国の文化と組織文化の関わり-従業員態度と管理慣行への結果-
咲川 孝(さきかわ たかし)/中央大学国際経営学部教授
専門 経営組織、国際経営
私の研究は、これまで組織の文化、つまり組織文化、国の文化、および組織文化や国の文化が管理慣行、例えば教育プログラム、終身雇用、生産の現場にみられるようなチームワーク活動、最近みられるテレワーキングなどに及ぼす効果などについてであった。経営学、国際経営論において、文化は重要な研究テーマ、トピックの1つである。しかし、組織文化の調査、研究をしていても、これは国の文化ではないかと思ったことがある。反対に、国の文化について調査、研究をしていて、これは組織の文化ではないかと思ったことがある。会社の現場にて、管理者が直面をするのは組織文化ではあるが、これがどこまで組織文化であり、どこまで国の文化であるかを判別するのが困難であるのが現状である。経営学者、国際経営学者のなかには、組織文化と国の文化について議論をし、サーベイをしたものもいる(例えば、House, Hanges, Javida, Dorfman, & Gupta, 2004)。しかし、このつながりは十分に研究、調査されておらず、よく分かっていない。これまで、私が担当をする経営学入門、国際経営論を講義していても、組織文化を経営学入門で語り、国の文化を国際経営論で語り、組織文化と国の文化を分けて語り、これら2つの文化のつながりがよく、分からなかった。国の文化と組織文化とは、そもそも別物であるのか。組織文化は国の文化を反映しているのか。国の文化を反映した組織文化は、管理慣行や従業員の態度などの個人や組織の結果に影響を及ぼすのか。このような問いに答えるために、本年、2022年2月に、調査会社のオンラインシステムを利用して、日本、米国、英国の3ヶ国からの管理者に回答を依頼した、サーベイ調査を実施した。本研究紹介では、その分析の途中報告を紹介する。
質問票は、日本語、英語を作成して、利用をした。回答者は、日本の管理者が101名、米国の管理者が111名、英国の管理者が110名である。合計、322名の3ヶ国からの管理者が調査対象者である。3ヶ国からデータを集めた理由は、日本のような東洋の国々は集団主義、米国、英国の西洋の国々は個人主義などの国の文化的側面において異なると言われているからである(例えば、Hofstede, 2001、を参照)。調査項目は、従業員態度としての彼ら、彼女らの仕事へのエンゲイジメント、つまり仕事への関与である。さらに、組織文化の次元または種類としてのクラン(日本語にいう「家」)、階層(ハイアラキー)、市場(マーケット)、アドホクラシー(階層文化と反対であり、変化に柔軟な文化)がある(Cameron & Quinn, 1999)。そして、管理慣行としての雇用保障、広範囲な教育訓練プログラム、チームワーク活動などのハイコミットメント・ワークプラクティス(High commitment work practices or HCWPs)と呼ばれるもの、およびテレワーキング、フレックスタイム制のフレクシブル・ワークアレンジメント(flexible work arrangements or FWAs)と呼ばれる管理慣行が調査項目であった。
分析の結果は以下の通りである。まず、組織文化の種類である、クラン、階層、市場、アドホクラシーを3カ国の間での違いを調べてみた。その結果は、表1の通りである。アドホクラシーの組織文化は、英国、米国にて、日本より顕著であった。階層文化は、英国、米国で、日本より顕著であり、市場文化もそのような傾向があった。クランに関しては、3ヶ国で統計的に優位な違いがなかった。これらの結果は、組織文化は国の違いによって説明をされ、国の文化を反映しているかもしれないことを示唆しているかもしれない。つまり、日本よりも、より弱い不確定性への回避という国の文化が顕著な英国、米国では、アドホクラシーの組織文化が両国で顕著である。従業員と管理者との間では日本より遠い距離を置くと考えられる文化をもつ英国と米国にて、階層文化が顕著である。日本より個人主義の文化をもつ英国、米国では、市場の組織文化が顕著である。クラン組織文化について3ヶ国の間で統計的に優位な違いがなかったことは、既存研究で知られているように(Hofstede, 2001)、日本は考えてられているほど、集団主義ではないことが理由かもしれない。
次に、組織文化と従業員の仕事への関与との関連を分析した。アドホクラシー、クラン、市場の組織文化が、従業員の仕事への関与に正の影響を与えていた。しかし、階層の組織文化は、従業員の仕事への関与とは関連がなかった。さらに、組織文化と従業員の仕事への関連のプロセス、因果を分析した。その際に、管理慣行としてのハイコミットメント・ワークプラクティス、およびフレクシブル・ワークアレンジメントが、これらの間に介在するということを理論的命題のもと、分析を行った。アドホクラシーの組織文化は、ハイコミットメント・ワークプラクティスを介在して、仕事への関与に影響を及ぼしていた。クラン組織文化は、ハイコミットメント・ワークプラクティス、およびフレクシブル・ワークアレンジメントを介在して、仕事への関与に影響を及ぼしていた。しかし、クラン組織文化がハイコミットメント・ワークプラクティスを通じての間接効果のほうが、クラン組織文化がフレクシブル・ワークアレンジメントを通じての間接効果よりも、統計的にみて有意に大きかった。同様に、市場の組織文化と仕事への態度との関連においても、市場の組織文化がハイコミットメント・ワークプラクティスを通じての間接効果のほうが、それがフレクシブル・ワークアレンジメントを通じての間接効果よりも、統計的にみて有意に大きかった。
さらに、米国と日本との間、英国と日本との間で、組織文化が従業員の仕事への関与に至るメカニズム、つまり組織文化が管理慣行を通して、仕事への態度に及ぼす、前述の間接効果に違いがあるどうか分析してみた。95%の信頼区間を設定した分析をしたところ、英国と日本、または米国と日本との間で、間接効果の違いはなかった。しかし、90%まで信頼区間の水準を緩めたところ、クラン組織文化がハイコミットメント・ワークプラクティスを通じての間接効果が日米で異なっていた。このような管理慣行のなかで仕事をする人々は、なかでも日本の文化のような集団主義の社会的背景をもった人々は、そのような管理慣行から仕事の関与を強めることが予想される。クラン組織文化と仕事への関与とのメカニズムの理解を高めるために、図1を描いた。図のなかにみられるように、クラン組織文化がハイコミットメント・ワークプラクティスを通じて、仕事への関与に及ぼす間接効果は、日本のほうが、米国においてよりも大きい。
国の文化と組織文化とのつながりは、長い間、議論をされてきたが、依然、十分に理解をされていない。このようなつながりの知識を高めることは、国と組織のそれぞれの文化の性質の理解に役立つことができると思われる。研究者は、これらの文化のつながりを理解することが求められる。
[注] 本研究は、科学研究費、基盤研究(C)20K01860(咲川 孝・研究代表)の助成を受けたものである。
参考文献
Cameron, K. S., & Quinn, R. E. (1999). Diagnosing and changing organizational culture: Based on the competing values framework. Reading, MA: Addison-Wesley.
Hofstede, G. (2001). Culture's consequences: Comparing values, behaviors, institutions, and organizations across nations. Thousand Oaks, CA: Sage Publications.
House, R. J., Hanges, P. J., Javidan, M., Dorfman, P. W., & Gupta, V. (Eds.). (2004). Culture, leadership, and organizations: The GLOBE study of 62 societies. Thousand Oaks, CA: Sage Publications.
咲川 孝(さきかわ たかし)/中央大学国際経営学部教授
専門 経営組織、国際経営徳島県出身。
1988年 青山学院大学経営学部卒業
1990年 青山学院大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了
1996年 青山学院大学大学院国際政治経済学研究科 国際経営学専攻博士課程修了。博士(国際経営学)
新潟大学専任講師、助教授、准教授、教授へて、2019年より現職。著書
『組織文化とイノベーション』千倉書房、1998年。
Transforming Japanese workplaces, Hampshire, UK: Palgrave-Macmillan, 2012.