研究

少年俳優はジュリエットをどう演じたか

――失われた上演の再構築の試み――

木村 明日香(きむら あすか)/中央大学文学部助教
専門分野 初期近代イギリス演劇

 ウィリアム・シェイクスピアは16、17世紀に活躍したイギリスを代表する劇作家である。彼の戯曲は4世紀以上経った今でも日本を含む世界各国で上演されているが、シェイクスピア時代のロンドンの劇場ではどのように上演されたのだろうか。劇場の規模や収容人数はどれくらいで、どのような衣装や小道具が舞台を彩ったのか。俳優たちはどのような台詞回しと身振りを使い、登場人物の心情を観客に伝え、物語世界を生きたのか。もちろん当時は録音・録画技術もなく、こうした問いに直接答えてくれる視聴覚資料は残っていないが、戯曲を精読し、散逸した歴史資料をかき集めると、おぼろげながら失われた過去の上演風景が浮かび上がってくる。

 当時の上演を三次元的に再構築しようとする研究は1989年にローズ座の劇場跡地が偶然発掘された頃からさかんに行われてきた。1997年には『ハムレット』、『マクベス』、『リア王』などシェイクスピア劇の大半が上演された屋外劇場のグローブ座が再建され、2014年には彼の劇団が後年使用したブラックフライアーズ座を模した室内劇場も建設された。これら三つの施設はいずれも当時の劇場街だったテムズ川南岸のバンクサイドにあり、400年前にタイムスリップしたような観劇体験が楽しめるだけでなく、当時の上演を想像するための実験場にもなっていて、学術研究と上演実践の活発な応答が行われている[1]

 中でも筆者が関心を寄せているのが少年俳優(boy actors)である。イギリスの舞台に女優が登場するのは1660年の王政復古以降であり、それまでは少年俳優がすべての女性役を演じていた。少年(boy)というとせいぜい中学生くらいまでの年端もいかない子供という印象を与えるが、実際、彼らは思春期に声変わりする前の男子だと長らく考えられてきた。ところが2000年代に入るとこの通説が見直されるようになる。実在した少年俳優の経歴を戸籍謄本にあたる教区記録などから洗い出す地道な研究が行われた結果、彼らの年齢層が12歳から22歳までと幅広く、平均年齢も16~17歳と従来の想定よりもはるかに高かったことが判明したのである[2]

 22歳といえば今の日本の大学四年生にあたり、少年と呼ぶのはいささか奇妙に感じられるが、これは当時の少年の定義の特異性と関わりがある。16、17世紀のイギリスにおいて、市民階級の男性の大半は14歳から21歳までの間に同業者組合(ギルド)に徒弟として登録し、少なくとも7年間を親方の住居兼職場で暮らしていた。彼らは無給だったため、親方に経済的に依存しており、また徒弟の身体と労働は親方の所有物とみなされたため、性交渉や結婚も禁止されていた。いわば管理の厳しい親元に暮らす子供の状態にあり、年季奉公を満了し経済的に自立するまでは、年齢にかかわらず、一人前の男(man)に満たない少年(boy)とみなされたのである。役者のギルドはなかったが、彼らも少年俳優を同じ徒弟制度を使って起用した。少年俳優は成人俳優と年季奉公契約を結び、親方の住居に居候しながら演技指導を受け、女性役として舞台経験を積んだ。そして年季奉公を終えると晴れて成人俳優となり、男性役としてデビューしたのである[3]

 少年俳優をめぐるこうした近年の発見は作品の読み方をどのように変えてくれるだろうか。有名な恋愛悲劇である『ロミオとジュリエット』を例に見てみよう。対立する二つの名家に生まれた男女が恋に落ち、両親に内緒で結婚までするが、不幸なすれ違いからどちらも自ら命を絶つという物語である。まずは少年俳優の身体がもたらす舞台上の効果を考察する。ジュリエットは14歳の誕生日まであと二週間と少しと紹介されるが、彼女を演じたのが、声変わりする前の小柄な12歳の俳優だったのか、声変わりして身長も伸び切った22歳の俳優だったのかによって、ずいぶんと印象が変わることは想像がつく。幼さの残る12歳の俳優がジュリエットを演じたのであれば、初恋の相手であるロミオをまっすぐ愛し、彼のあとを追って短剣で自害してしまうほどの向こう見ずの若さが強調されたはずだ。逆に、成熟した身体をもつ22歳の俳優が演じたのであれば、女性に貞節が求められる時代にありながら、大胆にも性的欲望について語り、夫であるロミオへの愛を貫くために両親をも欺くジュリエットの早熟さや自立性が強調されただろう。残念ながらジュリエットを演じた少年俳優を特定することはできないが、シェイクスピア以外の作品には配役表が残っているものも多く、より具体的な議論も可能である。

 相手役であるロミオを演じた成人俳優との関係性も重要だったかもしれない。演じたのは当世きっての名優リチャード・バーベッジだが、『ロミオとジュリエット』が初演を迎えた1595年頃、彼は27歳前後だった[4]。シェイクスピアはロミオの年齢には言及していないが、材源であるイタリアの物語では20~21歳となっており、バーベッジは設定よりもやや年上だったといえる[5]。ジュリエットを演じた少年俳優が若ければ若いほど、バーベッジとの年齢差や体格差は大きかったと考えられるが、おもしろいのはシェイクスピアがロミオではなく、むしろジュリエットに当時でいうところの「男らしさ」を与えている点である。当時の男性優位のジェンダー観では、男性は強さ、勇敢さ、理性、自立性と結びつけられ、女性は弱さ、臆病さ、本能(あるいは感情)、依存性と結びつけられた。しかしロミオとジュリエットの場合、このジェンダー観は逆転している。ロミオの行動はしばしば衝動的で理性を欠き、彼はロレンス神父というメンターなしには正しい行動をとることができない。ジュリエットの従弟であるティボルトを誤って殺害した後も、自分の行動に責任が取れず、死にたいといって涙にくれるばかりである。一方のジュリエットにも突発的なところはあるが、全体としてじっくりと吟味したうえで行動に出ている。彼女はメンターがいなくても自分にとって何が正しいかを思考し、しばしば勇敢に行動するのである。特にシェイクスピアがジュリエットに多くの独白を与えているのは重要だ。独白とは登場人物が舞台に一人たたずみ、直接観客に向かって披露するセリフで、シェイクスピア劇ではハムレットをはじめとする悲劇の(男)主人公たちの特徴である(ちなみにハムレットを演じたのもバーベッジである)。一人前の男(man)である成人俳優のバーベッジが、女の弱さのあかしとされた涙を流し、なかなか見せ場を作れないのに対し、女性と同じく男(man)未満の存在とみなされた少年俳優(boy)は、劇場満杯の観客の目の前で堂々と独白を披露し、一種の英雄性を獲得するのである。

 最後、この劇はロミオではなくジュリエットの自害によってクライマックスを迎えるが、幕締めのヴェローナ大公のセリフも示唆的である。'For never was a story of more woe / Than this of Juliet and her Romeo.'[6] 本作以上に悲しい物語はかつてなかったという趣旨だが、『ロミオとジュリエット』として始まった劇が、いつのまにやら「ジュリエットと彼女のロミオの物語」に切り替わっていることがわかる。シェイクスピアはジュリエットという女性と、彼女を演じる少年俳優により大きな役割を与えることで、男性と女性、親方と徒弟のあいだの伝統的な主従関係を覆しているようにみえるのである。


[1] 各劇場のウェブサイトを挙げておく。The Rose Playhouse <https://roseplayhouse.org.uk/>; Shakespeare's Globe <https://www.shakespearesglobe.com/>; Sam Wanamaker Playhouse < https://www.shakespearesglobe.com/discover/about-us/sam-wanamaker-playhouse/> [accessed 25 January 2022].
[2] David Kathman, 'How Old Were Shakespeare's Boy Actors?', Shakespeare Survey, 58 (2005), 220-46.
[3] John H. Astington, Actors and Acting in Shakespeare's Time: The Art of Stage Playing (Cambridge: Cambridge University Press, 2010), pp. 77-79; David Kathman, 'Grocers, Goldsmiths, and Drapers: Freemen and Apprentices in the Elizabethan Theater', Shakespeare Quarterly, 55.1 (2004), 1-49.
[4] Mary Edmond, 'Burbage [Burbadge], Richard (1568-1619), actor', Oxford Dictionary of National Biography <https://doi.org/10.1093/ref:odnb/3951> [accessed 26 January 2022].
[5] William Shakespeare, Romeo and Juliet, ed. by René Weis (London: Bloomsbury, 2012), p. 120.
[6] Ibid., V.iii.309-10.

木村明日香(きむら あすか)/中央大学文学部助教
専門分野 初期近代イギリス演劇

1986年生まれ。2008年東京大学文学部卒業。
2011年東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。修士(文学)
2016年University College London (UCL)博士課程修了。Ph. D (English Language and Literature)
東京大学文学部助教を経て2019年より現職。

専門は初期近代イギリス演劇。当時の劇場の物質的条件(衣装、小道具、ジェスチャー、俳優の身体、劇場構造等)に関心がある。現在は少年俳優に注目し、個々の俳優の特性や俳優同士の人間関係、少年俳優の非=規範的なジェンダーのありようが上演や物語受容に与えた影響について研究している。

Performing Widowhood on the Early Modern English Stageが刊行予定。