研究

ストーカー規制法の改正

‐解釈と立法の狭間で‐

髙橋 直哉(たかはし なおや)/中央大学大学院法務研究科教授
専門分野 刑事法

改正法案の概要

 現在開催されている第204回国会には,ストーカー行為等の規制等に関する法律(以下,「ストーカー規制法」という)の改正法案が提出されています[1]。同法案では,規制対象行為として,①GPS機器等を用いた位置情報の無承諾取得等,②相手方が現に所在する場所の付近における見張り等が新たに追加されています。①は,相手方の承諾なしに,GPS機器等を用いて位置情報を取得する行為と,相手方の承諾なしに,GPS機器等を取り付ける等する行為を規制するものです。また,②は,現行のストーカー規制法が,相手方の「住居,勤務先,学校その他その通常所在する場所」(住居等)の付近における見張り等を規制対象としているところ(211号),GPS機器,SNS,インターネットなどによって取得した情報を基に,住居等には当たらないが相手方が現に所在する場所の付近で見張り等をする事案が発生していることを受け,このような行為も規制しようとするものです。

改正の背景

 このような法改正が提案されるきっかけとなったのは,2つの最高裁判決でした。最判令2730刑集744476(㋐事件)[2]と最判令2730裁判所時報17492(㋑事件)[3]がそれです。㋐事件は,被告人が,別居中の妻が使用する自動車にGPS機器をひそかに取り付け,その後多数回にわたって同車の位置情報を探索取得した(約20日間で181回)というものであり,㋑事件は,被告人が,元交際相手が使用する自動車にGPS機器をひそかに取り付け,その後多数回にわたって同車の位置情報を探索取得した(約10ヶ月間で600回以上)というものです。これらの行為はストーカー規制法211号所定の「住居等の付近において見張り」をする行為に当たるとして起訴され,両事件とも第1審では「見張り」に該当するとされましたが,控訴審ではいずれも「見張り」には該当しないとされました。最高裁は,両事件とも「ストーカー規制法211号は,好意の感情等を抱いている対象である特定の者又はその者と社会生活において密接な関係を有する者に対し,『住居,勤務先,学校その他その通常所在する場所(住居等)の付近において見張り』をする行為について規定しているところ,この規定内容及びその趣旨に照らすと,『住居等の付近において見張り』をする行為に該当するためには,機器等を用いる場合であっても,上記特定の者等の『住居等』の付近という一定の場所において同所における上記特定の者等の動静を観察する行為が行われることを要するものと解するのが相当である」として,「住居等の付近において見張り」をする行為には該当しないと判断しました。位置情報の探索取得行為は住居等の付近で行われていないし,移動する車両の位置情報は住居等の付近における対象者の動静に関する情報ではないとしたのです。

 この種の事案について,従来,警察は,ストーカー規制法における「見張り」に当たるとして対処していたのですが,この最高裁判決が出るに及び,対応の変更を余儀なくされました。そこで,警察庁は,「ストーカー行為等の規制等の在り方に関する有識者検討会」を開催し,令和3118日に報告書を取りまとめ[4],そのような動きを受け,今般の国会に閣法として改正法案が提出されるという経過をたどりました。この間の法改正に向けた動きには,異例とも思えるほど迅速なものがあります。

最高裁判決の評価

 最高裁は,「住居等の付近」という規定の文理を逸脱した解釈は許されないという判断を示しました。「法律がなければ犯罪も刑罰もない」という罪刑法定主義の観点からすれば,この判断はまさに刑法学の王道を行く模範的なものだといえるでしょう。ただ,今回の最高裁判決によると,新たな立法がなされるまでこのような行為はやってもよい行為だと受け取られる恐れがあるのではないかということが気になります。実際,本判決後に,このような行為は法律違反ではないから悪い行為ではないなどという者も出てきたようです。法改正がなされるまでの間,このような行為に対する公的な評価を示すという意味で,現行法上は処罰の対象とはならないとしても,だからといってやってもよい行為だというわけではないという趣旨のことを最高裁は述べるべきだったように個人的には思います。

 また,更に進んで,現行法の適用を肯定する解釈はできなかったのだろうかという点も考えてみる価値がありそうです。もし,解釈それ自体としてみた場合には否定説の方に分があるとしても,肯定説も不可能ではないという状況であるならば[5],新たな立法をする方が好ましいということを付言し、適切な法改正を強く促しつつ,問題となっている当の行為については現行法の適用を肯定するという,いわば「法改正までの繋ぎ」のような解釈をする余地もあり得たのではないでしょうか。

どのような立法が好ましいか?

 今般の改正法案では,GPS機器等を用いた位置情報の取得等が規制対象に盛り込まれていますが,規定振りから見て,その対象は比較的限定されているようです。今後も新たな動静観察手法が登場してくる可能性があることからすると,規制対象を包括的に規定する条文の方が好ましいという見方もあるでしょうが,これに対しては処罰の対象となる行為は明確に規定されなければならないという観点から異論が予想されます。また,警察等による禁止命令を先行させ,その違反を罰則の対象とするといった法制も考えられますが,具体的な禁止命令の内容を決定するに当たって警察等に広範な裁量が与えられることになると,三権分立の観点等から疑問が提起されそうです[6]。要するに,伝統的な刑法学は,刑事立法にも相応の厳格さを要求してきたのです。しかし,解釈は厳格に,立法も厳格に,というスタンスを墨守することは,結果的に明らかな迷惑行為を放置する事態を招来しかねないのではないかということが懸念されます。これまでの刑法学は,刑法上の原理・原則に忠実であることによって生ずる社会的なコストにあまり目を向けてこなかったような気がします。

 今般の法改正は,解釈と立法の狭間で,現代社会の状況に即して刑法の役割を改めて考えてみる格好の機会だといえそうです。


[1] その内容については,https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g20409041.htm 参照。
[2] 吉戒純一「判批」ジュリスト155488頁以下,拙稿「判批」令和2年度重判解(ジュリスト増刊1557号)(2021年)128頁以下参照。
[3] 嘉門優「判批」TKC Watch 刑法 No.155参照。
[4] https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/stalker/R2-1/houkokusyo.pdf
[5] 最高裁判決以前に,肯定説に立つ有力な見解や相当数の下級審裁判例がありました。
[6] このような「二段階の犯罪化Two-step Criminalization」にまつわる問題については,A. P. Simester and A.von Hirsch, Crimes, Harms, and Wrongs : On the Principles of Criminalisation (2011),pp.212-232参照。

[追記]改正ストーカー規制法は、5月18日に衆院本会議で可決、成立しました。

髙橋 直哉(たかはし なおや)/中央大学大学院法務研究科教授
専門分野 刑事法

岩手県出身。1966年生まれ。1989年中央大学法学部法律学科卒業,1995年同大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。東海大学文明研究所専任講師,駿河台大学大学院法務研究科准教授等を経て現職。博士(法学)(中央大学)。司法試験考査委員。

研究テーマは刑事法の基礎理論。

著書に『刑法基礎理論の可能性』成文堂(2018年)など。