済や経営系の学部教育で最初に学ぶ基礎理論である。将来的にはAI(人工知能)によって、蓄積されたデータに基づく適切な資源配分がなされることも期待される。しかしながら、今ある課題を解決していくことを、私たちが取組み、次代の担い手に引き継いでいくことが不可欠である。そうすることで、外部に対する内部の競争力を高めていくといった点を明示していくことが、現在の研究課題である。
議論を地域システムに戻すが、地域システムを限られた資源のもとで管理・運営していくためには、資源制約が緩い状態に比べて多くの障壁を考慮しなくてはならない。換言すれば、財源が減少し、地域の人口や企業活動など、あらゆる規模が縮小している状況において、従来の施設・設備あるいはサービスの維持というシナリオは、その存続に無理がかかるという点である。その一方、施設・設備には分割不可分性(例えば、1つの建物の稼働率が半減したという事実に対して、建物を単純に2分の1に変更することは困難といったこと)があり、ケースによってはそれらは閉鎖や廃止していくという結論に至る。地域でのニーズがゼロにならない限り、こうした帰着点は課題解決とはなりにくい。このジレンマを解消していく手段として、例えば広域的な連携が挙げられる。すなわち、地域の各ブロックが障害物リレーのように一斉スタートで同条件のもと競争し順位を競う発想から、それぞれのブロックが事前協議の上で特定の役割に専念し、バトンを受け渡しする協力的方法の確立を勧めていくという方法である。[2]
[1] 中村大輔(2023)「経済システム限界克服のための地域政策」『国際経営学論纂』第2巻(近刊)。
[2] Nakamura D. Attractiveness of regions and sustainable regional economic system: As a measure of social welfare function. Singapore: Springer, forthcoming.
中村 大輔(なかむら だいすけ)/中央大学国際経営学部教授
専門分野 理論経済学、経済政策2006年英国グラスゴー大学にて J.B. Parr 教授師事のもと博士学位 (Ph.D.) 取得。2008年まで米国イリノイ大学での Geoffrey J. D. Hewings 教授を代表とする地域経済学応用研究所所属客員研究員、2010年まで南米チリ Northern Catholic University での専任教員を務め帰国。その後、2013年まで北九州市公益財団法人国際東アジア研究センターでの上級研究員ならびに九州大学大学院経済学研究院での客員准教授、2019年まで福岡女子大学での准教授および同大学女性リーダーシップセンター開設準備室副室長に就き、2019年4月より現職。
専門領域は Location Economics。現在の研究テーマは、「限られた資源のもとでの持続可能な地域経済と暮らしやすさ」であり、最新の掲載論文にNakamura D (2022) A Cooperative regional economic system for sustainable resilience policy. Applied Spatial Analysis and Policy. DOI: 10.1007/s12061-022-09443-5 などがある。
また、中央大学経済研究所空間システム研究会幹事、多摩市企画政策部企画課とのモデルエリア事業共同研究代表、八王子市都市計画マスタープラン改定懇談会委員等を務め、現在に至る。