研究

自動運転による地方創生への道のり

吉田 雅裕(よしだ まさひろ)/中央大学国際情報学部(iTL)准教授
専門分野 IoT AI

 日本が直面する超高齢化や人口減少の中で、国民総生産を維持していくことは急務となる。現在の社会では、人の移動やモノの運搬に多大なエネルギーと時間が消費されているため、国民総生産を維持していくためには交通技術の発達が必要不可欠となり、その要素技術として期待されているのが「自動運転」である。筆者は、国内の自動車メーカー、通信事業者、省庁などと連携し、2016年から現在に至るまで、自動車の自動運転の研究開発を行っている。この度、日本電信電話株式会社と総務省との共同研究成果[1]が国際会議IEEE IoTNAT2021においてBest Paper Awardを受賞したので、その内容について解説する。

地方の公共交通機関の現状

 筆者は、山口県の北部に位置する山沿いの小さな田舎町で生まれ育った。私の父は路線バスの運転手をしており、子供の頃は父の運転するバスに乗って、小学校の友達とお喋りしながら通学することが楽しみであった。また、たくさんの人々を乗せながら、目的地まで安全に送り届ける父の姿に対して、子供ながらに誇りを感じていたことを覚えている。以来、地方の路線バスの運転手として働く父の背中を通して、地方の公共交通機関が置かれている現状を目の当たりにしてきた。

 地方では急激な人口減少が続いており、公共交通機関の利用者が極端に少なくなったことで毎年多くの赤字が生み出されている。2022年においては、県や市町村の補助金なしには、地方の路線バス会社は経営を維持することができなくなっている。基本的にどの路線も採算が取れないため、路線バスの運行間隔は12時間に1本となっており利便性はとても悪い。また、ガソリン価格の上昇に伴い、路線バスの運賃は年々上昇している。さらに、悪化する経営状況の中では、路線バスの運転手の給料を高くすることができないため、運転手募集に人が集まらず、路線バスの運転手は慢性的な人手不足に陥っている。

 少子高齢化の影響により公共交通機関が衰退した地方では、日常の移動のために自家用車を持つことは必須となっており、運転免許を返納したくても返納できない高齢者が増加する要因となっている。地方の公共交通機関の現状に対してこのまま何も対策できなければ、自動車の運転を辞めたくても辞められない高齢者が今後も増えていくだろう。高齢者が運転する自動車による交通事故の増加は、日本が抱える社会問題の一つとなっている。

 人やモノの交流が活発な現代において、今後も、公共交通機関が衰退した地方から人は流出し、より移動が便利な都市部に流入していくであろう。地方創生を実現したければ、地方における移動の不便さを解消しなければならないのである。これが、筆者が自動運転の研究を始めた理由となる。

自動運転を実現する鍵はコネクテッドカーとサイバーフィジカルシステム

 ここから、自動運転に関わる技術的な解説を始めたいと思う。しかしながら、自動運転の研究は、あらゆる工学分野の高度な要素技術が集合した「ロケットサイエンス」の様相を呈しているため、そのすべてを俯瞰的に解説することは難しい。そこで、情報ネットワークのバックグラウンドを持つ筆者が、自動運転の実現に向けて特に有効だと考える2つの要素技術に焦点を当てて解説する。

 一つ目の要素技術は「コネクテッドカー[2]」である。コネクテッドカーとは、インターネットへの常時接続機能を具備した自動車のことを指す。コネクテッドカーの場合は、自動車の構成部品の状態や周囲の道路状況などのさまざまなデータを、インターネットを介して外部のコンピュータに集積して分析することができる。「自動車にはバッテリーが搭載されているので、自動車の中にコンピュータを設置して計算させたほうが効率的なのではないか」と考える読者もいるかと思われるが、実際はそう簡単なことではない。自動運転には大量のコンピュータ資源が必要であるのに対して、自動車のバッテリーは貧弱なのである。筆者が自動車メーカーのエンジニアに「自動運転の人工知能を動かすコンピュータを自動車のバッテリーから給電してほしい」と無邪気に頼んだ時に「1秒でバッテリーがあがるよ」と苦笑いされたのは、今となってはよい思い出である。高度で安全な自動運転を実現するためには、自動車の中にコンピュータを設置するだけでなく、クラウドなどのコンピュータ資源と自動運転車が、インターネットを介して「Connected(つながった)」状態で連携する方式がベストとなる。

 二つ目の要素技術は「サイバーフィジカルシステム[3]」である。サイバーフィジカルシステムとは、実世界(フィジカル空間)にあるさまざまなデータを収集し分析することで、クラウドの中に仮想世界(サイバー空間)を構築するシステムのことを指す。自動運転の場合は、実際の市街地のコネクテッドカー、歩行者、信号機、建物、天気などの情報を収集し、実世界を模擬した仮想的な市街地をクラウドの中に構築する。サイバーフィジカルシステムを自動運転に活用することで、単体のコネクテッドカーでは認識することができない死角からの歩行者の飛び出しなどに対応することができるようになる。また、複数のコネクテッドカーが相互に情報を共有して連携することで、都市交通網全体のさらなる最適化を行うことができる。サイバーフィジカルシステムは、コネクテッドカーとクラウドが相互に常時接続された状態で、高い通信品質を維持しながらリアルタイムにデータをやり取りすることが求められる。そのため、近年では自動車メーカーと通信事業者の連携が進むなど、コネクテッドカーとクラウドをつなぐための「ネットワーキング技術」の役割がこれまで以上に重要視されている。

エッジコンピューティングを活用したCANデータ圧縮技術

 サイバーフィジカルシステムでは、市街地を走るコネクテッドカーの状態を詳細に模擬することで、複数のコネクテッドカーが連携した安全な自動運転を実現できる。これを実現するためには、コネクテッドカーの内部からCANデータ[4]を抽出して、10100msという非常に短い時間のうちに、クラウドまで送り届けなければならない。CANデータとは、コネクテッドカーのエンジン、ハンドル、ブレーキなどの状態を表す重要なデータのことで、コネクテッドカーの走行状態を模擬するうえで必要不可欠なデータとなる。

 一方、CANデータのリアルタイム収集は、自動運転に関する研究の中で、最も難しい技術課題の一つであることが知られている。その理由は、CANデータのデータサイズが16 Byteと非常に小さく、コネクテッドカー1台あたり毎秒1,000個以上生成されるからである。市街地を走るたくさんのコネクテッドカーから、サイズが小さくて個数が大量のCANデータがクラウドに押し寄せることになるが、現在のネットワーキング技術では、大量のCANデータをクラウドに集めることができないのである。身近な例で説明するならば、「通販で発注した1,000個の消しゴムが、1個ずつ段ボールに個別包装されて、異なる配送業者によって1,000回送り届けられる」という非効率な状況となってしまうのである。

 そこで筆者は、通信事業者が5Gの中で推進しているエッジコンピューティング[5]という仕組みを用いて、複数のコネクテッドカーが送信するCANデータをリアルタイムに圧縮する技術を発明した。筆者の発明した技術を用いると、「通販で発注した1,000個の消しゴムが、1個の段ボールにまとめて包装されて、単一の配送業者によって1回で送り届けられる」という効率的な配送状況を実現することができる。実際に筆者がコネクテッドカーを運転して有効性を検証したところ、88%の圧縮率を達成できることを実証した。

 本技術を用いることで、自動運転のためのサイバーフィジカルシステムを地方でも安価に実現することができるようになる。今後、自動運転の導入がもっと容易になれば、地方が抱える「移動」の問題を解決する有効な手立てとなることであろう。自動運転には、まだまだ乗り越えなければならない課題は山ほど存在するが、自動運転の技術は日進月歩で着実に進化している。いつの日か、筆者の地元でも自動運転バスの走る光景が日常となってほしいと思う。その時は、自動運転バスに父を乗せて、どこか遠くまで一緒に旅に出てみよう。道中では、「自動運転より自分のほうが運転はうまい」という父の自慢話を聞く羽目になるかもしれないが、それはそれで何だか楽しみである。


〈参考文献〉

[1] M. Yoshida, K. Mori, T. Inoue, H. Tanaka, "EdgeRE: An Edge Computing-enhanced Network Redundancy Elimination Service for Connected Cars," in IEEE IoTNAT2021, 2021 (Best Paper Award).
[2] 総務省情報通信白書, "4章 暮らしの未来とICT, コネクテッドカー・オートノマスカー", https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h27/html/nc241210.html, 2015(参照2022512日).
[3] 総務省情報通信白書, "45Gのその先へ, サイバーフィジカルシステム", https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd140000.html, 2020(参照2022512日).
[4] International Organization for Standardization, "ISO 11898-1:2015 - road vehicles -- controller area network (CAN) -- Part 1: data link layer and physical signalling," https://www.iso.org/standard/63648.html, 2015 (参照2022512).
[5] 欧州電気通信標準化機構, "ETSI ISG MEC, " http://www.etsi.org/technologies-clusters/technologies/multi-access-edge-computing, 2022 (参照2022512).

吉田 雅裕(よしだ まさひろ)/中央大学国際情報学部(iTL)准教授
専門分野 IoT AI

山口県出身。1985年生まれ。
2013年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)
日本学術振興会特別研究員、NTT未来ねっと研究所研究主任を経て、2019年より現職。

専門はIoTAI
5Gと自動運転車を組み合わせたコネクテッドカーや、サイバーフィジカルシステムのためのIoTデータ収集方式に関する研究開発を行っている。