研究

トラウマに負けない!「心の防災訓練・心の準備体操」とは?

Chuo-online若手研究者インタビュー

久徳 康史(きゅうとく やすし)/中央大学理工学部研究開発機構 機構准教授
研究分野 健康心理学

インタビュアー: 福井智一(研究推進支援本部URA

 人間、生きていればさまざまな心身の不調に襲われます。けがや病気はもちろんですが、さまざまなストレスが原因で起こるこころの不調も私たちを悩ませます。不調から回復することはもちろん大切ですが、できればそもそも不調にかからないようにしたいものですよね。

 感染症にはワクチンや手洗いうがいなど、生活習慣病には適度な運動や食事のバランスなど、「予防」の大切さが当たり前のように叫ばれています。しかし、こころの不調に関しては、起きてしまってからのケアは薬物や心理療法など様々な対策がありますが、事前の「予防」はほとんど行われてきませんでした。

 そこで久徳さんは、日常生活を送る私たちが将来的に強い心理的ストレスにさらされた時に不調にさいなまれないよう、事前に心の準備をするための方法を研究しています。久徳さんの言う「心の防災訓練・心の準備体操」とはどのようなものなのでしょうか? そしてそれは私たちの暮らしにどう関係してくるのでしょうか?

研究のはじまりはスケボーだった!?

ー今は大学でこころの健康に関する研究をしている久徳さんですが、やはり子どもの頃から思慮深い学者肌だったのでしょうか?

 昭和の時代には特に珍しいことではありませんが、まあ色々と激しい家庭に育ったので、そこから逃避するため10代の頃から、パンク(誕生日もメーデーです!)とスケートボードなど刺激的な趣味が大好きでした。特にスケートボードに関しては、複雑な技を習得するためには仮説をつくり試行錯誤を繰り返して、成功するまでに数年間かかることもあるため、研究者活動の礎になっている気がします。努力が実らない場合があることも似ています。

ーなかなか激しい少年時代だったんですね!スケボー技術の探究が研究者スピリットの源だったとは驚きです。

 実は大学院も志を持っていた訳ではなく、スケボーしたさに行ったところがあるのですが、研究や講義で忙殺されて乗る時間は減ってしまいました・・・あと、ずっと野球が好きで、今でも近鉄バファローズが好きです。

ーあ、私もこどもの頃近鉄ファンでした!奇遇ですね!(この後近鉄トークで盛り上がるも割愛)

ー少年時代に引き続きアクティブな青春を送られていたんですね。こころの健康の研究をはじめたきっかけも、そんな激しい日々にあったりするのでしょうか?

 高校を出てからアメリカで短大生や大学生をしつつ、30代半ばまでは、観光地で剛力をしたり鉄板焼きのシェフをしたり、肉体労働を中心として働いてきました。下っ端や外国人の立場で働く経験が多かったため、不当な扱いや理不尽な経験もしてきました。そして、役職や立場を利用して横暴にふるまう方々はどこにでも存在しました。しかし、そのような人たちも、元々の人格だけが原因ではなく、立場や状況などの環境も影響していることに気づきました。そのころ私自身も余裕や自信がなく、その人達の嫌なところにばかり目を向けてネガティブになっていた気がします。そこで、「考え方や工夫次第で、もっとお互い穏やかに過ごせるのではないか」と常々感じていたことが、現在の研究に通じています。

ーなるほど、そんなタフな日々を送っていたからこそ、心穏やかに過ごすための方法について研究しようと思ったわけですね。

実験心理学はサイエンス!

ーさて、久徳さんの専門は実験心理学ということですが、聞きなれない言葉です。よくテレビや雑誌でチャート式の心理テストなどがありますが、あんな感じでしょうか?

 全然違います(苦笑)。あれは・・・どちらかというと占いの類ですね。実験心理学に触れたことのない方は驚かれるかもしれませんが、実験法はかなり自然科学に近いものになっているんですよ。

ー心理学というと文系科目のイメージですが、科学的手法を使うのですね。

 実験計画法をもちいて、先行研究を反映した上で研究をデザインし、定量的な測定を行い、統計解析を用いて結果を検証します。心理の科学的測定に関してもサイコメトリクスと言う学問があり、国外では100年以上の歴史をもつ学問です。私自身は実験心理学を修めましたが、現在は、オンライン質問票などを用い、サイコメトリクスに基づきバイアスを考慮した上で、どれだけ心理的な現象を適切に捉えられるかを検証しています。まだまだ、科学としては若い分野ですが、これから発展が見込める分野でもあり、やりがいを感じています。

ー客観性を大事にしているんですね。でも一方で、「こころ」って主観そのものじゃないですか。どうやってその辺折り合いをつけているんでしょうか?

 もちろん、被験者の主観も大事な要因のひとつです。博士課程の時に末期肺がん患者のQOL(=Quality Of Life:主に、平常時と比較しての病気などの状態における生活の質を指す)研究に関わる機会に恵まれました。そこで、患者にとっては生理的な指標や診断などの客観的な指標よりも、主観的な指標であるQOLの方が、当人たちの実感を反映していることが定性的・定量的に示されました。この経験により、主観を研究することの重要性を再認識しました。

ーなるほど、客観性と主観性、どちらがうまく現実を測れるか、時と場合によるということですね。さて、久徳さんは現在トラウマに関する研究をされていますが、これは帰国してから始めたんですね。

 はい。博士課程を終えて帰国したのち、上記の研究経験や手法を応用し、東日本大震災に対する心理的適応過程を定量的にモデル化し発表しました。このような甚大なトラウマに関する研究の重要性は言うまでもありませんが、多くの人々は日常生活で軽微ながらも複数のトラウマたる出来事を経験しています。

ー確かに、災害がなくても家族から暴言を受けたり、上司からパワハラされたり、見知らぬ人に舌打ちされたり、こころ傷つくことは色々ありますよね。うつなどを発症して通院する人もたくさんいますね。

 そうなんです。精神的不調が起きてしまった時の治療法はありますが、予防策に関する心理学研究は少ないです。そこで、肉体労働時代に準備体操を怠った方が怪我をすることが多かったことを思い出しました。これは、準備体操をしないことによる身体的な影響だけではなく、心構えにも問題があったからではないでしょうか。これと同様に、心理的な準備体操やこころの防災訓練のような取り組みがあればよいのではないかという考えが浮かんできました。

ーなるほど、それはストレスになる出来事も成長の糧としてポジティブにとらえよう、という心構えということでしょうか?

 ちがいます。自分の強みを伸ばすことで「人生の充実」を目指したポジティブ心理学は存在します(なんでもポジティブに考えようとするポジティブ・シンキングとは別物です)。しかし、私は日々の生活をぼちぼち平穏にやりすごすことが、よりよい生活につながることが重要ではないかと考え研究に取り組んでいます。結果的に、周囲の方も楽に過ごすことが出来るようになれば良いですね。ポジティブ心理学に偏りすぎないのは、対象者に真摯に寄り添っておられる共同研究者となって頂いている山科教授(文学部)の影響が大きいです。

ー確かに、イライラしたり落ち込んだり、ネガティブな感情に支配された人が一人いると、周りの人も悪い影響を受けますもんね。具体的に「心の防災訓練・心の準備体操」とはどのようなものでしょうか?

 例えば実証された介入法として、3つのいいことエクササイズなどがあります。毎晩寝る前にその日のよかったことと、自分がどう関わっているか、3つを書き出すことを1週間続けるというものです。これだけで6か月以上、落ち込み軽減と幸福感向上効果がみられたということです。興味深いことに、やりすぎると逆効果になるようです。私見ですが、初日と二日目以降のメカニズムは異なり、「ポジティブな出来事を思い出す」という意識自体が好影響を与えているのではないかと考えています。

ー自己効力感の確認、ってことでしょうか。やりすぎると面倒くさくなっちゃうんでしょうかね。

 そうですね。また、視覚的でネガティブな感情的記憶を想起している最中にテトリス(視空間的処理を必要とするゲーム)をすると、意図せずその記憶を思い出すことが減少すると言った報告もあります。

ーあるイメージの嫌な思い出とのつながりが、テトリスの楽しさに上書きされるような感じでしょうか?

 はい、あるイメージのポジティブ感情へのアクセスを強くし、ネガティブ感情へのアクセスを弱めることが重要だと思われます。ただし、個人的にはネガティブ感情が持つ自分や現実と向き合わせる効能も重要だと考えているため、単純なポジティブ・ネガティブ二元論ではなく、バランスが大切だと考えています。非現実的なポジティブさは、それはそれで問題ですし、周囲の方もよい影響を受けることはないでしょう。これから研究を始めるため、詳細はお伝えできませんが、これらの介入法を事前に行うことで、こころの準備体操としての役割を果たせないかと考えています。

ストレスへの応答は人それぞれ

 今までの災害に対する心理的適応に関する研究で、心的外傷後ストレス障害(PTSD)だけではなく心的外傷後成長(PTG)のQOLに対する重要性や、PTSDやPTGには複数の時系列パターン(個人間)が存在することを明らかにしてきました。

ー災害のストレスで心が深く傷ついて障害が起きるだけではなく、逆に心が鍛えられる側面もあるということですね。同じストレスでも挫けてしまうか強くなるかはケースバイケースなんですね。

 この様にストレスへの応答には多くのパターンが存在するため、様々な心理指標に理想的なパターンなどはなく、人により良いバランスは異なると考えています。このため、経済的・人的・時間的資源がゆるすならば、グループ別の介入法など、それぞれの人とケースに寄り添った丁寧な介入が重要だと考えています。

ー全ての人に適用できる、万能な対策はないということですね。

 そうですね。私は臨床が専門ではないため、従来の臨床心理学のようにネガティブな心理状態を見極め治療することはできないですし、ポジティブ心理学の様に人生の充実を目指してウェルビーイングを高めることは、多くの方にとっては現実的ではないと考えています。そのため、予防心理学の立場から、自分も周りの方のぼちぼちよい心理状態で日々を過ごすことができるような知見を得ることを志しています。強いて名前をつけるとしたらSo-so psychologyやバランス感の心理学と言ったところでしょうか。

ー皆をハッピーに、というよりはアンハッピーな状態になるのを防いで、皆がそこそこ平穏に暮らせるようにしよう、ということですね。

他者に寛容な、ぼちぼち穏やかな社会を

ー研究の結果がどんなことに役に立つといいと思いますか?

 みんなが自分自身や周りのひとも、ぼちぼちウェルビーイングが高くなり、心理特性にも多様性があることを認識し、自身にも他人にも寛容になるとよいなと思います。
 コンプライアンスなどの社会的規範や価値観を押し付けるのではなく、他者が自分とは異なっていてもよいことを受け入れたうえで、ぼちぼちよい主観的生活を送れる世の中になるとよいですね。

ー次はどんなことを調べたいですか?

 様々な心理指標に理想的なパターンはなく、人によって良いバランスは異なることまではわかりましたが、今後はこのバランスのパターンを明らかにし、ゆくゆくは集団としてぼちぼちよい心理状態を維持できることを実現できるような研究がしたいと考えています。

ーもし他分野とのコラボレーションのアイデアなどがあれば。

 ありがたいことにコラボしたい方々と関係ができつつあります。現在、健康心理学で著名なテキサス大学アーリントン校のDougall教授、マーケティングを専門とされるボール州立大学のYen准教授、中央大学心理学科の山科教授、上司である檀教授や自ラボや他ラボの大学院生と共同で研究を進めてます。近い将来、人間総合理工学科の匂坂先生とコラボをする計画を立てています。これに関しては、そのうち匂坂先生がインタビューに掲載されるのではないでしょうか。このインタビューを受けている最中に、庄司先生、山科先生、谷下先生、難波先生、福田先生と安心感に関する共同研究が始まり、ワクワク感が抑えられません。また、私のメインの研究テーマである予防心理学では、企業などとの産学連携研究により、実社会で検証しアウトリーチをすることが重要だと考えているため、興味を持たれた企業の参画をお待ちしています。

ー読者へのメッセージをお願いします。

 ここまで読んで頂いてありがとうございます。私自身の生きづらい頑固でネガティブな性格に対するコンプレックスが本研究テーマのモティベーションとなっています。私以外にも、日々の生活でストレスを感じる方もいると思います。お互いに嫌なことをやり過ごしながら、ぼちぼち少しだけウェルビーイングの高い状態を維持できるように、研究に精進したいと考えています。

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48歳のええおっさんにもなって、まだエクストリームスポーツがやめられません(誰もいない埼玉県某市にて。景色も素晴らしいので全てを忘れて技と向き合えウェルビーイングの維持につながっています)。

久徳 康史(きゅうとく やすし)/中央大学理工学部研究開発機構 機構准教授
研究分野 健康心理学

1973年生まれ 三重県出身
2001年テキサス大学サンアントニオ校心理学科卒業 B.A.
2007年テキサス大学アーリントン校大学院実験心理学科修士課程卒業 M.S.
2008年同校卒業 Ph.D. (実験心理学)
2009年独立行政法人・食品総合研究所 ポストドクター
2012年自治医科大学医学部先端医療技術開発センター ポストドクター
2013年より現職

研究テーマ
東日本大震に関する定量的心理的適応過程のモデル化,Psychometricsの応用研究などに従事

共著書
Bernstein, I.H & Kyutoku, Y. (2008). Test Bank for Psychological Testing 7th by Kaplan, R. & Saccuzzo, D. P. Belmont, CA: Wadsworth pub.

所属学会
American Psychological Association