研究

コロナ禍は郊外化や地方移転・移住を進めるか?

ー地価変化から示唆される傾向ー

岡本 千草(おかもと ちぐさ)/中央大学経済学部助教
専門分野 都市経済学・空間経済学

コロナ禍が地価に与えた影響とは?

 新型コロナウイルスが流行し始めてから、2年以上が経過した。流行開始当初より、感染拡大対策の一つとしてテレワークの導入が進められている。現在では従来のオフィス勤務に回帰する企業も出始めており、今後テレワークがどの程度定着するかは定かではないが、コロナ禍は人々にとって職住近接の必要性を再考するきっかけとなったであろう。では、実際に土地に対する需要は変化したのだろうか?

 新型コロナウイルスが住宅の立地需要に与えた影響については、Liu and Su (2021) がアメリカを対象に分析を行なっている。当論文は各月のhome inventoryやrent等の変動を通して、いずれの地域において住宅需要が増加または減少しているか考察している。分析の結果、住宅需要は (1) 都市圏の中心部から郊外部へ移動していることや、(2) 大規模な都市圏から小規模な都市圏へ移動していることが示された。特に (1) の現象の方が大きい。

 日本においても、アメリカと同様に、郊外化や地方移転・移住の兆しが見られるだろうか?現在、筆者は国土交通省の国土数値情報「地価公示データ」を用いて、日本の土地全体を対象とした研究を行っており、その一部をここでは紹介する。今回紹介する分析では、2018年から2022年までの5年分のデータを使用した。各年1月1日時点の値を示しているため、2021年4月時点までのデータを使用したLiu and Su (2021) に比べて、本分析は約1年分長期的な傾向を捉えることができる。

都市圏のサイズによる違い

 はじめに、都市圏のサイズによって、コロナ禍開始前後の地価推移は異なるのか確認しよう。ここでは都市圏の定義として金本・徳岡(2002)による都市雇用圏を使用している。各都市雇用圏は中心部の市町村(以下、中心市町村)と郊外部の市町村(以下、郊外市町村)から構成される。[1]都市雇用圏は中心市町村の人口集中地区(DID)人口に応じて「大都市雇用圏」と「小都市雇用圏」のいずれかに分類されており、2015年基準の大都市雇用圏は日本全体で100個、小都市雇用圏は122個存在する。また、全国の市町村の中には、いずれの都市雇用圏にも属さないものも存在する。分析にあたって、地価公示データの各地点(標準地)が「大都市雇用圏」「小都市雇用圏」「都市雇用圏外」のいずれに含まれるか特定し、各グループの平均地価の対数変化率(対2018年比)を算出した。[2]図1はその経年変化を示している。

chuo_0721_img1.jpg図1: 平均地価の対数変化率(都市圏規模別, 対2018年比)

 図1によると、コロナ禍が始まる前、大都市雇用圏の地価は上昇トレンドにあったが、小都市雇用圏と都市雇用圏外の地価は下降トレンドにあり、地価の地域間格差が拡大の一途にあったことがわかる。ところが、コロナ禍開始前の2020年から開始1年後の2021年にかけて、大都市雇用圏においても地価は下落しており、その下落率は小都市雇用圏や都市雇用圏外と比較しても大きい。大都市雇用圏から土地需要が移動したことが示唆されるが、[3]さらにその1年後には再び大都市雇用圏の地価のみ上昇しており、この変化は一過性のものであったと考えられる。ただし、2022年の対前年対数変化率はコロナ禍前の水準に比べて小さく、完全には回復していない。

都市圏内の位置による違い 〜一都三県を例として〜

 都市圏のサイズによって地価推移が異なることが示されたが、都市圏内の位置によっても違いはあるだろうか?全国的な傾向を見る前に、東京都市雇用圏の大部分が含まれる一都三県(東京都島嶼部を除く)に絞り、地価変化率の地域分布を見てよう。図2から図5のヒートマップは、各1kmメッシュにおける平均地価の対前年対数変化率を示している。[4]赤く(青く)塗られているメッシュでは地価が前年度に比べて上昇(下落)していることを表し、色が濃いほど変化率は大きい。

chuo_0721_img2.jpg2: 平均地価の対前年対数変化率(2019年)

chuo_0714_img3.jpg3: 平均地価の対前年対数変化率(2020年)

chuo_0721_img4.jpg4: 平均地価の対前年対数変化率(2021年)

chuo_0721_img5.jpg5: 平均地価の対前年対数変化率(2022年)

 2019・2020年時点の対前年対数変化率を表す図2・図3によると、東京23区を中心とした一都三県の中心部は濃い赤色で塗られており、コロナ禍前の地価は中心部ほど上昇トレンドにあったことを示している。しかし、2021年時点の図4では、一都三県全体に占める青色のメッシュの割合が増えており、特に、東京23区の約85%のメッシュにおいて平均地価が下落している。一方で、埼玉県・千葉県・神奈川県の東京23区に近接した地域などでは、地価の上昇傾向を保持している。2022年時点の図5では、一都三県全体に占める赤色のメッシュの割合が再び増え、その割合はコロナ禍前の水準に近づいたが、変化率の大きさはコロナ禍前の水準にまで回復していない。

都市圏内の位置による違い 〜全国的な傾向〜

 上記のヒートマップによって、一都三県内でも、中心部からの距離によって地価の推移傾向が異なることが確認された。この現象は全国的にも確認されるのだろうか?そこで、地価公示データの各地点(標準地)が中心市町村と郊外市町村のいずれに属するかを特定し、「大都市雇用圏の中心市町村」「大都市雇用圏の郊外市町村」「小都市雇用圏の中心市町村」「小都市雇用圏の郊外市町村」「都市雇用圏外」の5つのグループに分類した。各グループの平均地価の対数変化率(対2018年比)を算出し、その経年変化を図6に示す。

chuo_0721_img6.jpg6: 平均地価の対数変化率(都市圏規模・市町村種類別, 2018年比)

 図6によると、2020年から2021年にかけて、全てのグループで平均地価が下落しているが、特に大都市雇用圏の中心市町村は5つのグループの中で最も下落率が高く、大都市雇用圏の郊外市町村は最も下落率が低い。また、2021年から2022年にかけて、大都市雇用圏では中心市町村と郊外市町村のいずれにおいても地価が上昇しているが、特に郊外市町村の方が上昇率は高い。大都市雇用圏内でも特に郊外市町村において土地需要が高まっていることを示唆している。[5]

 今回紹介した内容は、図やヒートマップによる分析であったが、より詳細で正確な分析を行うためには統計的手法を用いる必要があり、現在取り組み中である。だが現段階において、Liu and Su (2021)と同様に、コロナ禍開始後の日本においても郊外化の進行と整合的な結果が得られた。一方で、大規模な都市圏から小規模な都市圏への移動は、Liu and Su (2021) と同じく2021年時点では整合的な結果が見られたものの、2022年時点ではその傾向を支持する結果は得られなかった。今後は、統計的手法を用いた分析に加えて、住宅需要やオフィス需要などの用途別に分析を細分化することによって、新型コロナウイルスの影響をさらに詳しく検討していく。


[1] 中心市町村への通勤率が一定割合以上である市町村を郊外市町村として特定している。
[2] 市区町村の境界データはMunicipality Map Maker ウェブ版(http://www.tkirimura.com/mmm/)から取得した。
[3] [5]ただし厳密には、土地の供給側の変動も考える必要があるが、ここでは短期の変動に着目しているため、供給側の変動は微小であると考えられる。
[4] 都道府県の境界データは、国土交通省の国土数値情報「行政区域データ」を簡素化して作成した。また、メッシュの境界データは、統計ソフトRのパッケージ「jpmesh」より取得した。

【参考文献】
Liu, Sitian and Su, Yichen (2021) "The impact of the COVID-19 pandemic on the demand for density: Evidence from the US housing market," Economics Letters, 207, 110010.
金本良嗣・徳岡一幸 (2002)「日本の都市圏設定基準」,『応用地域学研究』, 第7号, 1-15頁.

岡本 千草(おかもと ちぐさ)中央大学経済学部助教
専門分野 都市経済学・空間経済学

東京都出身。1991年生まれ。津田塾大学学芸学部国際関係学科、東京大学大学院経済学研究科の修士課程・博士課程を経て、2020年に東京大学にて博士号(経済学)を取得。東京大学政策評価研究教育センター(CREPE)、立教大学経済学部を経て、2021年より現職。現在もCREPEにて特任研究員を務める。

専門は都市経済学や空間経済学の実証分析。

主要論文はOkamoto, Chigusa and Sato, Yasuhiro (2021) “Impacts of high-speed rail construction on land prices in urban agglomerations: Evidence from Kyushu in Japan,” Journal of Asian Economics, 76, 101364 Okamoto, Chigusa (2019) “The effect of automation levels on US interstate migration,” The Annals of Regional Science, 63(3), 519-539. 等。