研究

バイオインフォマティクス

岩舘 満雄(いわだて みつお)/中央大学理工学部准教授
専門分野 生物情報学

1,専門領域のなかのさらに細分化された専門についての説明

 私の専門はバイオインフォマティクス(生物情報学)という分野で、情報学という文字を含んでいる通りコンピュータの発達とともに発展してきた学問である。現代でこそ、特に情報処理の専門家ではないあらゆる人々が気軽にコンピュータを使い情報処理の恩恵を受ける時代になっているが、それが生物学の分野で起こったときのその周辺の学問分野をそう呼んでいるのだと理解している。生物学の学問分野が多岐に渡っているように、情報処理と無関係ではないあらゆる生物学者は程度の差こそあれ広い意味ですべてバイオインフォマティクスの研究者ということになると認識している。さらに広い意味で言えば研究室でコンピュータを使い実験結果を処理することが、既にバイオインフォマティクスの研究者としての行為なのだろうという印象である。一般に大学の研究室で行われる実験情報を処理するアプリは圧倒的に狭く深い需要のために高価もしくは高い機器を同時購入しないと入手困難な傾向は現在においても継続していると考えられる。高等学校あるいは中学校程度の数学を理解しているならばアプリ使用者側で論理を構築しアプリに反映した方が間違いなく良い。是非インターネットに接続したパソコンを入手している多くの学生の方々は、研究室内でローカルに使うだけでもいいから自分自身が使うアプリを書きはじめて欲しいと常日頃から願っている。

2,自らアプリを開発するためのプログラミング言語

 自分で開発すればアプリは無料である。情報処理を専門としない多くの学生にとってもプログラミングの講義は多かれ少なかれあるだろう。中央大学あるいは他大学においても似たような話だと思うが、時間割に設定された講義だけで現実に役立つものをつくることは困難だろう。一般に理系学部であれば4年生になると研究室に配属となり、個々の研究室でこれまでの講義では味わえない刺激を受ける事だろう。専門化した知識人の集団という環境でそれまでの座学の情報学のスキルを応用するチャンスが高い確率で訪れると思う。そのときに付け焼刃ではないプログラミングスキルを身に付けておくことは、配属前の3年生までの学生の方たちに本当におススメである。高価なライセンス料金のアプリの一部の機能だけでも自作してさらに使いやすくカスタマイズできたときは自分の手で経済的な付加価値を生み出せたことの喜びがあり、あるいは研究室内で関連の研究をしている研究者がいれば感謝されることもあるだろう。その成功体験を味わってほしい。学生にとっての研究室の意義はそれだけではないが、その副産物的な効果も大きなモチベーションになることは間違いないだろう。

3,生命分野でありながら立体構造、化学のデータを情報処理であつかう

 今現在の専門はタンパク質と医薬品の相互作用の研究である。周辺も含めてこのことを専門とする研究者はとてもたくさんいる。しかしながら、その中でも立体構造の空間を探索するという分野は一分野を形成している。特に統計データはとってないが上記の研究者数はこのタンパク質の立体構造というフィルターで激減する印象である。タンパク質の立体構造の分野は人工知能全盛のこの時代に後述する人工知能に頼らない潜在性を持つ。逆に言うとこの立体構造を扱う分野では人工知能に頼るのが必然的に難しい分野となる。難しければやりがいあるので、今は研究室内のある程度の人数的割合を割いて取り組んでもらっている。「人工知能で医薬品探索」といえば流行りのキーワードが満載で担当している学生達の意欲的なものを感じ、それ自体は非常に好意的に感じている。が、要求するスキルは近年発展著しいケモインフォマティクス(化学情報学)の習得である。生物や生命を専攻する学生が苦手としている分野でもあるが、物理の法則なども使えるレベルで一定以上の理解が要求される。挫折させないように教員側もいろいろ工夫するのは当然として、学生の方々も諦めないでついてきてほしい。あとこの分野の難しさは何といってもタンパク質という極めて複雑極まりない化合物が関わっているからだ。アプリ内では変数または配列に代入という形で情報が蓄積されるが、タンパク質の存在は変数の数を天文学的な複雑さにしている。

4,人工知能との距離の取り方

 近年は人工知能の研究の発展が著しく、もともと私たちのような特に人工知能分野の専門ではないがその力を手に入れて試してみたい、という要望に対して比較的簡単に答えてくれるプラットフォームが揃っている。

 過去のデータの蓄積からもっともそれらしい、それでいて今までには存在しないデータを生成するという点において、まさに私たち人間と同じで、記憶力、演算速度において桁違いに増強されたこの存在は、使い方を覚えた人間から知的な仕事を全て奪い去ってしまうかのような感覚に陥ってしまいがちである。

 生理現象は化学反応の連鎖反応であるのは周知のとおりだが、その現実空間を支配しているのは過去のデータをなるべく再現するという機械学習的なことはなく、物理の極めてシンプルな法則である。法則はシンプルでも、考慮するべき変数が増大すると人間の行う暗算、手計算はおろか、現代のコンピュータをもってしてもなんらかの計算の省略なしでは完成できない計算ばかりである。そういう意味において一部の例外を除いて現在のコンピュータの情報処理の速度は私たちの頭脳に浮かんだ様々なアイデアを十分に反映できない。それでも、なんらかの有益な結果を出すために、本来最大限検討すべき重要な変数を一意的に定めるという無理な仮定をおく。近い将来にアイデアを反映するための十分な計算資源が入手可能になったとき、今まで我慢して省略してきた計算を存分に盛り込んだ、元来求めていたシミュレーションができる仮想空間ができるだろう。それは私が研究者である間におこることであるかもしれないし、意外にも困難があってもっと後なのかもしれない。そのとき人工知能に頼りきらないシミュレーションの重要性を理解した後継の人材を育成していくことでも、将来の科学発展に貢献したいと日頃から考えている。chuo_0929_img_01.jpg

岩舘 満雄(いわだて みつお)/中央大学理工学部准教授
専門分野 生物情報学

埼玉県出身。1973年生まれ。1995年東京農工大学工学部卒業。1997年東京農工大学大学院工学研究科博士前期課程修了。 2000年東京農工大学大学院工学研究科博士後期課程満了。博士(工学 ) 北里大学薬学部助手・専任講師を経て2008年より現職。

現在の研究課題は、タンパク質の立体構造をもとにした医薬品探索。