研究

「テレワーク」と「分散型ワーク」を考える

高村 静(たかむら しずか)/中央大学大学院戦略経営研究科 准教授
専門分野 経営学

コロナ禍でのテレワークの広まり

 コロナウィルスの感染拡大により、予期せぬ形でテレワークが急拡大した[1]

 テレワークとは、厚生労働省[2]によれば、①自宅を就業場所とする「在宅勤務」、②移動中の交通機関や顧客先、カフェ、ホテル、空港のラウンジなどを就業場所とする「モバイル勤務」、③本拠地のオフィスから離れたオフィスで就業する「サテライトオフィス勤務」を含む、情報通信技術(ICT)を活用した時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方と定義されている。その場(職場)にいなくても機能(役割)を果たすことが可能な働き方で、近年進んだ人材の多様化に加え、働く場所の多様化、という新たな多様化の軸を、職場に生み出している。

テレワーク推進の問題関心―「働き方改革」と「集団的創造性」

 テレワークはコロナ禍以前からも進められており、そこでの主な問題関心は「働き方改革」である。決められた時間・場所で労働サービスの提供が求められた大量生産を行う工業社会では、そうした働き方ができないために、雇用機会を得ることがかなわなかった人々が少なくなかった。しかしポスト工業社会に移行し決められた時間・場所で働く必要性が弱まったことや、社会全体の労働力不足もあり、従来雇用機会を提供できていなかった層からも労働サービスの供給を受けるため、働く時間・場所の制約を緩めようとする試みとして、テレワークの導入が行われた。個人から見ても、育児・介護などの理由から(一時的に)従来の労働条件の下では難しい就業継続・再就職の希望を叶えられると言う意味で、望ましい施策である。

 一方、コロナ禍前後から着目されてきたのは、「集団的創造性」という問題関心である。異質な視点や知識をもつ知的労働者のスムーズな移動と交流とを促し、創造的な相互作用を生み出すことで、集団(チーム)の生産性を高めようとする視点である。新たな価値創造は、同質なものよりも異質な視点や知識の組み合わせを好むことはよく知られている。

テレワークをワークプレイスの再設計に組み入れる動き

 集団的創造性に着目する取組は、オフィス(ワークプレイス)改革の動きとも同調している。オフィスは、できる限り空きスペースを排除し、コスト削減と管理者の進捗管理の効率性を追求する工業社会の作業空間として出発した。時代を経て、働きやすさやチームでの共同作業の効率を重視する機能空間としての(島型)レイアウトが検討されたり、さらに生活空間として、快適さをも追及することで社員の満足度の向上が目指されたり、さらに近年は、経営空間として、多様な人材が集まり多様な情報を交換し、集団作業を通じて新たな知識を生み出す場、という再定義がなされつつある。多様な交流を空間設計によって実現しようとするフリーアドレス化(固定席を排して多人数で共有するオフィス)や、さらにその日の業務の種類によりオフィスを使い分けようというABW(Activity Based Working)という発想のオフィス設計もみられる。ABWで複数提供されるワークプレイスの一部にICTを活用したテレワークを組み入れる動きもみられるようになってきた。

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集団的創造性を目指す「分散型ワーク」

 さて、ABWのように、複数のタイプのオフィスを提供し、個人に働く場所の裁量を認めることのみで、集団の創造性は高まるであろうか。従来の研究によれば答えは悲観的にならざるを得ない。個人の自律性を重んじ、分散して働くことを、何ら工夫なく行うと、集団の相互作用を生むどころか、むしろチームのメンバー間の交流や継続的な関与を低下させる可能性もある。個人の自律や人材の多様性を尊重するには分化、すなわち「部分を全体から分けること」が必要だが、分化を進めると統合、すなわち「全体の調和」が犠牲になり組織力が失われるという「分化と統合のジレンマ」(太田, 2020[3])が生じる。

 テレワークの問題関心として前節で指摘した「働き方改革」と「集団的創造性」の2つについて留意すべきは、前者では、テレワークは個人の働き方の選択であり、職場によっては例外的な働き方である可能性もあるが、後者ではテレワークは主流の働き方の1つとして積極的に認められており、分散を前提に、組織全体の生産性の観点から、コミュニケーションやチームワーク、モチベーションなどを考慮しながら、戦略的に働く環境やマネジメントを開発する必要があるという点である。こうした実践は、単にテレワークと呼ぶことと区分し分散型ワークと呼ばれ、意識されはじめている。

分散型ワークの実践

 今後、特に知的労働者の間でテレワークは定着し、広まる可能性が高い。こうした環境下で筆者は、多様性をマネージする分散型ワークに関心を持ち、分化と統合のバランスを、オフィス設計と人事施策を組み合わせて探ろうとする職場の実践を調査している。

 これまでに、空間設計によって職場風土に影響を与えたり、人の動線を生み出し意図的に部署間の交流を促進した事例、空間設計プロセスに多くのメンバーを巻き込むことで、マネジメントとのビジョンの共有を図り、ボトムアップの提案を取り入れることで組織が活性化した事例、チームメンバーの行動を一定程度可視化するウェアラブルセンサーとICTを組み合わせて導入した事例、メンバーがリアルで交流する場をあえて設定する様々な工夫、また業務効率化の直接効果だけでなく、日常的なリアルな交流が限られる中、人間関係の構築や問題意識・技能の向上、リーダーシップ能力の開発、やりがいや達成感・満足などの獲得といった間接効果を高めるためのマネージャーのメンバーへの関与の在り方、リーダーシップスタイルに応じたバーバル(口頭)、ノンバーバル(非口頭)・コミュニケーションの方法など、いくつかの観点から事例を収集してきた。一部はすでに学会で報告を行い、一部は今後の発表に向け準備を行っている。

分散側ワークに関する研究課題と新たなツール

 分散型ワークを効果的に運用するための、組織の共通基盤としての人事施策や、職場の実践としての管理職の振る舞いなどの研究が、今後蓄積されることが望まれる。こうした研究に寄与する新たなツールも登場している。例えばウェアラブルセンサーの行動履歴データなどは、研究に新たなエビデンスを提供してくれるだろう。筆者らが企業から提供を受けたデータを分析した結果によっても、同じ業務に携わる、同じ所属の複数の管理職の間にも、フリーアドレスのもとで滞在する場所や時間に個別の大きな特徴があることが示されており、またそれはリーダーシップのスタイルと関連があることも明らかになりつつある。

 ウィズコロナ時代の働き方としてテレワークの活用や分散して働くチームの活動はより広まる可能性が考えられる。そこから生産性を引き出す新たな施策としての分散型ワークの在り方に関し一層の知見の蓄積が求められる。


[1] 例えば、総務省「情報通信白書令和3年版」図表2-3-4-1 企業のテレワーク実施率(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd123410.html)など参照。202241日閲覧。
[2] 厚生労働省「テレワーク総合ポータルサイト」https://telework.mhlw.go.jp/ 参照。2022年41日閲覧。
[3] 太田肇(2020)「日本企業における協働のあり方─チームと個人の関係性に注目して」日本労働研究雑誌, No.720, pp50-58.

高村 静(たかむら しずか)/中央大学大学院戦略経営研究科 准教授
専門分野 経営学

山梨県出身。1966年生まれ。1989年東京女子大学文理学部卒業。2008年筑波大学ビジネス科学研究科博士前期修了。2019年東京大学学際情報学府博士後期課程修了。 博士(学際情報学)東京大学。

民間企業勤務、内閣府男女共同参画分析官、成城大学特別任用教授などを経て2019年より現職。現在の研究テーマはダイバーシティ・マネジメント、人材開発、ワーク・ライフ・マネジメントなど。

また、主要著書に『シリーズダイバーシティ経営 管理職の役割』(共著、2020年、中央経済社)などがある。

教養番組『知の回廊』第142回「コロナ禍で加速したテレワーク 光と影・その展望」(https://www.chuo-u.ac.jp/usr/kairou/news/2021/12/57471/