研究

宇宙における極限環境の物理を探る新たな目

―X線偏光観測衛星IXPEの打ち上げ―

岩切 渉(いわきり わたる)/中央大学理工学部助教
専門分野 素粒子・原子核・宇宙線・宇宙物理

 2021年129日にNASAアメリカ航空宇宙局は、"NASA Launches New Mission to Explore Universe's Most Dramatic Objects"−「NASA、宇宙において最もドラマティックな天体を探査する新たなミッションを開始」と題し、筆者も計画に参加しているX線偏光観測衛星IXPE(Imaging X-ray Polarimetry Explorer)の打ち上げを報じて、日本では理化学研究所(理研)からプレスリリースが行われた[1][2]。今回、我々X線天文学者の長年の悲願である、天体からのX線偏光観測の重要性と、その長かった道のりについて解説を行なっていきたい。

宇宙の極限環境を見る目 ―X線天文学―

 夜空の星をよくよく眺めていると、星によって色が違うことに気づくことだろう。この色は、その星の温度を表しており、赤い星は〜4000度、青は〜10000度の温度に対応している。ヒトの目で直接確認ができる宇宙の天体は、この温度の範囲程度にしかないが、実際にはより多種多様な天体とそれに伴う事象に溢れている。例えば、現在人類が作り出すことのできる定常磁場の強度の約1000万〜100億倍も強い磁場を持つ非常に小さな星、中性子星や、スプーン一杯の質量が地球1つに相当するような密度を持つブラックホールが、恒星と連星系を組んでいた場合、その周囲に数千万度にも達するプラズマが生成され、強烈なX線を放っている。このような、地球上で人類が再現するには難しい極限環境を探査するためには、そこで発生するヒトの目には見えない宇宙X線を観測する必要がある。これを行うのがX線天文学の分野である。冒頭の「宇宙において最もドラマティックな天体」とは、このような人智を超えた極限環境で、高エネルギー現象を起こしている天体を指している。

 宇宙からやってくるX線を捉えるためには、ヒトの目で見える光を観測する可視光天文学に比べて、一つ大きな障害がある。それは、X線が地球の大気に遮られてしまい、地表に到達しないことである。つまり、宇宙X線を捉えるためには、観測装置を地球大気の外側まで運び出さなければならない。そのため、X線天文学者は、人工衛星に望遠鏡や観測装置を取り付けて打ち上げたり、国際宇宙ステーション(ISS)に観測機器を取り付けるなどして、宇宙X線を捉えている。我々、中央大学天体物理学研究室でも、ISSに設置してある日本の全天X線監視装置MAXIの運用に参加し、後楽園キャンパス5号館に設置してある可視光望遠鏡のデータも合わせて、日々宇宙の極限環境と向き合っている[3][4]

X線天文学の残された課題 ―偏光観測―

 天文学の手法において、その天体の性質を調べるために、光(電磁波)から4つの情報を得ることが重要になる。一つ目は、天体の時間毎の明るさの変化、二つ目は色合い(スペクトル)、三つ目は撮像から得られる天体の形状の情報(銀河の渦巻きなど)、そして四つ目が偏光である。偏光とは、電磁波の偏りを表すものである。例えば、水面のような平面で反射される光は、水面と平行な方向に偏ることになる。ヒトの目にはこの偏りを感知する機能が備わっていないが、この偏光の性質を利用して作られた偏光サングラスをかけると、水面の反射光のみをカットし、水の中が見えるようになる。X線も同様の性質を持っており、例えば先に述べた地球上では決して再現できないような強磁場を持つ中性子星では、その強磁場のために真空がゆがんでおり、そこを通る光も偏ることが予想されているが、これを確認するためには偏光を観測する必要がある。また、恒星とブラックホールの連星系において、ブラックホールの周囲の巨大な重力場によって時空がゆがんでいると考えられている領域に、数千万度の高温プラズマが存在していて、そこから地球にやってくるX線には、周囲のプラズマに反射して届く成分も含まれていると考えられており、その偏光情報から、ブラックホール周囲の時空構造を明らかにする可能性を秘めている。このようにX線偏光の情報は、強磁場や強重力の極限環境の性質を探るために重要なプローブとなるが、その観測は今から約50年前の1970年代に1天体から偏光検出に成功したのみで、それ以降新たな天体からのX線偏光は検出されていない。その理由は、X線偏光の観測の困難さに由来する。

X線偏光観測の手法

 可視光の帯域において、偏光情報を測定するためには、可視光の波長サイズ(ナノメーター)のスリットを持つ、小中学校の理科の授業で経験した方もいるであろう、偏光板を利用することで取得できる。しかし、X線の波長は原子と同程度の長さであるため、そのサイズのスリットを製作することは容易ではなく、偏光を直接測定することができない。そのため、X線より波長の短い電磁波の偏光情報を得るためには、入射してくる電磁波を何かに相互作用させて、そこで起きる2次的な反応を観測することで、入射光の偏光度を測定する必要がある。X線の帯域では、入射してきたX線をガスと相互作用させ、その際に光電効果によって飛び出す光電子の方向が、入射X線の偏光方向に依存することを利用し、光電子の飛び出す方向を記録することで偏光を測定することが可能である。原理的には昔から知られた方法ではあったが、この手法を地上ではなく衛星軌道上で実現し、数千光年以上離れた場所からやってくる宇宙X線を観測するのに十分な性能を持つようにするためには、技術的な困難さがつきまとい、世界中の研究者がX線偏光計の開発を長年続けていた。日本においては、適切なガスの選定や、理研を中心とした、光電子の飛跡を得るのに必要なガス電子増幅フォイルの改良を続け、人工衛星に搭載するタイミングを待っていた。

衛星搭載までの長い道のり

 検出器の開発が進んでも、人工衛星は大きなプロジェクトであり、開発をした観測装置を衛星に搭載できるチャンスはそう多くない。NASAにはSMEX(Small Explorers)プログラムという観測衛星の公募が存在し、SMEXの公募が発表された際には、多くの研究機関が待っていましたとばかりに提案書を応募する。審査の流れは、まず1回目のダウンセレクションで三つ程度のミッションに絞られる。次に1年程度の準備期間を経て2回目の審査が行われ、一つの衛星ミッションが決まるという長く厳しい戦いが待つ。実は、X線偏光の観測衛星は、NASAゴダード宇宙飛行センター(NASA/GSFC)が中心となり、日本からは理研が参加し開発を進めていたGEMS(Gravity and Extreme Magnetism Small Explorer)衛星計画が、この審査を勝ち抜き、2014年には打ち上がるはずであった。ところが、GEMS2012年にNASAの内部の最終審査において、突然のミッション終了が告げられた。当時博士課程の3年で、GEMS搭載のX線偏光計の開発に携わっていた筆者にとっては、この先のアカデミックの道が閉ざされたな、という思いでこの報を受けた。しかし、NASA/GSFCも我々も諦めず、共に新たなミッションとして再挑戦をしよう、との運びとなり、PRAXyS(Polarimeter for Relativistic Astrophysical X-ray Sources)と新たなミッション名で再起を図り、次のSMEX公募へミッション提案書を提出した。かくして、PRAXyS2015年に行われた1回目のダウンセレクションを無事通過することができた。しかし、1次審査を通った他のミッション名を見て、再び衝撃が走ることになる。同じX線偏光観測ミッションで、NASA/GSFCとは別機関であるNASAマーシャル飛行センター(NASA/MSFC)IXPEの名前があったのだ。同じ目的を持った2つのミッションが、2つとも1回目の審査を通過するというのは、前例の無い事態であった。PRAXySIXPEの違いは、先に挙げた天文学で重要な4つの情報のうち、PRAXySは撮像機能を排して、より偏光検出に対する感度を向上させることを選び、IXPEは感度を減らしてでも撮像機能を付与することを選んだ。筆者らPRAXySの偏光計チームは装置の較正試験に尽力し[5]、来たるダウンセレクションに備えた。そして、2016年に行われた第2次審査の結果、選ばれたのはIXPEであった。GEMSPRAXySと、長年X線偏光計の開発を進めてきた日本チームの落胆ぶりは筆舌に尽くしがたいものであったが、X線天文学者としての悲願であるX線偏光観測衛星を実現させるため、昨日までは競合相手でライバルであったIXPEミッションを、必ずや成功させるべく、協力を申し入れ、理研はX線偏光計に重要なガス電子増幅フォイル、名古屋大学からはX線望遠鏡の受動型熱制御薄膜フィルターの提供、山形大、広島大、大阪大、中央大等の機関ではデータ解析のソフトウェア開発やサイエンス検討で協力をしていくこととなった。

 このような長い道のりを経て、ついに2021129日にIXPE衛星は宇宙空間へと打ち上げられ、軌道投入に成功した。その後順調に観測に向けた観測装置の立ち上げ等の準備が行われ、現在予定通り観測が進んでいる。この1年で、IXPEはまだ人類の誰も見たことのない中性子星やブラックホールにおける極限環境物理の情報を我々にもたらしてくれることであろう。これまで見つかってきた多くの天文現象がそうであったように、その結果は我々の想像をはるかに超えるものであって、世界中の天文学者は頭を抱えることになるかもしれない。ただし、長年待ち続けたデータゆえに、その内心は悩むことが楽しくて仕方ない。


[1] NASA Launches New Mission to Explore Universe's Most Dramatic Objects
https://www.nasa.gov/press-release/nasa-launches-new-mission-to-explore-universe-s-most-dramatic-objects
[2] ブラックホールを観測する新しい手段の開拓-X線偏光観測衛星 IXPE の打ち上げ-
https://www.riken.jp/pr/news/2021/20211208_2/index.html
[3] MAXIホームページ http://maxi.riken.jp/top/index.html
[4] 中央大学 理工学部 物理学科 天体物理学研究室 坪井研ホームページ https://tsuboi-lab.r.chuo-u.ac.jp/Top/
[5] "Performance of the PRAXyS X-ray polarimeter", W.B. Iwakiri et al., Nuclear Inst. and Methods in Physics Research, A, Volume 838, p. 89-95. (2016)

岩切 渉(いわきり わたる)/中央大学理工学部助教
専門分野 素粒子・原子核・宇宙線・宇宙物理

東京都出身。1984年生まれ。2003年東京都立小石川高校卒業。
2008年 埼玉大学理学部物理学科 卒業
2010年 埼玉大学大学院理工学研究科博士前期課程 修了
2012年 埼玉大学大学院理工学研究科博士後期課程 修了 理学博士(埼玉大学)
日本学術振興会PD、理化学研究所基礎科学特別研究員を経て、2018年より現職

専門はX線天文学。中性子星からのX線バーストや、恒星フレアなどの突発現象に対して、国際宇宙ステーション(ISS)に搭載されている日本の全天X線監視装置MAXIと、同じくISSに搭載されているNASAゴダード宇宙飛行センターのX線望遠鏡NICERを用いたデータ解析や、X線偏光計の開発を行っている。