国境を越えた人の移動の制限~パンデミック禍で考える
中坂 恵美子(なかさか えみこ)/中央大学文学部教授
専門分野 国際法、国際人権法、移民法・難民法
外国人の入国制限はどこでどのくらい続いているのか
日本のパスポートは世界最強と言われることがあります。イギリスのコンサルティング会社Henry & Partnersが異なるパスポートでビザの取得なくアクセスできる国や地域等(以下、国等)の数を調査したところ、4年連続で日本のものが最多であったと発表したためです。その数は2021年10月15日現在227のうち192と報告されていますが、ここにはCOVID-19 感染対策のための一時的な入国制限は考慮されていません。実際は、同日現在、69の国等が日本からの渡航者または日本人に入国制限を行っており、185の国等が入国に際しての条件や行動制限を課しています[1]。他方で、日本がビザを要求していない国等の数は2021年6月現在68[2]ですが、こちらもビザ免除措置は停止されていて、「特段の事情」がない限り外国人は上陸できない状況が続いています。
世界的な規模で見てみると、国際移住機関の報告では、2021年10月11日現在世界全体で、229の国等が、合計で109,352の旅行に関する措置をとっており、そのうちの27,056が入国制限、82,296が条件付きの入国許可です[3]。2020年3月から4月には入国制限が全体の80%を超えていましたが、同年8月に条件付きの入国許可の数が入国制限の数を上回り、10月以降現在まで措置全体の中で入国制限が占める割合は30%を下回っています。しかし、これは地域差が大きく、例えば、EU(欧州連合)とアイルランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーからなるEEA(欧州経済領域)では現在にいたるまで入国制限が50%を下回ったことがないのに対して、中西部や東部アフリカでは同年11月頃以降、入国制限の割合は数%にまで減少しています。この違いには複合的な要因があるのでしょうが、パンデミック以前から入国管理を厳格化していたグローバル・ノースの国々が、パンデミックを人の受け入れ制限の正当化のために利用しているという指摘も多くされています。
全世界および地域別での入国制限(赤)と条件付き入国許可(黄)の割合の推移 出典注[3]
入国制限から最も遠い人々
外国人の入国を拒否する国家の権限を再確認したこの1年半でしたが、他方で、他国から労働者を受け入れている国々にとっては、それらの人々すべてに扉を閉めることは不可能な選択であったことも、改めて認識することとなりました。
例えば、アメリカは、2020年2月以降、中国、イランと順次対象国を広げて入国禁止令を出すとともに、3月20日に全世界の同国大使館および領事館でのビザ発給業務を停止しました[4]。しかし、その6日後に、緊急かつきわめて重要な任務に関するビザ業務は継続することを決定し、H-2プログラムについては、同国の経済および食料の安全保障に必要不可欠であり国家安全保障の優先事項であることから、対面でのインタビューを省略した手続きを認めると発表しました[5]。H-2プログラムとは、特殊な技能が必要とされない短期の労働者を対象としたもので、季節農業労働者(H-2A)と農業以外の労働者(H-2B)があります。2019年の非移民ビザの発給は全体で約874万件であったのが、2020年には約401万件となり、半数以下に減少しましたが、そのうちのH-2ビザに関しては、約62万件から47万件へと、4分の1ほどの減少にとどまっています[6]。
EU諸国については、出入国管理は少し複雑です。EU27カ国中の22カ国とEFTA(欧州自由貿易連合)に加盟する4カ国からなるシェンゲン・エリアでは、域内国境での入国審査が廃止されています。そのために必要となるのが、厳格な域外国境管理で、域外国境からの入国の許可は、その者が公の政策、国内の安全、公衆衛生またはいずれかの構成国の国際関係への脅威とは考えられないことが条件とされています。個々の外国人の入国の許否は構成国が決定する事項ですが、EUの委員会はCOVID-19感染拡大対策の観点から各国の行動を調整するために、2020年3月16日以降、ソフトローを用いて全EU構成国とEFTA諸国(この両者を合わせてEU+とよんでいる)に勧告を行っています。同日出されて「EU旅行禁止令」(EU Travel Ban)と称されるようになった文書[7]では、第三国からEUへの必要不可欠ではない旅行を一時的に30日間制限することを呼びかけましたが、例外的に入国制限が適用されない人として、EU+の国民とその家族などに加えて「必要不可欠な機能または必要性をもつ他の旅行者」としてヘルスケア専門職や国境労働者、輸送人員、外交官など7つの事例をあげており、さらに同文書を受けて20日に出されたガイダンス[8]では、農業分野の季節労働者が加えられています。
対して、入国審査が廃止されている域内国境については、公の政策または国内の安全に対する重大な脅威がある場合、国境管理の一時的再導入が認められています。こちらには「公衆衛生」は明示されていないのですが、EUの委員会は各国の実行を追認するように、3月16日に出された国境管理に関するガイドライン[9]で、極端に危機的な状況では感染症のリスクのための国境管理の一時的再導入を行うことを認めました。しかしながら、20日に出された労働者の自由移動の行使に関するガイドライン[10]では、保健専門職やケア労働者、食品製造加工貿易、運輸、公務員など17種類の職種をきわめて重要なものとして列挙し、受入れ国はこれらに関する労働者の入国を認めて制約なく勤務地へのアクセスを保障しなければならないと述べています。また、農業部門での季節労働者の重要性についても言及しました。
日本では、2020年3月26日に11か国を対象として新たなビザの発給停止等が始まり、その後対象地域が拡大されていきましたが、上述したように、「特段の事情」がある場合は外国人の上陸拒否の例外となります。そのような例外的措置の1つとして、2020年6月に、ビジネス上必要な人材等の出入国についての枠を設置して入国後の自宅等待機期間中もビジネス活動を可能とする措置(ビジネス・トラック)を開始しました[11]。2021年1月13日に停止されたのですが、実施されていた期間の状況に関しては、ビジネスのための訪問は多くはなく、7割が留学生と技能実習生であったと報道されています[12]。
国境を超えた人の移動に関する国際法のこれから
グローバル化とは、商品やサービス、資本、人などの国境を超えた移動に対する国家による規制の縮小とそれにともなう移動量の増加を説明する言葉と言えますが、そのうちの「人」については、自由化の利益を享受してきたのは一定の資格や技能をもつ人々に限定されており、自由移動は非熟練・低賃金労働者のものではありませんでした。逆に、低賃金労働が固定されているからこそ資本はそこへ移動するメリットがあるわけで、むしろ非熟練労働者の移動の不自由がグローバル化の不可欠な条件であったと言ってもよいでしょう。外国人の入国の許否に関して国家にほとんど絶対的な裁量を認める現在の国際法は、この数十年間は、グローバル・ノースの国々が自国の労働力不足を補うために、グローバル・サウスから必要な労働者を必要な時に限って受入れることを可能としてきたという意味で、前者に都合よく働いてきました。しかし、パンデミックは、それぞれの国に自国の入国制限から最も遠い外国人は誰であるのかを公的に表明させ、その中には非熟練分野の労働者が多く含まれていました。
この分野における国家主権の絶対性を乗り越える可能性につながりうる議論が、近年行われています。2015年の欧州難民危機は難民等の受入れの責任や負担の分担の問題を国際社会にあらためて投げかけました。2016年の難民と移民に関する国連サミットは、2018年に難民と移住それぞれに関する2つのグローバル・コンパクトの採択に結びつき、各国の難民問題への取組が世界の国々の前で示される場としてのグローバル難民フォーラムの定期的開催を生み出しました。アメリカ国際法学会では、2017年に、Global Migration Lawの形成に関するシンポジウムが開催されましたが、このネーミングは、従来の国際移民法(International Migration Law)の根本的な再設計を考える意図が含まれており、その中には、議論の出発点を国家主権としてきたこれまでの考え方から、移民を中心とした視角に変えることがあります。そのためには、学際的な視点やグローバル・サウスの視角も重要となります[13]。
世界最強のパスポートをもつということは、これまでの国際法の下で優遇されてきた立場にあるということですが、そのような立場からは現存のルールの不公正さは見えにくくなっていることに気をつけなくてはなりません。日本では、1978年のマクリーン事件最高裁判決以来、「国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではない」という側面が強調されてきましたが、現在では、人権分野も含めてあらゆる分野の国際法は発展してきています。人の移動に関する国際法も、より公平で持続可能な方向へ向けての発展を模索していく必要があるでしょう。
※以下のリンクはすべて2021年10月15日にアクセスを確認
[1] 外務省「新型コロナウイルスに係る日本からの渡航者・日本人に対する各国・地域の入国制限措置及び入国に際しての条件・行動制限措置」令和3年10月15日。 https://www.anzen.mofa.go.jp/covid19/pdfhistory_world.html
[2] 外務省「ビザ免除国・地域(短期滞在)」令和3年6月7日。https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/visa/tanki/novisa.html
[3] International Migration Organization "Global Mobility Restriction Overview" Weekly Update 11 October 2021. https://displacement.iom.int/system/tdf/reports/DTM-COVID19%20Global%20Overview%20Output%2011.10.2021.pdf?file=1&type=node&id=12597
[4] U.S. Department of State, Bureau of Consular Affairs, "COVID-19 Impact on Travel and Consular Operations". https://travel.state.gov/content/travel/en/News/Intercountry-Adoption-News/covid-19-impact-on-travel-and-consular-operations.html
[5] U.S. Department of State, Bureau of Consular Affairs, "Important Announcement on H2 Visas". https://travel.state.gov/content/travel/en/News/visas-news/important-announcement-on-h2-visas.html
[6] U.S. Department of State, Bureau of Consular Affairs, "Classes of Nonimmigrants Issued Visas (Including Border Crossing Cards) Fiscal Years 2016-2020". https://travel.state.gov/content/dam/visas/Statistics/AnnualReports/FY2020AnnualReport/FY20AnnualReport_TableXV_A.pdf
[7] European Commission, "COVID-19: Temporary Restriction on Non-Essential Travel to the EU". https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52020DC0115&from=EN
[8] European Commission, "COVID-19 Guidance on the implementation of the temporary restriction on non-essential travel to the EU, on the facilitation of transit arrangements for the repatriation of EU citizens, and on the effects on visa policy". https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52020XC0330(02)&from=EN
[9] European Commission, "COVID-19 Guidelines for border management measures to protect health and ensure the availability of goods and essential services". https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52020XC0316(03)&from=EN
[10] European Commission, "Guidelines concerning the exercise of the free movement of workers during COVID-19 outbreak". https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52020XC0330(03)&from=GA
[11] 新型コロナウイルス感染症対策本部(第 38 回)「資料2 国際的な人の往来再開に向けた段階的措置」。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/sidai_r020618.pdf
[12] 東京新聞「入国緩和で来日外国人の7割「技能実習生・留学生」ビジネス往来なのに...」2021年2月24日。https://www.tokyo-np.co.jp/article/87739
[13] Jaya Ramji-Nogales and Peter J. Spiro, "Introduction to Symposium on Framing Global Migration Law," AJIL Unbound, Volume 111, 2017, pp. 1-2. https://www.cambridge.org/core/journals/american-journal-of-international-law/article/introduction-to-symposium-on-framing-global-migration-law/492AE6B388B1FDD2F9CD1C03237FCEED
中坂 恵美子(なかさか えみこ)/中央大学文学部教授
専門分野 国際法、国際人権法、移民法・難民法1989年3月 名古屋大学法学部卒業、1991年9月シェフィールド大学大学院(国際学専攻)修了、MA in International Studies取得、1992年3月名古屋大学大学院法学研究科博士課程前期課程修了、修士(法学)取得、1996年1月名古屋大学大学院法学研究科博士課程後期課程単位取得退学、広島大学総合科学部講師、助教授、同大学社会科学研究科教授を経て、2017年より中央大学文学部教授
EUにおける人の移動を中心に、経済統合と人の移動、難民問題が主な研究テーマ。主な著書に、『難民問題と『連帯』―EUのダブリン・システムと地域保護プログラム―』(東信堂, 2010年)、『人権入門 憲法/人権/マイノリティ(第4版)』(法律文化社,2021年, 横藤田誠氏との共著)、『人の移動とエスニシティ ― 越境する他者と共生する社会に向けて』(明石書店,2021年,池田賢市氏との共編著,文学部の2020年度の授業「プロジェクト科目」がベースとなった学際的な本)など。